最強令嬢の秘密結社

鹿音二号

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10:藪の中の果実1

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「……あら?」

 気がつけば、ミズリィはひとり静かな部屋にいた。

 見る限り、ゲストルームだろうか。今腰掛けているベッドと、サイドテーブル、簡単な調度にマントルピース。
 さっぱりしたあまり装飾がない部屋だが、居心地は良い。

 どうしてこんなところにひとりでいるのか、よく覚えていない。
 ミズリィはしばらく夜会用のドレスのほつれや汚れを確認し、テーブルに水差しと果物が乗った皿があるのを見つけ、水だけいただく。
 おそらく、侯爵邸だろう。
 どうしてひとりだったか思い出せないが、それほど時間も経っていない気がする。

 部屋を出ようと立ち上がり、扉を開けると――目の前の壁によりかかるテリッツが、
ぱっとミズリィを見た。

「大丈夫ですか? 落ち着きましたか」

 その驚いた水色の目に、びっくりして、ミズリィは少し後退りした。

「え、ええ。あの、どうしてわたくしはここに……」

 テリッツは不思議そうな顔をした。

「……覚えていないのですか?」
「はい。オデットはどうしましたか、アリッテル嬢は」
「ああ、そのことは覚えているのですね」

 テリッツは少し考えたあと、

「魔封じのマジックアイテムの話は覚えていますか」
「――? あっ」
「その後、急に倒れそうになった貴方が、ひとりにしてくれと」
「……ご迷惑をおかけしましたわ」

 おぼろげだけれど、どうしてそこまで錯乱したか分かる。

 魔封じの腕輪。
 研究や実験の際に魔力を制御したり、魔力を使いすぎたりしないようにするものや、その他に、完全に魔力を封じ、魔法を使わせないようにするためのものもある。

 魔術師の罪人に、罰の一環としてつけさせたり、牢獄に収監の際に逃げられないように――または、処刑のときも、逃げたりしないように。

 魔力を押さえつけられ、感じ取れず、一切コントロールが効かない封じられた状態は、並の魔術師の数倍の魔力を持っているミズリィにとっては、不快以外のなにものでもなかった。

 そして、そのまま処刑されてしまった。

「ミズリィ。もう帰りましょう」

 テリッツが今までで一番真剣にミズリィを見つめた。

「酷く疲れている。後のことはまた後日に……」
「いいえ、一番がんばったオデットがまだ離れないのでしょう? ならわたくしも最後まで見届けますわ」
「ただの事故です。原因もわかっています、あとは賠償と謝礼の話を侯爵が用意するらしいのでそのときに」
「いいえ、わたくしは残ります」

 皆さんはどちらに、と聞くと、テリッツは一度目をきつく閉じて、こちらだ、と足先を向けた。



「ミズリィ、大丈夫なの」

 アリッテルが寝かされ、治療を受けている部屋に入ると、別のドレスに着替えたオデットが心配そうに出迎えてくれた。

「ええ、お騒がせしたわ。平気よ」
「たくさん魔法を使ったし、夜も深いもの。お帰りになったら?」
「いいえ、最後まで見届けたいの」
「――帰ったほうがいいわ、あんなに壊れそうなあなたを見たのは初めてよ」
「そうだ。君たちのおかげで事は収まったのだし、緊急じゃなくなった。後日でも事情説明は構わないはずだ」

 メルクリニもドレス姿をやめていつもの騎士風の格好で、部屋に居残っていた。

「いえ、お願いです。アリッテル嬢とお話をしてみたいのです」

 ここは応接間だろう、奥にベッドルームがあるらしく、治癒魔法の気配がする。

「……暴走した原因、あれは無理矢理魔封じのアイテムで抑制されたからなのですか」
「――」

 オデットが、困ったようにミズリィを見つめて、ため息をつく。

「あなたがそんな強情だなんて初めて知ったわぁ」
「そうかしら……強情?」
「まったく、皇子殿下の前で帰らないと駄々をこねるなんて。殿下もお帰りになれないんだぞ」

 メルクリニも、腕を組んで呆れたようだった。その彼女の言葉に、はっとする。
 もともとミズリィはは皇子の同伴だったのだ。

「あっ、いえ、わたくしは残りますけれど、テリッツ様……っ」
「いいや、私も城への報告義務がある。もう少し話を聞かなければならないので、構いませんよ」

 戸惑ったミズリィの前で、にこりと笑うテリッツはいつもより少し柔らかい表情の気がする。

「――いちばん事情を知っているのは私ですわ」

 全員座った後、オデットがおもむろに口を開く。

「アリッテル・イリス・ローディイース伯爵令嬢は、私の父が預かる神殿に、治療の申し出があったのです」
「治療……?」
「言い方は正しくはありません。どう言っていいものかわからなかったのでしょう。つまり、強すぎる魔力がどうにかならないのかと」
「その件についてですが、アリッテル嬢の魔力については、皇家も把握していました。今年入学した彼女は、特級コースに特進、バーバラ研究室預かりで魔力については研究が進む予定です」

 テリッツがそう言ったが、オデットが首を振った。

「私が聞いたのはローディイース伯爵からですが、研究は、アリッテル嬢が強引な方法に耐えきれず、一度研究室を破壊するほどの暴発をしたそうです。その日から学院の通学を拒否――たしかにこれほどの力を持っていながら、学院では噂を聞きませんでしたわ」

 学院に通う全員が首を縦に振った。

「それは……報告を受けていません」

テリッツは眉をひそめた。

「コントロールのことでしたら、どこまでできるか分かりませんが、わたくしが相談を受けることもできましたわ」

 ふと気になったので、テリッツに質問する。
 アリッテルのことを彼が知っていたのなら、固有魔法が制御魔法であるミズリィに黙っているのはおかしい気がする。

 テリッツは一度ミズリィを眺めて、オデットへと視線を移した。

「ローディイース伯爵は神殿に行ったと言いましたね、他のところへ相談へは」
「教会へ行かれたのだと。その際に魔封じの呪具……腕輪を渡されたらしいですわ」
「教会も有効な手立てが見つからなかったのでしょう。
 ミズリィ、学生の身で、教会も処置できなかったアリッテル嬢のことをどうにかできるとは思わなかったのです。貴方が気に病むのではないかと……」

 そういうことなら、仕方がないだろう。
 たしかに、いくら強くてもまだ学ぶ側の身分だ。実際学院でこれから覚えて使える魔法は増えていった。前世の今頃のミズリィに、アリッテル嬢のような自分を超える魔力の魔術師を相手にできるかというと分からない。

「……そうですわね」

 けれど、もやもやが胸の中に残る。

「ですが、教会が本当に、魔封じの呪具が唯一の出来る解決策だと思っていたのでしょうか」

 呪具が簡単に作られるものではないだろう。一部の技術しか一般には明かされていないものだし、貴重らしいとは聞いている。
 けれど、魔法――教会は魔術師と一部使う理論が違うため法術といっただろうか――のものによっては、もっと効果的で、穏便な方法があっただろうと思う。
 魔封じの呪具が、どうしても好きになれないミズリィのわがままだろうか。

「そうですね。実際のところ、今回の緊急時にどうにかしたのはオデット嬢の同調魔法ですし」

 メルクリニが、手を口元にやって考えている。

「同調魔法は無理にしても、吸収魔法、代償魔法などで一時的に大量の魔力は消費できます。問題はその使用者が少ないところでしょうけれど」

 オデットの固有魔法、同調魔法は、『数えられし十魔法』と呼び習わされる稀有な魔法のひとつだった。
 どうやら、ハリセール家にしか現れない魔法らしく、数代ぶりにオデットが復刻した。

 同調魔法とは、自分の魔力を他人の魔力そっくりに変えてしまう魔法だ。
 たったそれだけ、とも言えるだろう。けれど、攻撃魔法は使用者と同じ魔力の対象――この場合は同調魔法を使ったオデットには効きづらいということが分かっている。
 その他にも制御や、発動した魔法の効果の変更などもできるとのこと。場合によっては対象者の固有魔法すら使えるのだという。
 ただし、魔力の強弱が関わって、強い相手と同調してもせいぜい攻撃が効かない程度だとか。

 けれど――今日は。
 ミズリィの魔力を超える強さのアリッテルの魔力の嵐の中を、平然と立っていた。

 それだけでとんでもないことだと、普段はハリセール家がどうのと煩い貴族たちは黙ってしまった。

 最後に怪我をしたのは、心情的にオデットを拒否するアリッテルが、乱れた波長の魔力を出していたかららしい。つまり、普通の魔術師があの結界の中に放り込まれれば、ずたずたに切り裂かれていたということだ。

「ただの純粋な魔力だったからこそできた、いわば奇跡ですわ」

 説明を求められたオデットはそう言った。
 他の攻撃属性――よく使われる火、水、土、風の4大属性や、時魔法、重力魔法など、属性が付けばオデットは無事ではなかった。意図しないただの魔力だから、アリッテルの説得まで耐えられたのだと。

「ミズリィの制御魔法では、無理だったのですよね?」

 テリッツの疑問に、ミズリィは頷いた。

「ええ。わたくしの制御魔法は、あくまで制御されたものを扱う魔法ですわ。ふつうでしたら意識しなければ、魔法は使えませんでしょう?火魔法を撃ちたいとか、水魔法でコップの水を増やしたいとか。ええと制御ではなく……」
「目的意識の式化、ですね」

 テリッツはいつもの顔で微笑んでいる。生暖かい笑みで全員がミズリィを見ていた。

「それですわ。ええと、その式をさらに魔法として組むときのその魔力の動きを制御と言いますでしょう? 先程のアリッテル嬢の状態は、式が、ありません。ですので、魔力が動いても、でたらめなのですわ。でたらめなものを見ることはできませんので、わたくしは扱えないので……」

 実は理解していないので、あまり口では説明できないミズリィだった。
 本能で分かるため、出来る出来ないは一瞬で判断できる。けれど、それがどうしてできないかと言われれば、分からないのだ。

 見える、と言ったが、やはり首を傾げられてしまった。

「それに、アリッテル嬢の魔力はわたくしを超えますわ。ですので、元々無理ですのよ」
「なるほど。オデット嬢がいなかったら、アリッテル嬢は今頃どうなっていたか……」

 テリッツが深々とため息をつく。

「オデット嬢は、先日神殿に来訪したアリッテル嬢に、どんなことをしたのですか」
「……何も、できませんでした」

 オデットは笑みを隠して、膝の上の手に目線を落とした。

「大きすぎる魔力をどうにかしたいというお願いでしたから。神殿には私以外に有効な魔法の使い手はおりませんし……私には、貴方が絶対に傷つけられない魔術師がいるのだと、ほとんど嘘を言って慰めるしか。……ああ、それと、魔封じのマジックアイテムは、使用を控えるように言ったのですが……」
「今日のようになる可能性があったからですか」
「そうですわ、テリッツ殿下。そういうマジックアイテムは神殿でも取り扱います。どんなものかは知っておりますので。見たところ粗悪品というわけでもありませんでしたが、通常の魔力ならまだしも、あれだけの大きさの魔力を抑えるとなると、いつ封印を破って溢れてもおかしくはないですから」
「けれど、その言葉は聞かれず、パーティーに連れ出して……」

「あの、危険な状態だと、分かっていたのでしょう?伯爵は。何故今日夜会にアリッテル嬢を連れてきたのでしょうか」

 メルクリニが言った疑問は、誰にも答えられない。

「別室で休んでいる伯爵に聞くしかないですね。……」

 テリッツはいろんなことを考えているせいか、顔がこわばっている。
 厳しい表情が、あの処刑のときの彼に重なって、ミズリィは胸が苦しかった。
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