最強令嬢の秘密結社

鹿音二号

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13:コットンとハンカチーフ1

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 もともと思い悩むことが向かないミズリィが、誰にも相談できない重大な秘密を抱えて日々を過ごすのは苦痛だった。

「お姉さま、大丈夫ですか?」
「……え? あら、なんのお話をしていたかしら」
「ミズリィ、最近体調が良くないのか?」

 めずらしく朝食が家族全員揃っているのに、ミズリィは失敗してしまった。

(気を引き締めなければ)

 昨晩も、眠っては悪夢を見て起きるを繰り返して、あまり眠れていない。
 けれど、休日の貴重な家族の団らんはどうしても参加したかった。家族ともろくに会えず、ひとり罪を被せられて死んだ前世を思い出すと、今を大切にしたかった。

「いいえ、お父様。でも、お気遣い感謝いたします」
「うん……」

 実際の年齢よりは若く見える父は、心配そうにミズリィを見ている。
 前も今も、過不足なく愛情をミズリィにくれる父だった。金髪をきれいになでつけ、整っているけれどやや頬骨が出ているのは痩せ気味だからだろうか。細身なのは家族全員だが、肉がつかないというのも困りものだった。切れ長の瞳は妹ミルリィと同じ緑色。
 そっけないような印象だけれど、なんでも卒なくこなし、皇家からの信頼も厚い、自慢の父だった。

 ロンベルド・グラシアンディ・ペトーキオ。公爵家当主。
 皇宮の魔術師団の団長の一人で、その他の魔法関連の施設の統括もしている。忙しいお人で、休日とはいえ屋敷にくつろいでいるのも久しぶりだった。

「ミズリィが倒れたときもいてやれず、すまなかった。今後は、何かあればすぐに言いなさい」
「もったいないお言葉ですわ」
「そうですわ、お姉さまも遠くに行くようなことがあれば……わたし……」
「大丈夫よ、ミルリィ。わたくしは元気ですもの」

 向かいの席でしょんぼりとするミルリィは、今は北の公爵領の別荘にいる母を思い出しているのだろう。

 母エーデルワイスは、ミルリィを産んでしばらく病気を得てしまい、命は取り留めたもののひどく体を壊してしまった。公爵夫人としての役割は体力的に難しく、忙しない帝都を離れて温暖な気候の領地で療養している。

 姉妹の銀髪と、ミズリィの瞳の紫は母譲りだった。

「ご心配をおかけして申し訳ありませんわ。けれど、もう大丈夫ですわ」
「そうか。……そういえば、ミズリィ、君は今日市井に出向くと聞いたが」
「ええ、そうですわ」
「……何の目的だ? 咎めるわけではないが、君が市井に興味があるとは思わなかったからな」
「ええ、たしかに今まで気にしておりませんでしたけれど……」

 貴族が市井……平民の生活区には、わざわざ行くような用事はないだろう。たまに貴族が道楽で見に行ったとか、救済のために施設を作ったりしていることを聞いたりするけれども、それはやはりめずらしいことだった。

「友人に会いに行きますのよ」

 ミズリィはにこりと笑って答えた。

 噂や評価など全く気にしない、貴族の中の貴族、ミズリィ・ペトーキオは、自由だった。



「まあああ!人がたくさん!」

「あらっ、目の前で焼いてくださるの?美味しそうだこと」

「こんなにたくさんの鶏をどう飼育されていらっしゃるの?……えっ、売る……トリニクって、あの……」

「これは何!?」

「あちらのは何!?」

「ミズリィ様って、お貴族様でしたね」
「そうそう、これでもまだ良いほうだよ、素直に平民の暮らしを理解してくださる」

 スミレと、不安になってついてきたイワンは、初めて見る平民の暮らしをいたく感動されているミズリィ公爵令嬢をものめずらしい動物を見るような気分で眺めていた。
 いつものドレスでは歩き回れないので、屋敷のメイドから借りた着古したワンピースで公爵令嬢としては質素すぎる姿だったが、立ち振舞いは上位の貴族なのでなかなか風景には溶け込めない。

 しかも、ちゃんと護衛に騎士を連れているから、大所帯での大移動だ。
 途中入る店には迷惑がかからないように工夫するけれども、ともかく目立つ。
 まあ、注目を浴びる以外に面倒なことはないのだけれど。

「イワン様は、平民区にはいらっしゃったことが?」
「このあたりは、あったよ。ほら、僕の実家は銀行をやってるから」
「銀行……というのは、高利貸しとは違うのですか?」
「似たようなものさ」

 イワンは肩をすくめた。

「ただ、お金を貸して利子を取るのだけじゃなく、預けてもらうっていうのが大きいかな」
「預ける?」
「貴族なんかは、そりゃあもういっぱいのお金を持っているのさ。それを屋敷に全部詰めたって、多分間に合わないくらいだろうな――」

 そっとイワンが指差したのは、露店で細工物に真剣になっているミズリィだ。
 スミレは真顔でうなずく。

「だから、預けるんだ、僕の家みたいな銀行家とか教会にとか」
「なるほど、代わりに管理をされるのですね」
「でも、今度はこっちが金貨だらけになってしまうだろ?だから――それを、貸すんだ、一時的に必要な人に」
「え?貸しちゃうんですか?貴族のお金を?」
「そう。そのものじゃないよ、手形って分かるかい?」
「いいえ」
「いくらを借りれるっていう、証書というか契約書みたいなものさ。銀行は預かったお金をそうやって貸して、その利子で商売している。もちろん、預けていただいた顧客には、その利益を金額に応じて分配するから、預ければ預けるほど儲けが出るってことさ」
「すごいお話ですね」
「そうでもないさ」

 あれ、とイワンが今度示したのは街頭だった。
 人の肩ぐらいの高さで、ポールのようなものの上に丸い半透明の器のようなものが乗っている。
 そこに、暗くなってくると魔術師が派遣されてきて、魔法の光をつける。特殊な外部機器の制御で一晩その光は消えない。

「最近出来ましたよね。日が落ちるのも早くなったので、あれができて安心しています」
「それは良かった。あれね、僕の家が出資したんだ」
「えっ、ではイワン様のおうちが設置してくださったんですか?」
「ううん、設置の案から実際の運用まで全部国だよ、ただ、絶対に赤字になるのをわかっていて、金を出せって言ってきたんだよ、国が僕の家に……」
「それは……」

 失笑するスミレに、むすっとイワンは頬を膨らませた。

「仕方なくだよ!こうやって役に立ってるのがせめてもの救いだね。出資を募ったらわりと乗り気の貴族がつかまってよかったよ」
「お礼を言いたいくらいですよ。このあたりの夜の犯罪も減りました。毎日のように物取りや暴行事件などがあったんですが」
「ふうん。今度父に言っておくよ。あとはテリッツ殿下にも」
「そんな、恐れ多い」
「実際の感想を聞かないと、こういうのは成果がわからないし、次にも活かせないから重要だよ」
「……ずいぶん仲がよろしいのね、おふたりは」

 話し込んでいたら、ミズリィが不思議そうな顔で戻ってきていた。

「なんのお話をしていらっしゃったの」
「ビリビオ家の家業についてさ」
「あら……何度聞いても分かりませんわ。こう、お金をそちらに預けるのはわかりますけれど、何故放っておいても増えるのか……スミレ、あなたはお分かりになったの?」
「はい。だいたいは」

 スミレがうなずくと、ミズリィは表情を取り繕いながらも悔しそうな、面白くなさそうな顔をした。

「……今度、もう一度説明をお願いしますわ」
「ぷっ……喜んで」
「何故笑っていらっしゃるの」
「愛らしい方ですねって」
「……言葉通りではありませんわね?」
「そんなことはないさ」

 イワンはくつくつと笑いながら、不満そうなミズリィを眺めすかす。

「めずらしいね、いやに疑うじゃないか」



「こちらね」
「はい。いつも繕い物や仕立てをお願いしているお店です」

 それほど貧しくはない中階級の商店街の一角に、目的のものがあった。
 ミズリィがスミレの新しい外套を買うという、本日のメインイベントだ。

 スミレの家はもう少し寂れた、ダウンタウンの入り口にあるらしい。

「……シルクや毛皮はありませんの?」
「ぶっ」
「あ、あの……」

 人の良さそうな女性の店主が固まっている。
 おずおずとスミレはミズリィに話しかけてきた。

「――ミズリィ様。残念ながら、シルクなどはこのあたりの街では買えません」
「あら、普通シルクですわよね?寒くなってきますし毛皮も――」
「ミズリィ、そこまで。店主、こちらの羽織のお値段は?」

 イワンがミズリィを遮って、近くの男性用の上着を示した。

「は、はあ、56ツェンとなります」
「え?」

 ハンカチひとつにもならない値段だった。

 ミズリィは、ようやく自分がどこにいるのか気がついたような気分だった。
 よく見れば、並んだ衣類は見たことがないほど毛羽立った生地を使ったものばかりだ。店も汚いわけではないけれど、壁紙がほとんど貼られていない漆喰の壁に、装飾やシャンデリアもなく……今は点いていないが、燭台が並んでいるだけ。

 これが、平民の、しかも中階級の。
 ミズリィは頭を抱えそうになった。

「……この場合、なんと言えばいいのかしら」
「気にするなよ」

 慰めるようにイワンはミズリィの手に軽く触れた。

「何も言わず、見てればいいよ。君が今まで知らなかったことだったんだ」
「おばさん、こちらはいくらですか」

 スミレは苦笑しながら、近くにかかっていた女性用の羽織を手に取った。

「そっちはすこし高いのよ。102ツェン。コットンが少し織り交ぜられてるから、手触りはいいさ」
「たしかに、そうですね……」

 スミレはそっと生地を撫でる。
 気に入ったのだろうか。それくらいの値段で悩むことはないのに。
 買うのはミズリィだ。気に入ったものを言えばいい。
 けれど、何も言わず見ていろとイワンは言った。きっと口を挟むことではないのだろう。

 ところが、イワンがあっさりと口を出した。

「コットンと言いましたか?じゃあ、この店で一番コットンが使われている生地のものは?」
「ああ、……これでしょうか。たしかほとんどコットンだと」
「……では、これを彼女が持っているものと同じ形に仕立て直せませんか?」
「え!?」

 スミレはびっくりしたようにイワンを振り返った。

「裏生地は毛織物の、できればポトポト産の羊で」
「そうだね。仕立て直しで……これで、どうです」
「時間はどれくらいかかりますか」
「……んー」
「できるだけ早くお願いしたいです。料金は言い値で」
「では、これくらいで、一週間くらいでしょうか」
「だ、そうだ。ミズリィはどう?」
「え?」
「そんな! そんなにしていただけません!」

 スミレがなにか必死に否定している。ミズリィはとりあえず、店主が書き記した金額を見たけれども、よく分からなかった。やはりハンカチ程度で済んでしまう。

「わたくしは問題ないわ。スミレは、嫌なのかしら」
「ここまでしていただかなくても……私には不釣り合いです」
「スミレ、君も覚悟した方がいい」
「で、ですが」
「ミズリィと友達になるってことは、こういうことだよ」
「――……」

 スミレはきつく目を閉じて、分かりました、と細い声で言った。

「ありがとうございます。嬉しいです」

 無理に笑っているのが分かる。イワンを見ると思ったより真剣な目でこちらを見ていて、ミズリィはいつもの通りスミレに微笑んだ。

 イワンは軽く手を打ち鳴らす。

「さて、あとは、本当にいつも着るやつだな」
「え……え!? これで十分……っ」
「こっちがメインだし。近所に着ていくものがないだろ」
「え? こちら? あちらは?」
「プレゼントじゃない?」
「イワン様ー!」
「真面目な話、もう1、2着必要だよ、今後のために」

 店主が、奥からお針子を呼んできた。

「今後のために、寸法をお測りしても?」
「いいと思うよ」
「イワン様!」
「そろそろ慣れてもいいし……」

 イワンは近くの紳士用のコートを手に取った。

「戦略も必要だし」
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