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24:『輪舞曲』の勉強会1
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「冬期休講が来るね」
イワンが重々しく言ったのは、その冬季休講があと3日に控えたすべての講義が終わった講堂でだ。
休学中のオデット以外友人全員がそろっていて、メルクリニとスミレは重々しくため息をつく。
「そうだな……」
「ううう気が重いです」
アリッテルはぬいぐるみのロッテリアを抱えてふん、と鼻息を荒くする。
「日頃から怠らなければよいのですわ」
「うむ、正論だ」
イワンはアリッテルの頭に触ろうとして、手をはたき落とされた。
「レディーの髪に気軽に触れるものではないですわ!」
「いたっ……レディーねえ」
「文句ありまして!?」
ミズリィはひとり首を傾げた。
「……なんのお話をされているの?」
「「「「え」」」」
さすがに全員動きを止めた。
「冬期休講ですわよね?ああ、皆さま新年の舞踏会の準備されていて?」
「い、いや、それも大切だけど、ミズリィ様」
「ミズリィ嬢、冬期休講だぞ。学院に通うものはみな悩むだろう?」
「私だってさすがにドキドキしますわよ」
「私は舞踏会には参加できないのでそれよりも……」
「ミズリィ様ミズリィ様、冬期休講のあとになにがあるか覚えていないのか?」
イワンがずい、とミズリィに詰め寄った。
冬期休講のあとには――何があっただろうか。
再度首をかしげたミズリィに、イワンは今までになく真剣な顔だった。
「3度目の段階試験だ」
貴族区に、『輪舞曲』というティーサロンがある。
茶葉は一級、店主の茶を淹れる腕はどの貴族の家のメイドも及ばない、茶菓子はかなりのパティシエが作っているのだろう、お茶に合わせてテイストされた美しく美味なケーキを中心に。
ただ、味もホスピタリティも悪くないのに、流行らなかった。
理由は良くわからないが、同時期に反対の地区で開店した、フラワーデン公爵家のゆかりのカフェテリアのせいだとも言われる。
ともかく、赤字続きで、オーナーが泣きついたのはビリビオ家だった。
「ということで、ここを拠点にしよう」
と、店の一等のティールームで、イワンがふんぞり返っている。
「つまり、資金を借したビリビオ家の名前を使って脅したと?」
「脅すだなんて、そんなことはしてない」
メルクリニのじとりと睨む目を受けて、イワンは心外だといわんばかりに首を振る。
「ただ、融通がくようにちょっとオーナーにお願いをしただけだよ」
「それを誰が信じるかしら」
ぬいぐるみのくまを抱え、モゴモゴとくぐもった声のアリッテル。
他のみんなが笑っているのを見て、またイワンは胸を張る。
「だが、他にこのメンバーが集まれる場所はあるのかい?繰り返すがオーナーの厚意だよ、嘘なんかつくもんか」
「え?なにか嘘があったのかしら」
「ほぅら!ミズリィ嬢はちゃんと僕を信じてくれる!」
「うふふ、ミズリィは素直だから……」
休学中のオデットもこの集まり、つまり勉強会には参加するらしい。置いていかれたくないという気持ちがあって、みんなとも会える、こんな絶好の機会はない。
「まあ、戯れはここまでで」
メルクリニは笑って、自分の手荷物を広げた。
「助かるのは本当だな。図書館で大勢で押しかけるわけにも行かないし、我々の家柄はたかが勉強会にしてはどうにも大げさだ」
「そうですね……とはいっても、私(平民)には過ぎた場所ですが……」
スミレがうつろな目をするので、全員が首を振った。
「君がいないと話にならないよ、毎回試験は我がクラス実質トップのスミレ」
「大げさですよ」
スミレは照れているが、事実だ。
学力・魔法技能で測られる生徒のランク、上中下を決める段階試験で、スミレは毎回上位にいる。
一位は過去二回とも違う生徒だったが、スミレは学力は他に引けを取らない。上位の下の方に名を連ねているのだけれど、それは魔力が小さく、いくつかの魔法が使えないと判断されるからで、それがランク付けの総合値にはなってしまうのだという。
魔法ができないというのも、式化や制御はむしろ上手いほうで、魔力が単純に足りずに魔法にならないという結果だけを見ているからだ。
それを先生たちもわかっていて、成績にめいっぱいつけてもらっているとは聞いたことがある。
つまり、魔力がもうちょっとでも強ければ、1位や2位も夢じゃない。
スミレは優秀なのだ。
「でも、先生方のおかげで、学費は助かっています」
平民で貧しい家のスミレが学院に通えるのは、学院が成績上位者に資格がある全額免除の制度を使ったかららしい。成績が悪ければそれも取りやめになり、スミレは学院に通えなくなる。
それは駄目だと、本人の頑張りを見ている先生たちはほんのちょっとだけ甘くつけているのだと、スミレにも教えたらしい。
「学力は文句なしに一位かどうかってところだろ」
イワンは指を一本立ててくるくる回す。
「つまり、今一番この場にふさわしいんだよ。さあ、僕たちに教えてくれ。報酬はこの店で一番美味しいお茶とケーキだ」
「分かりました。みなさん、がんばりましょう!」
スミレの宣言に、全員で拍手する。
「なるほど、皆はこうやって努力をされて成績がよかったのですのね」
ミズリィのつぶやきに、ぴたりと拍手がやんだ。
「え?」
「どういうことだ?」
「いえ、わたくしはいくら勉強をしようとしても、分からないことだらけで、本を見ているうちに試験が来てしまいますから……」
勉強というものをしようがしまいが、成績は変わらないのだった。
全員、ミズリィを凝視し、それからうなだれた。
「……がんばりましょうね!」
スミレがいち早く復活し、ミズリィの手を握ってくれる。
「ええ!」
「ま、まあ、ミズリィは最近いろんなことに興味があるみたいだから、伸びしろはあると思うよ」
イワンが咳払いし、ノートを広げた。
「興味があるというのは、知りたいことが増えたってことだ。いいことだよ」
「そうですね。……」
スミレは少しだけ眉を下げた。
「知りたいことが増えるの自体は悪いはずがないです」
「……スミレ?」
「いえ、なんでもないです。ともかく、全員少しでも成績アップを目指しましょう」
にこりと笑って、スミレは本を手に持った。
イワンが重々しく言ったのは、その冬季休講があと3日に控えたすべての講義が終わった講堂でだ。
休学中のオデット以外友人全員がそろっていて、メルクリニとスミレは重々しくため息をつく。
「そうだな……」
「ううう気が重いです」
アリッテルはぬいぐるみのロッテリアを抱えてふん、と鼻息を荒くする。
「日頃から怠らなければよいのですわ」
「うむ、正論だ」
イワンはアリッテルの頭に触ろうとして、手をはたき落とされた。
「レディーの髪に気軽に触れるものではないですわ!」
「いたっ……レディーねえ」
「文句ありまして!?」
ミズリィはひとり首を傾げた。
「……なんのお話をされているの?」
「「「「え」」」」
さすがに全員動きを止めた。
「冬期休講ですわよね?ああ、皆さま新年の舞踏会の準備されていて?」
「い、いや、それも大切だけど、ミズリィ様」
「ミズリィ嬢、冬期休講だぞ。学院に通うものはみな悩むだろう?」
「私だってさすがにドキドキしますわよ」
「私は舞踏会には参加できないのでそれよりも……」
「ミズリィ様ミズリィ様、冬期休講のあとになにがあるか覚えていないのか?」
イワンがずい、とミズリィに詰め寄った。
冬期休講のあとには――何があっただろうか。
再度首をかしげたミズリィに、イワンは今までになく真剣な顔だった。
「3度目の段階試験だ」
貴族区に、『輪舞曲』というティーサロンがある。
茶葉は一級、店主の茶を淹れる腕はどの貴族の家のメイドも及ばない、茶菓子はかなりのパティシエが作っているのだろう、お茶に合わせてテイストされた美しく美味なケーキを中心に。
ただ、味もホスピタリティも悪くないのに、流行らなかった。
理由は良くわからないが、同時期に反対の地区で開店した、フラワーデン公爵家のゆかりのカフェテリアのせいだとも言われる。
ともかく、赤字続きで、オーナーが泣きついたのはビリビオ家だった。
「ということで、ここを拠点にしよう」
と、店の一等のティールームで、イワンがふんぞり返っている。
「つまり、資金を借したビリビオ家の名前を使って脅したと?」
「脅すだなんて、そんなことはしてない」
メルクリニのじとりと睨む目を受けて、イワンは心外だといわんばかりに首を振る。
「ただ、融通がくようにちょっとオーナーにお願いをしただけだよ」
「それを誰が信じるかしら」
ぬいぐるみのくまを抱え、モゴモゴとくぐもった声のアリッテル。
他のみんなが笑っているのを見て、またイワンは胸を張る。
「だが、他にこのメンバーが集まれる場所はあるのかい?繰り返すがオーナーの厚意だよ、嘘なんかつくもんか」
「え?なにか嘘があったのかしら」
「ほぅら!ミズリィ嬢はちゃんと僕を信じてくれる!」
「うふふ、ミズリィは素直だから……」
休学中のオデットもこの集まり、つまり勉強会には参加するらしい。置いていかれたくないという気持ちがあって、みんなとも会える、こんな絶好の機会はない。
「まあ、戯れはここまでで」
メルクリニは笑って、自分の手荷物を広げた。
「助かるのは本当だな。図書館で大勢で押しかけるわけにも行かないし、我々の家柄はたかが勉強会にしてはどうにも大げさだ」
「そうですね……とはいっても、私(平民)には過ぎた場所ですが……」
スミレがうつろな目をするので、全員が首を振った。
「君がいないと話にならないよ、毎回試験は我がクラス実質トップのスミレ」
「大げさですよ」
スミレは照れているが、事実だ。
学力・魔法技能で測られる生徒のランク、上中下を決める段階試験で、スミレは毎回上位にいる。
一位は過去二回とも違う生徒だったが、スミレは学力は他に引けを取らない。上位の下の方に名を連ねているのだけれど、それは魔力が小さく、いくつかの魔法が使えないと判断されるからで、それがランク付けの総合値にはなってしまうのだという。
魔法ができないというのも、式化や制御はむしろ上手いほうで、魔力が単純に足りずに魔法にならないという結果だけを見ているからだ。
それを先生たちもわかっていて、成績にめいっぱいつけてもらっているとは聞いたことがある。
つまり、魔力がもうちょっとでも強ければ、1位や2位も夢じゃない。
スミレは優秀なのだ。
「でも、先生方のおかげで、学費は助かっています」
平民で貧しい家のスミレが学院に通えるのは、学院が成績上位者に資格がある全額免除の制度を使ったかららしい。成績が悪ければそれも取りやめになり、スミレは学院に通えなくなる。
それは駄目だと、本人の頑張りを見ている先生たちはほんのちょっとだけ甘くつけているのだと、スミレにも教えたらしい。
「学力は文句なしに一位かどうかってところだろ」
イワンは指を一本立ててくるくる回す。
「つまり、今一番この場にふさわしいんだよ。さあ、僕たちに教えてくれ。報酬はこの店で一番美味しいお茶とケーキだ」
「分かりました。みなさん、がんばりましょう!」
スミレの宣言に、全員で拍手する。
「なるほど、皆はこうやって努力をされて成績がよかったのですのね」
ミズリィのつぶやきに、ぴたりと拍手がやんだ。
「え?」
「どういうことだ?」
「いえ、わたくしはいくら勉強をしようとしても、分からないことだらけで、本を見ているうちに試験が来てしまいますから……」
勉強というものをしようがしまいが、成績は変わらないのだった。
全員、ミズリィを凝視し、それからうなだれた。
「……がんばりましょうね!」
スミレがいち早く復活し、ミズリィの手を握ってくれる。
「ええ!」
「ま、まあ、ミズリィは最近いろんなことに興味があるみたいだから、伸びしろはあると思うよ」
イワンが咳払いし、ノートを広げた。
「興味があるというのは、知りたいことが増えたってことだ。いいことだよ」
「そうですね。……」
スミレは少しだけ眉を下げた。
「知りたいことが増えるの自体は悪いはずがないです」
「……スミレ?」
「いえ、なんでもないです。ともかく、全員少しでも成績アップを目指しましょう」
にこりと笑って、スミレは本を手に持った。
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