最強令嬢の秘密結社

鹿音二号

文字の大きさ
40 / 60

36:教室と出会い1

しおりを挟む
寒さがすこし和らいだころ、ミズリィはスミレの案内で平民区の『教室』へ足を運んだ。
メルクリニも一緒だ。護衛騎士となる約束をしたし、本人もやる気で、今日も快く来てくれた。

「私だってスミレの先生というお方が気になってるんだよ」
「良い方ですよ」

スミレも学院に上がってからは会っていないという。教室の生徒もほとんども顔見知りだから、久しぶりの再会でスミレはすこし浮かれているようだ。

「こちらです」
「……教会がこんなところにあるんだな」

スミレの家の近くだという、小さな教会だ。
小さすぎて、特徴である真円に葡萄の葉があしらわれたレチーフが下がっていなければ、教会だとは気づかなかったかもしれない。
その教会の裏にある空き地が、『教室』だった。

ミズリィたちがその空き地に足を踏み入れると、十数人いた子どもたちと、2人の大人が、いっせいに振り返った。

「先生!お久しぶりです!」
「スミレさん、お久しぶり」

スミレが走っていくのは、一本だけ生えている細い木のところだ。そのそばに女性が立っていた。
年齢は、ミズリィの父くらいだろうか。細い小柄な女性で、穏やかな顔つきだ。色の薄い金髪をきっちり結い上げて、服装はこざっぱりしたワンピース。

「お元気でしたか?みんなも?」
「ええ、今年は誰も欠けることがなかったわ」
「良かったです!」

メルクリニが、隣で息を呑んだ。

「どうしましたの」
「……いや、相当貧しい子どもたちも混じっているようだって」
「え?」
「先生が言っただろう。今年は誰も欠けることがなかったって……去年は寒かったし、もしかしたら寒さや飢えで、家族や本人が亡くなったりして、教室に欠員が出たりしたんだろう」
「まあ……!?」

メルクリニはいたましそうに子どもたちを眺めている。

「先生、紹介します。こちら、学院で仲良くしてくださるミズリィ様、メルクリニ様です」
「ようこそ、ご足労いただきまして、お礼を申し上げます」

普段貴族の屋敷に勤める使用人のような、優雅なお辞儀で先生は挨拶してくれた。
ミズリィたちも、同じく挨拶を返す。

「お邪魔いたしますわ」
「失礼する」

子どもたちは、お姫様だー、や、偉い人?と首を傾げたり目を輝かせたり、中には嫌そうな目で見たりしている。

「ミズリィ様、メルクリニ様、こちらは子どもたちに勉強を教えてくださるジェニー先生です」
「今日はよろしくお願いします。しがない指導ですが、なにかの参考になれば嬉しい限りです」
「スミレの先生と聞いて、とても気になっておりましたの。こちらこそ、どうぞよろしくお願いしますわ」

ミズリィがそう言うと、ジェニー先生はすこし目を見開いて、それからにこりと笑う。

「どうぞ、楽になさって。ああ、あと、こちらの方を……」
「僕も見学者ですよ」

少し離れた場所にいた、男性だった。
背が高い、ひょろりとした印象の若い男性だった。身なりは悪くない。平民ではないだろうけれど、貴族にしては着飾っていない。模様の入らない皮のコートで全身を覆っていて、顔立ちも派手なじゃないし、表情は愛想が良い。

「アートといいます。たまにこちらに出入りさせていただいています」
「よろしくお願いしますわ」
「よろしく」

どうやら、このアートという男性は、何度もこの教室に通っているらしく、子どもたちは慣れた様子で彼に手を振ったりしている。

(どういった人かしら)

うまくいえないが、不思議な人だ。
気づいたことといえば、この帝都の人ではないだろうということくらい。
彼の発音はクセがあって、長く帝都に暮らしていたらもうすこし上手いはずだ。
田舎の人間が帝都に来たのか、あるいは、外国の人か。

スミレも彼のことは知らないらしく、初めましてと挨拶していた。

「では、授業を始めましょうか」

挨拶は簡単で、ジェニーは木の枝に黒い板のようなものを引っ掛けた。そこに、手に持った白い石でかりかりと引っ掻いて――そう、黒板だ。

「今日はお客様がいらっしゃいましたので、まずはご挨拶しましょう。こちらは、皆さん知っていらっしゃいますね」
「はーい!アートさん!」
「こんにちはアート兄ちゃん!」
「はーい、こんにちは」

次々と大きな声で挨拶されるアートは、にこにこと彼らに手を振った。

「では、この方は?」
「スミレちゃーん!」
「姉ちゃんまた来た!」
「お姉ちゃん生きてたぁ~」
「こら、こんにちは、は?」
「「「こんにちは!」」」

スミレは人気者らしい。
先生はいっそう笑って、じゃあ、とミズリィとメルクリニを手のひらで示した。

「こちらのお姉様がたは、ちょっとむずかしいわ。司祭様と同じようにね、気をつけをして」
「えー」
「しっ、お姫様だよ」
「キゾクっていうんだろ?」
「はい、皆さん。気をつけ」

足を揃えて、こんにちは!と勢いよく頭を下げられた。
メルクリニと目を合わせると、彼女も苦笑している。

「こんにちは。今日は一緒に勉強をしたいの。よろしくですわ」
「え?お姉ちゃんも勉強するの?」
「キゾクって勉強しないんだと思ってた」
「ねー」
「違うよ、みんなと一緒で大変なんだよ」

スミレが生徒のひとりひとり、肩や手を引っ張ってジェニー先生へと向き直らせている。
ジェニーは何も言わず見守って、それから足元に置いていた荷物から、四角い箱のようなものを出した。

「はい。よく出来ました」

箱から取り出したのは、小さな丸い……食べ物だろうか?ミズリィには飴のようなものに見えた。はしゃぐ子どもたちに、先生やスミレ、アートが手分けしてそれらを配っていく。幼い子供が多くて、その飴を大事そうに口に入れている。

「飴?」
「うむ……」

ミズリィもだけれど、メルクリニも同じように不思議そうな顔をしている。なぜ、飴が出てくるのだろう。勉強をしに来たのではなかったのか。

またジェニーは荷物から物を取り出した。
四角いカードが束になっている。

「では、今日はこんなにたくさんお客様がいらっしゃるので、皆さんのお名前を覚えましょう」
「はーい!」
「おなまえー」
「では、まずは、久しぶりのスミレさんから」

先生がカードを一番手前の子に渡すと、彼女はさっとカードを一枚ずつ子どもたちに配っている。
行き渡った……かと思いきや、数枚を持ってミズリィたちに近づいてきた。

「どうぞ、これを持っていてください」
「これは?」
「『R』?」
「ご覧のとおり、文字のカードです」

スミレが戻ってきて、自分の『T』のカードをひらひらと見せる。

「私達にとってはすごく簡単なゲームですよ」
「ゲーム?」
「授業では?」
「まあ、見ていてください」

ジェニー先生が、すっと手を挙げると、一番小さな子が自分のカードをぐっと上に掲げた。

「――『S』?」

すると、次の子が、またカードを上に上げる。

「『U』?ああ、そういうことか」

メルクリニはニヤリと笑って、自分のカードを上に上げた。『M』のカード。
次は二人の子が同時に上げて……ひとりははっと恥ずかしそうに引っ込めた。
残った子のカードは『I』。

「あ、……ええと」

合っているのかどうか。
ミズリィが自分の『R』のカードを上げると、最後の子が勢いよく『E』のカードを上げた。

「よくできました」

ジェニーが拍手をすると、みんながきゃあきゃあと歓声を上げる。

「ね?簡単なゲームでしょう?」

スミレは笑って、先生の近くにまた駆け寄った。
戻ってきた彼女の手には、飴が3つ。

「ご褒美ですよ」
「ご褒美?」
「ああ、こうやって子どもたちのやる気を上げているんだな?」

メルクリニは飴をつまんで自分の口に入れた。

「レモンの味がする。大丈夫だ」
「わたくしもよろしいの?」
「ええ、全員正解したので」

飴だと思っていたら、柔らかいヌガーのようなもので、レモンの香りと甘い味がした。

「では、次は、アートさんのお名前ですよ」

ジェニーがまた手を上げると、今度はすこし時間があった。無事カードが上がるとみんな嬉しそうに笑う。

「今度も、ミズリィ嬢は間違えられないな」

クスクスとメルクリニが笑ってそう言ってくれなければ、ミズリィはぼうっとしてカードを上げ損なうところだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

転生皇女はフライパンで生き延びる

渡里あずま
恋愛
平民の母から生まれた皇女・クララベル。 使用人として生きてきた彼女だったが、蛮族との戦に勝利した辺境伯・ウィラードに下賜されることになった。 ……だが、クララベルは五歳の時に思い出していた。 自分は家族に恵まれずに死んだ日本人で、ここはウィラードを主人公にした小説の世界だと。 そして自分は、父である皇帝の差し金でウィラードの弱みを握る為に殺され、小説冒頭で死体として登場するのだと。 「大丈夫。何回も、シミュレーションしてきたわ……絶対に、生き残る。そして本当に、辺境伯に嫁ぐわよ!」 ※※※ 死にかけて、辛い前世と殺されることを思い出した主人公が、生き延びて幸せになろうとする話。 ※重複投稿作品※

落ちこぼれ公爵令息の真実

三木谷夜宵
ファンタジー
ファレンハート公爵の次男セシルは、婚約者である王女ジェニエットから婚約破棄を言い渡される。その隣には兄であるブレイデンの姿があった。セシルは身に覚えのない容疑で断罪され、魔物が頻繁に現れるという辺境に送られてしまう。辺境の騎士団の下働きとして物資の輸送を担っていたセシルだったが、ある日拠点の一つが魔物に襲われ、多数の怪我人が出てしまう。物資が足らず、騎士たちの応急処置ができない状態に陥り、セシルは祈ることしかできなかった。しかし、そのとき奇跡が起きて──。 設定はわりとガバガバだけど、楽しんでもらえると嬉しいです。 投稿している他の作品との関連はありません。 カクヨムにも公開しています。

美化係の聖女様

しずもり
ファンタジー
毒親の仕打ち、親友と恋人の裏切り、人生最悪のどん底でやけ酒を煽り何を思ったのか深夜に突然掃除を始めたら床がドンドンって大きく鳴った。 ゴメン、五月蝿かった? 掃除は止めにしよう、そう思った瞬間、床に現れた円のようなものが光りだした。 気づいたらゴミと掃除道具と一緒に何故か森の中。 地面には気を失う前に見た円が直径3メートルぐらいの大きさで光ってる。 何コレ、どうすればいい? 一方、魔王復活の兆しに聖女を召喚した王城では召喚された筈の聖女の姿が見当たらない。 召喚した手応えはあったものの目の前の床に描かれた魔法陣には誰も居ない。 もしかして召喚先を間違えた? 魔力の残滓で聖女が召喚された場所に辿り着いてみれば聖女はおらず。 それでも魔王復活は待ってはくれない。 それならば聖女を探しながら魔王討伐の旅へ見切り発車で旅する第二王子一行。 「もしかしたら聖女様はいきなり召喚された事にお怒りなのかも知れない、、、、。」 「いや、もしかしたら健気な聖女様は我らの足手まといにならぬ様に一人で浄化の旅をしているのかも知れません。」 「己の使命を理解し果敢に試練に立ち向かう聖女様を早く見つけださねばなりません。」 「もしかして聖女様、自分が聖女って気づいて無いんじゃない?」 「「「・・・・・・・・。」」」 何だかよく分からない状況下で主人公が聖女の自覚が無いまま『異世界に来てしまった理由』を探してフラリと旅をする。 ここ、結構汚れていません?ちょっと掃除しますから待ってて下さいね。掃除好きの聖女は無自覚浄化の旅になっている事にいつ気付くのか? そして聖女を追って旅する第二王子一行と果たして出会う事はあるのか!? 魔王はどこに? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 不定期更新になります。 主人公は自分が聖女だとは気づいていません。 恋愛要素薄めです。 なんちゃって異世界の独自設定になります。 誤字脱字は見つけ次第修正する予定です。 R指定は無しの予定です。

クラス召喚されて助かりました、逃げます!

水野(仮)
ファンタジー
クラスでちょっとした騒動が起きていた時にその場に居た全員が異世界へ召喚されたみたいです。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

悪役女王アウラの休日 ~処刑した女王が名君だったかもなんて、もう遅い~

オレンジ方解石
ファンタジー
 恋人に裏切られ、嘘の噂を立てられ、契約も打ち切られた二十七歳の派遣社員、雨井桜子。  世界に絶望した彼女は、むかし読んだ少女漫画『聖なる乙女の祈りの伝説』の悪役女王アウラと魂が入れ替わる。  アウラは二年後に処刑されるキャラ。  桜子は処刑を回避して、今度こそ幸せになろうと奮闘するが、その時は迫りーーーー

処理中です...