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39:教室と出会い4
しおりを挟む教会を出る。
まだ陽は高いけれど、すこし気温が下がっている気がする。
まだ夜は凍えるくらいで、春の訪れは遠い。
「あれ、先生?」
スミレがきょとんと指差す細い路地から、先生と生徒の一人がこちらに戻ってきた。
「ああ、良かった。まだいらっしゃったんですねアートさん」
先生が手を引いている小さな男の子は、グスグスと鼻を鳴らして目を真っ赤にしている。それにズボンの両膝が擦り切れて、血が滲んでいた。
「この子、転んでしまって……司祭様もお出かけだというし……」
困ったように、先生はアートへ話しかけている。
彼も、大変だ、と男の子の目線に合わせてかがむ。
「傷を見せてくれるかい。足だけかな」
「う、手、手もいたい……」
手をついたのか、見せた手のひらが赤く剥けている。
教会の出入り口の手前、何もないところに子どもを座らせたアートは、すっと両手を子供にかざす。
ふわ、と周囲の空気が、変わった。
「え?」
声を上げたのは、ミズリィか、スミレかメルクリニか。
数十秒、アートが男の子に手をかざしただけで、男の子は歓声を上げて、ぴょんと立ち上がった。
あんなに痛がっていたのに、今は笑顔だ。
「すごい!アートさん、ありがとう!」
「どういたしまして。気をつけてな」
「うん、わかったー」
「良かったわね」
ジェニーも、にこりと笑って男の子の頭を撫でている。
「魔法か?」
メルクリニが呆然と、呟く。
魔法自体は魔術師でオラトリオの生徒であるミズリィたちには珍しくないものだ。
ただ、こんなところで見るとは思わなかった。
「いえ、今のは……魔法は、半分くらいでしたわ」
ミズリィは、自分の目で見たものが信じられない。
「制御が見えましたわ。けれど、式が小さすぎるのですわ、あんなに高度な術ですのに」
制御においては誰にも引けを取らないミズリィも、どうやったら出来るかわからない。
使う魔力量に対して、式化と制御が小さすぎて、さらに結果も違う。
ほんの一握りの小麦粉で、大きなケーキが出来上がったような、そんな感覚に似ている。
「法術……?」
普段は見ることが出来ない、教会や神殿の術だ。
見ることが出来ない、と言っても、寄進によって大怪我を治したり、病気の治療を行ったり、また魔法に替わる術を行って民衆に施すのが教会だ。神殿も、術の違いはあっても役割はほとんど同じだという。
ただ、大勢の目につくようなところで使われることがほとんどないだけだ。
そう、こんな、小さな教会で、司祭でもない人が、子供の怪我などに、使うものじゃない。
「魔法ってすごいねー!」
「ええ、すごいわね」
「あの、今のは魔ほぅぐ」
「ミズリィ様」
スミレが、素早くミズリィの口を塞いだ。
メルクリニも目で何かを訴えて、指でジェニーを差している。
先生は首を振りながら指を立てて口元に当てた。
(……内緒ということ?)
スミレの手が離れ、ごめんなさい、と耳元で囁かれた。
「さあ、おかえり」
アートは変わらず穏やかに子供に言い聞かせて、男の子はもう一度、ありがとうと大きな声で言って帰っていった。
男の子を見送り、ジェニーもアートも苦笑してミズリィたちに向き直った。
「すみません、できればおおごとにしたくなくて」
「いえ、その……アート、あなたは……?」
「いずれ、またお会いします。そのときにお分かりになるでしょう」
アートはやはり不思議な、頭だけを下げるお辞儀をした。
「もうひとつ、お聞き届けいただけますでしょうかペトーキオ公女殿下」
「何でしょう」
「あなたの敵は、お身内にはいません」
その彼の言葉を聞いて、2回繰り返し頭の中で考えて、
「え?」
結局、小さな声しか出せなかった。
「今はお分かりにならないかと思います。ですが、時が来れば、この私の言葉の意味も分かるはず。外に目を向けてください。内側ばかりに気を取られていてはいけません」
「どういう意味だ」
メルクリニは困惑したまま、アートに繰り返したけれど、彼は微笑んだまま答えず、代わりに、
「では、また会う日まで、お元気で」
今度は貴族風のお辞儀をして、去っていった。
どういうことだろう。
まるで、ミズリィに敵が現れるのを知っているかのような、アートの言葉。
戸惑ってスミレにも目を向けるけれど、彼女はむしろミズリィよりも動揺しているようだった。
「追いかけます」
メルクリニが腰の剣に手をかけた。
「あの男、なにか知っているのでは?」
「何を、ですか?だって私達以外に……」
言いかけたスミレが、はっと口を閉じた。
近くに、ジェニーが来ていた。
「やめていただけますか?彼は、たぶん何も言わないと思います」
「あの、先生。アートさんは……」
「私もよく知りません。ただ、彼は一年ほど前から平民区に出入りして、あのように癒やしの奇跡をはじめ、様々なことに手を貸してくださっています。今日の教室のお菓子だって、彼が持ってきてくださったんです」
「そんな……私、わたし偉そうなことを言って……」
ふらり、とスミレが後ろによろけて、ミズリィは慌てて彼女を支えた。
「ああいうお方ですから、気にされませんよ。でも、今度お会いしたときには……ええ」
こくこくと何度も頷くスミレに、ジェニーは暖かく微笑んだ。
「今日はありがとうございました。子どもたちもお姫様がいらっしゃったと喜んでおりました」
「今度は、お屋敷でお会いしましょう」
「はい。公女様のお役に立てるよう、せいいっぱい務めさせていただきます」
洗練された美しいお辞儀を、寂れた教会の前で眺めた。
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