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46:イワンのまとめ7
しおりを挟む難しいことばかりで、ミズリィは頭がくらくらしている。
もうしないよ、と笑いながらイワンに言われたときは、ほっとしてしまった。
最後のお茶は、ミズリィの好きなサリルア産の秋摘みだった。
「おいしい……」
思わずしみじみしてしまうと、アリッテルに笑われた。
「今後が思いやられるわね」
「アリッテル、ミズリィはがんばっているわ、あまり笑わないであげて?」
なんだかめずらしく、オデットがやんわりとアリッテルに意見をした。きょとんとしたアリッテルだったけれど、すぐにうつむく。
「……ごめんなさい、ミズリィ・ペトーキオ」
「気にしないで。そうね、いろいろがんばりますわ」
この時間に戻ってきて、たった数ヶ月で、こんなに目が回るような日々。
『前』は、まだパーティーや夜会で楽しむことを優先していたと思う。
勉学なんて、自分には何をやってもうまくできるはずがないと思っていたし、社交界に出るのは公爵令嬢としては大事なことだ。
でも、楽をしていたのだと思う。
できないからやらずにおいて、それが当たり前になっていた。
ちゃんとやれなくてもいい、自分で挑戦すること、それが『今』はとても重要なことだと思える。
「きっと今日のこともあまり分かっていないのだと思うけれど……」
「いいえ、なんでもお聞きくださいね」
スミレは、フォークで黄色のケーキを切りながら、
「いつでもお答えできるようにしますので」
「そういえば……私の疑問に答えてもらってもいい?大きな真珠って、私の家宝のこと?」
「あ、はい」
オデットが気にしていたのは、さっきスミレとイワンが二人だけで話していたことだ。
スミレがイワンへ、まだミズリィの前世のことを話せなかった頃にいろいろ隠しながら質問したことにちなんでらしい。
「……なるほどねぇ」
「とっさだったとはいえ、あまりいいことじゃなかったね、悪かった」
「ふたりだけのひ・み・つのお話だったのだから、大目に見るわぁ」
にこっ、と、オデットは笑う。イワンは苦笑して、スミレはなにか言いたそうに口を開いては、肩をがくりと落とす。
「オデットさまぁ……」
「ああ、気にしていないのは本当よぉ」
アリッテルがなんだか呆れた顔をしてオデットを眺めている。
和やかな最後のお茶で、ふと、メルクリニが浮かない顔をしているのを、ミズリィは見てしまった。
「どうしましたの、メリー」
「あ、いや……」
カップを持とうとした手を引っ込めたメルクリニは、行儀悪くテーブルに肘を付く。
「……ひとつ、気になることがあって」
「この際だ、なんでも言うといい」
「イワン、試験後の茶会に無粋な真似をしたのはお前だぞ。……なんというか、あの、ジェニー先生のところで出会った……」
「ああ、アートさんですね、私も気になっていました」
スミレもメルクリニに頷いている。
「不思議な……方でしたよね」
「少し話は聞いたけれど……平民区で法術を使った人か?」
イワンの言葉に、ミズリィたちは口々に彼について言い合う。
スミレの先生であり、ミズリィのガヴァネスになったジェニーの、平民区での教室にいつも来ているという男性。外国の貴族だというけれど、長い間帝都にいて、ジェニーの活動に賛同して手助けをしている。
飢える子どもたちに勉強を教え、仕事につくことができるように。
「法術を使えるということは、教会の修道士以上だ」
「しかもかなりの使い手ですわ」
「身なりは悪くないので……しかも帝都に長くいられるというのは、やはりそれなりの身分ではないかと」
不思議、としか言えない、他に彼について聞くことができなかった。
「それとなく、パーティーでそういう外国の貴族が来ていないか聞いてみたんだが、やはりというか、噂らしいものはなかったんだ」
メルクリニは背もたれに体を預けた。
「目立つ風貌でもないが、ちょっと……その、風変わりというか」
「変、なのね?」
「……まあ、そういうことだ」
「社交界に出てきていないとなると……本当に、教会の関係者か」
「我々貴族は教会にそこまで詳しい訳じゃないし」
つまり、教会の関係者だったとしても、ミズリィたちには分からないことなのだ。
フォークでシブーストをざくりと切り分けたメルクリニは、
「公爵令嬢だと分かっているミズリィに、わざわざ話しかけて、内ではなく外に敵がいる、と……そんなことを言うこと自体、じゅうぶん怪しいだろう」
「そんなことを!?」
詳しく話す時間がなかったから、イワンは初めて聞いたようだった。持ったカップを揺らしてお茶が零れそうになっている。
「……それはメリーも怪しむはずだ」
「ですが、その……悪い人ではないと思います」
スミレがおずおずと言った。
「アートさんが子どもたちのためにきてくださってるのも本当だと思います。とても真摯で……私の失礼な発言も、怒らず聞いてくださいましたし」
「失礼な発言?」
「……想像で物を言うのは良くないですねっていう……」
「人となりはともかく、怪しすぎるだろう?」
「いい人か悪い人かはおいておいても、たしかに……なんでそんなことをミズリィにわざわざ?まるで……」
イワンが何を言おうとしたのか、言葉を飲み込んだ。
彼が気になっているのはミズリィもだ。
スミレも忙しくて、教会の教室に行けていないようだ。これで3回ジェニーの講義を受けたミズリィも、彼のことを聞いたけれど、やはりアートという男性は相変わらずお菓子を持って現れているよう。
そして――
「わたくし……あの方を見たことがあるような気がするの……」
「え?」
スミレが声を上げて、他のみんなもミズリィを振り返った。
「見たというのは、どこで?君が戻ってきたときから?それとも『前』?」
イワンの焦った様子に急かされて、手に持ったカトラリーを握って一生懸命思い出す。
「それが……思い出せなくて」
「いつ頃かもですか」
「ええ……ただ、やはり何度も会ったり、お話したわけではないと思うわ。すれ違ったり……挨拶を受けたりする程度かしら……」
「本当に見たことがあるかも、くらいか……」
「『今』ではないのかもしれませんね。あちらは覚えていないようでしたよ?初めましてと言っていらっしゃったですし」
スミレが言ったとおり、ジェニーの教室では初めまして、と挨拶された。
イワンが頭を振って、ため息をつく。
「……よく分からないな。目的もだし、なんでそんなことをミズリィに言ったのかもだし……ミズリィには引き続き、思い出してもらうとして。その、アート?とかいう人にもう一度会いに行くという手もあるけれど……」
「ただ……あまり、自分のことは話したがらない人みたいです。ジェニー先生もそれとなく聞いたみたいなんですが……」
「正体がわからない以上、あまり近づきすぎるのも怖いな」
「ええ」
結局、分からないことだらけ、ということらしい。
イワンが、うーん、とうなりながら頭をかく。
「今僕たちにできることは、ともかく気になることをこうやって話し合うしかない。陰謀だとして黒幕もわからない、当時の状況も分からない、目的も……」
「闇雲すぎませんか?なにか、計画を立てたほうが……」
スミレの言葉に、イワンは頷く。
「もちろんだ。けど……」
ちらりと、イワンの色の薄い目がミズリィを見た。
「じっくり、それもゆっくり、だな」
「ああ、そうですね……」
「……どうかしまして?」
ため息をついたオデットが、そっとミズリィの手からなにかを取り上げた。
「フォークとスプーンを一緒に握っても、たくさんケーキは食べられないわ」
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