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絶望の朝(1)
しおりを挟む運び込まれたものが大きすぎて、ぎりぎり店の入り口を通ったのが奇跡だった。
奥には運べず、表のカウンターに立てかけ、これでは商売にならない。
その布をかぶせられたものを一瞥してから、マキアは手元の手紙をぼんやりと見る。
ただただ、憂鬱で、面倒だった。
どれくらいそうしていただろう。
気づけば夕方も過ぎ、外は暗い。
ペチカは今日は用事があると店に来ない。
だから、マキアが店を見なければならないのに、なにもする気が起きない。
……せめて、閉店の札をかけないと。
ぼうっとしすぎて、忘れていた。
ふらつく足で向かった、その目の前で、ドアが開いた。
「……お、いた。閉店ってなってなくて、どうしたかと思ったんだが」
当たり前の顔で、当たり前のように、男が入ってきた。
まだ夕日はすこし残っていて、彼の笑顔が見えた。
「……ああ、今閉めようかと思っていたところだ」
するりと、言葉は出た。
長年取り繕ってきた『マキア』は、頭が動いていなくてもちゃんと出てくる。
「お前はどうした?この時間だともう家に帰るんだろ」
「ああ、いや……」
彼にしてはめずらしく歯切れ悪く言葉を濁して、目を泳がせた。
「……ん?なんだその大きいの」
「ああ、これは引取願いのやつで」
「ふうん……鏡か?」
「ああ」
会話をするためにだろう、ビクトルは近寄ってきた。
「でっけえな!貴族とか持ってそう」
「さてな」
「……まさか、いわく付きとかじゃ……」
「どう思う?」
「やめろって!」
大げさに一歩引いたビクトルに、口の端を上げる。
『マキア』ならここではこう言う。
「一方的に送ってきたんだ。大きいだろ、置き場所に困って――」
「マキア、なにかあったか」
「……」
「いや、何があった?」
「……」
「黙るってことは当たりだな」
ビクトルは、やんわりと苦笑する。
「分かれば分かりやすいな、お前。なあ、どうしていいのか分からないんだったら、俺に話すのはどうだ?」
「……意味がない」
どうすればいいかなんて、マキアには一生わからない。答えは出ない。
教えを請うつもりもない。誰かに理解してもらうつもりも。
「うーん?まあ、いいだろそれで」
ビクトルは肩を竦める。
「意味っていうなら、俺はお前から話を聞くことに意味がある」
「……なにが」
「道の石ころに話しかけるつもりで俺に言えよ。俺はそれでいい」
「……意味がわからない」
「たぶん、お前は色々考えすぎなんだよ」
ビクトルはふと背を向け、ドアのところに行って開いた。そこに、掛札をかける。
……いつの間にやり方を知られていたんだろう。
「話すだけでもすっきりするっていうぜ」
「……大したことじゃない」
「ならいいだろ!」
いつの間にか、店に明かりがついている。
この男は、どこまで知っているのだろう。
――そうだ、これくらい、なんてことはない。
いきなり事情を知らないものが聞いても面食らうだろうが、ビクトルは大体のことは知っている。
「……この鏡は、ロウドが持っていた」
「え、……え!?」
ビクトルはぎょっとマキアを見た。
その反応はなんだ。
「……話せと言ったから話したんだが」
「そうじゃなくて!え?なんでそんなものがここにあんだ!?」
「正確にはロウドが実家に持っていたものだ。邪魔になって……ああ、ロウドはブラウン家から追い出されたって」
「あ、あー……男爵の書状か……」
そう、カイメでロウドが何をやったかを書いたものを、ブラウン家に送った。
多少粉飾して書いたが、どちらにしろ揉め事を起こしてガウルス伯領には実質出入り禁止となったことは事実。
ガウルス伯領の荘園主であるブラウン家も、さすがにその意味は分かったようで、すぐさまロウドは家から追い出された。絶縁と変わらないだろう。
「それで、ロウドの持ち物を整理していたらしいんだが……」
「それだけか」
ビクトルはなにやら苛立っている。
「マキアにあいつがやろうとしたこと全部書いたんだろ、マキアには何もなしか」
「……あったさ。もしかして、今までロウドに言われて俺を冷遇したのは、間違いだったのかと今さら気づいたみたいでな」
「……は?今?」
「そう、今、だ」
「……あれだけやっておいて、今さら?」
ビクトルの顔が、見たことがないくらい歪む。
普段おおらかな男だから、そう悪感情を表すと迫力がある。
怒りと嫌悪、だろうか。彼がそこまで怒る理由も、マキアには分からないが。
「……権威主義なうえに、だまされやすいんだろうな、権力が強いやつにこうだと断言されれば、間違いないんだと思い込む――という感じだ」
「でも、はあ?実の息子を、追い出しておいて!?」
「さあな。あの人らの考えていることはよく分からない」
ロウドが王都で力をつけ、それが言ったから息子を異端なのだと思い込んで一緒に叱りつけた。
「魔法というものがどんなものか、ロウドに聞いているだけだったんだろうし」
魔法よりも作付けのことで頭がいっぱいだった地主だ。いちおうこれでも魔力持ちの家系なのだが。
分からなくもない理由はある。
魔力持ちは遺伝するのだが、けれどまれにしか生まれない。家系や条件にもよるが、50年から200年の期間で、まちまちだ。
ブラウン家はロウドが80年ぶりの魔力持ちの誕生だった。
祖父はその叔母が魔法士だったため、多少どんなものかは知っていたようだった。
その祖父も亡くなり、ちょうど疎くなったブラウン家にロウドが王都の魔法士として君臨した。
叔父と甥、近親者に魔力持ちが出ることはよくあることだ。だが、そのかわりだというように、次に同じ血筋に生まれる期間が遠くなる。理由はよく分からないが、数ある記録をたどって判明していることだ。
そして、ブラウン家にはまた魔力持ちが生まれない時期が来る。推定で120年以上。
「……ふたりも魔力持ちが出ているのに絶縁したブラウン家が、次はどうなるか……まあ、どうでもいいが」
ビクトルはむっつりと静かに聞いている。
「ナンリに、俺がもう魔法士にはなれず、『方術士』として生きるしかないのだと説得されていたのに、ロウドになにを言われたのか手のひらを返して俺を責め立てた。それは俺に死ねと言っていたとは……気づいてないんだろう」
マキア自身、どうしてこうなったのか、飲み込めずに呆然としていただけだった。誰かに――村の外に助けを求めれば、どうにかなっただろう。それも思いつかなかった。馬鹿だった。
「この鏡と一緒に、長々とした手紙が届いたが、途中で読むのも馬鹿らしくなって」
自分たちが悪かったのかもしれない。それなら謝りたい、と延々と同じことを繰り返していた。
「……今さらすぎる、自分たちがしたことを半分も分かっていない、俺にどうしろと」
「お前がどうにかしたいって言うなら、俺は力を貸すぜ」
ひどく低い声が聞こえた。
「……なんで」
「俺が腹が立って仕方がないからだ」
「お前がなんで怒るんだ」
「俺がお前の友人、だからだ」
真剣に、ビクトルはそう思っているらしかった。
友人だと、腹を立てるのか。
自分は、何を思うべきなのかわからない。
「……どうも、しない。どうすべきかなんて分からないから」
「分からない?……まあ、いいか。ともかく、俺はお前が親をぶん殴りたいっていうなら付き合う」
「もう……どうでもいいんだ」
思い出すことは少なくなった。わざわざ殴りに行こうと思うには記憶が遠すぎる。
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