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第二話 モンブランは地味だけど
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その日は家に帰った後一睡もできなかったし、翌日は本当にサボりたかったけど、こんな時に限って一限から必修の授業が入っている。
まだ神経が冴えているのか、眠気は催さなかったけど、退屈な教授の話は右から左へ抜けていく。
瞼の裏をちらちらするのは、泰治の情けない顔と千和子の申し訳ない顔。許さない。本当に許さない。
さすがに実力行使には出ないけれど、丑の刻参りぐらいしてやるかって気でいる。鎌倉には丑の刻参りにうってつけの神社がたくさんあるし。
「ほんとに千和子がそんなことしたの? 間違いじゃない?」
「間違いじゃないよ、ふたりそろって認めたんだもん……」
二限が終わって有紗と学食でランチ。
本当はこんな、地元鎌倉の女子大になんて行きたくなかった。親元を離れて都内の大学に通い、ひとり暮らしして、原宿や表参道を闊歩してみたかった。
でも受験の時それを言ったら、あっけなく却下。
「あんたの頭のレベルで受かる大学なんてたかが知れてるし、ひとり暮らしさせる意味がない。だいたいあんたみたいな子、親元を離れたら何するかわからないもの」――
うちはお母さんが強いから、お母さんがそう言ったら、お父さんもそれに反対しないって感じ。
たぶんこのままだと、就職してもお嫁に行くまでは家から出さないとか言われて、ひとり暮らし反対されるんだろうな。
「なんかもう、意外過ぎて言葉も出ないわ……だって千和子ってさあ、ぜったい友だちの彼氏盗るような子じゃないじゃん」
「あたしもそう思ってたんだよね……」
だから、千和子にレポートを手伝ってもらってたあの日、泰治から電話が来て、よかったら今来る? 友だちと一緒だけどいい? なんて言ってしまったのだ。
その場では泰治と千和子は、別にいい感じってわけじゃなかった。むしろ、高校の頃から男子と話したところを一度も見たことがなかった千和子は、泰治を目の前にしてキョドってたし。だからあの後、ふたりの帰り道が途中で一緒になっても、そんなことが起こるはずないと思ってた。
「そもそもさあ、美波斗みたいな子と千和子が友達だってのが不思議なんだよねえ」
大学からの仲で、高校時代のあたしを知らない有紗が素朴な疑問をぶつける。学食最安のきつねうどんを啜りながら。
「うちの高校、部活必須でさ。まじダルいっしょ。仕方なく入ったのが週に一回だけ活動する英語部。そこで一緒だったのが千和子」
そんな面倒くさいルールがあるもんだから、文化部に入ることのほとんどが、仕方なく入ったって感じだった。
部活なんて中学まででじゅうぶん、高校に入ったらバイトしたりおしゃれしたり恋愛したりしたい。英語部にいたのは、基本そういう子ばっかり。
ところがその中でも、千和子はやたら熱心だった。
地味な外見に似合わずちゃんと意見も言うし、まめに、こんな活動がしたいって企画を持ち込んでくる。
真面目な子だなあ、と思ってたけれど、他の英語部の子たちからの印象は良くない。
「どうせ内申書狙いでしょ」「いい子ぶってムカつく」というのがみんなの総意で、千和子はあたしの学年の中でも浮いてたし、あたしも最初はあまり仲良くなかった。
しかし、忘れもしない高一の夏。英語部で仲良くしていた子の彼氏を盗った、という話になってしまい、孤立を恐れたあたしは仕方なく千和子を友だちに選んだ。
ちなみに本当に盗ったわけじゃない。その子と彼氏が別れた後、その彼氏がコクったのがあたしってだけの話。
「へー。なんかよくある話だね。要はあぶれ者同士がくっついたってやつか」
「そうそ、部活必須だから、辞めるのもなんか面倒くさくてさ……それに千和子って、どんくさくて真面目なんだけど、不思議と一緒にいると肩肘張らなくていいっていうの?」
「ブスだから?」
「まあ。それはそう、かも」
「ひどっ」
「有紗が言ったんじゃん」
そう、千和子といるのは、ものすごく楽。
これがそこそこ可愛い子だったりすると、周りの人から見て自分のほうがレベル低いって思われないように、必死で背伸びしなきゃいけないから。
でも千和子といれば、十人中十人があたしが可愛いって言う。
あんまりブサイクだったり、不潔だったりしたら駄目だけれど、容姿レベルの低い女友だちは、ひとりはいたほうがいい。ちょうどいい引き立て役になってくれる。
「だからさー、千和子に盗られるとか想定外なわけよ。飼い犬に手を噛まれるってやつ?いやなんか違うな」
「青天の霹靂?」
「そっちのほうが、意味合ってると思う。ムカつくけど、なんでって気持ちのほうが強い……あー、病むわー」
「美波斗、泰治くんのこと大好きだったもんね」
有紗が眉を八の字にして、テーブルの向こうから手を伸ばし、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
ちなみにあたしが食べているわかめそばは、半分も減っていない。朝ご飯だって抜いてるのに、すっかり胃が食べ物を受け付けなくなっている。
中二の夏に同級生からコクられ、はじめて彼氏ができた。それからはほとんど三ヵ月おきに付き合っては別れてを繰り返してた。
そんなんだから、女の子たちからは陰で「男好き」「恋愛脳」「すぐヤラせる顔してるから寄ってくるだけ」って言われてたみたいだけど、陰でひとのことをそんなふうに言うあの子たちより、たとえ身体目当てだとしても、自分に好意を抱いてくれる人と一緒にいたほうがずっといい。
とはいえ、そんなんじゃほんとに好き、すごく好き、全身全霊捧げられるくらい好き……みたいな恋には、なかなか出会えなかった。
なのに、泰治はあたしがようやく本気で好きになれた人だった。
顔もいいし、頭もいいし、そもそも医学部っていうのがいい。
実家は山梨で、まあまあでかい病院を経営しているのだとか。長男なのは、この場合は有利に働く。うまくいけば院長婦人の座が手に入るのだから。
よってあたしはこの恋愛に人生を賭けていたといっても過言ではない。
泰治をがっつり掴んで、上手いこと結婚に持ち込んで、なんやかんや理由をつけてプロポーズしてくれなかったら、最悪避妊具に穴空けるか?
とか、そんなことまで考えていたのに、なのに、あのアマ! あたしの人生計画を狂わせやがって!!
「あーあーあー、凹むしまじムカつく!」
「そうだよね、ムカつくよね」
「フラれるだけじゃない。友だちに裏切られたんだよ? そもそもあんな形で人を裏切れるほどレベル高くないせくに!」
「泰治くんの趣味が最悪だったってことだよ……」
「ほんっとそう。ああ、千和子も泰治もめっちゃ不幸になってほしい!! こうなったら泰治がいつか病院継いで、その病院が経営不振で傾いて、ついでに患者から医療ミスで訴えられればいいのよ!!」
息まいてそう言った時、学食の奥、ひとりで座っている千和子を見つけた。
英語部でもそうだったように、千和子は同じ大学に通ってる今も、周囲から浮いている。
一年の時は同じ授業を受けていたけれど、いちばん前の席にぽつねんと座り、几帳面にノートを取っている千和子には、誰も話しかけようとしなかった。
この子はとにかく真面目で堅物で、そのがんばりが周囲からイタいと思われてしまう、可哀想な子なのだ。
「ちょっと行ってくる」
「え、美波斗、待って……」
引き留める有紗を後目に、あたしはずかずかと千和子の正面に立ち、がたっと椅子を引いて座った。
そこで千和子ははじめて、目の前にいるあたしに気づいたらしい。食べているのはアジフライ定食。耳にはイヤフォン。TOEICのテキストを開いている。
なんだこいつ。食べながら勉強してたの? しかも、昨日あんなことがあったっていうのに? どういう神経してんだよまったく。
「あの、美波斗ちゃん……」
「言い訳とか聞きたくない。ぜんぶ話して。泰治とはいつから? どんなふうに付き合ったの? あんたからしつこくアタックしたの?」
詰問口調になるあたしに、千和子がみるみる表情をこわばらせ、そしてうつむいて白状した。
「誓って、わたしからアタックしたりとかは、ない。最初に会ったあの日も、ライン交換すらしなかった」
「じゃあなんであんなことになったのよ」
「次に出会ったのは、ほんとに偶然なの。横浜行って、駅の近くの本屋さんで、声をかけられて……この作家面白いよねって話になって、そのまま近くのカフェでお茶して、その時にライン交換。
泰治くんがわたしに惹かれていることには気づいていたし、美波斗ちゃんには申し訳なかったけれど、好きになっちゃって、気持ちを抑えられなくて……本当にごめんなさい」
深く深く、千和子は頭を下げた。しおらしいその態度がさらに怒りを煽る。
千和子みたいな子は、一生処女だと思ってた。男を惹きつける容姿も、恋愛に必須の器用さもない。恋の駆け引きなんてできるわけない。
三十になっても四十になっても結婚できず、指を咥えてひとの幸せを見つめてるタイプだと決めつけてた。でもあたしは、千和子を過小評価していたのかもしれない。
要は、アレだ。地味でおとなしくて、従順で家庭的。
そういう昔から変わらない、「いいお嫁さん像」を男の前でアピールして、手玉に取るような女だったのだ、こいつは。
「そんで、したの?」
「え、何のこと……?」
「とぼけんじゃないし。セックスよ、セックス。守る価値もないようなあんたの処女、泰治にあげたわけ?」
守る価値もない、と言われたのがよほど答えたのか、千和子は思いきり眉を顰めたけれど、やがて今にも消え入りそうな声で言った。
「……一ヵ月くらい前に、一度だけ。わたしね、こうなったからにはちゃんと美波斗ちゃんに話して、ふたりで怒られようって泰治くんに言ったんだ。
きっと傷つけるし嫌な思いするだろうけど、けじめはつけないといけないし。だから昨日はその話し合いを……」
ばしゃん。千和子が飲んでいた水を、コップごと投げつけた。思いのほかすごい音がして、辺りの視線が集まる。
千和子は泣きそうな顔で濡れねずみになって、悲劇のヒロインみたいな顔をしていた。
「傷つけるとか嫌な思いするとか、そういう上から目線なこと言うのやめてくれる!?
あんた、自分がどれだけ最低なことしたかちっともわかってない!!
だいたい千和子の分際で泰治は不釣り合いだよ。どうせあんたみたいなブス、すぐ捨てられるんだから!!」
はあはあ、息が切れていた。心臓が身体の真ん中で暴れ狂って、全身の血液が煮えたぎっている。
フラれて悲しい、んじゃない。
あたしは怒っているんだ。
努力し続けたあたしをあっさり切り捨てた泰治にも、裏切っておいて許されようなんてムシのいいことを考えている千和子にも。
「美波斗、あんた何やってんのよ! やり過ぎだよ!!」
血相を変えた有紗が飛んでくるけれど、怒りがオーバーヒートしたあたしは睡眠不足も相まって、その場に倒れそうになっていた。
今にも脳の血管がブチ切れそう。
まだ神経が冴えているのか、眠気は催さなかったけど、退屈な教授の話は右から左へ抜けていく。
瞼の裏をちらちらするのは、泰治の情けない顔と千和子の申し訳ない顔。許さない。本当に許さない。
さすがに実力行使には出ないけれど、丑の刻参りぐらいしてやるかって気でいる。鎌倉には丑の刻参りにうってつけの神社がたくさんあるし。
「ほんとに千和子がそんなことしたの? 間違いじゃない?」
「間違いじゃないよ、ふたりそろって認めたんだもん……」
二限が終わって有紗と学食でランチ。
本当はこんな、地元鎌倉の女子大になんて行きたくなかった。親元を離れて都内の大学に通い、ひとり暮らしして、原宿や表参道を闊歩してみたかった。
でも受験の時それを言ったら、あっけなく却下。
「あんたの頭のレベルで受かる大学なんてたかが知れてるし、ひとり暮らしさせる意味がない。だいたいあんたみたいな子、親元を離れたら何するかわからないもの」――
うちはお母さんが強いから、お母さんがそう言ったら、お父さんもそれに反対しないって感じ。
たぶんこのままだと、就職してもお嫁に行くまでは家から出さないとか言われて、ひとり暮らし反対されるんだろうな。
「なんかもう、意外過ぎて言葉も出ないわ……だって千和子ってさあ、ぜったい友だちの彼氏盗るような子じゃないじゃん」
「あたしもそう思ってたんだよね……」
だから、千和子にレポートを手伝ってもらってたあの日、泰治から電話が来て、よかったら今来る? 友だちと一緒だけどいい? なんて言ってしまったのだ。
その場では泰治と千和子は、別にいい感じってわけじゃなかった。むしろ、高校の頃から男子と話したところを一度も見たことがなかった千和子は、泰治を目の前にしてキョドってたし。だからあの後、ふたりの帰り道が途中で一緒になっても、そんなことが起こるはずないと思ってた。
「そもそもさあ、美波斗みたいな子と千和子が友達だってのが不思議なんだよねえ」
大学からの仲で、高校時代のあたしを知らない有紗が素朴な疑問をぶつける。学食最安のきつねうどんを啜りながら。
「うちの高校、部活必須でさ。まじダルいっしょ。仕方なく入ったのが週に一回だけ活動する英語部。そこで一緒だったのが千和子」
そんな面倒くさいルールがあるもんだから、文化部に入ることのほとんどが、仕方なく入ったって感じだった。
部活なんて中学まででじゅうぶん、高校に入ったらバイトしたりおしゃれしたり恋愛したりしたい。英語部にいたのは、基本そういう子ばっかり。
ところがその中でも、千和子はやたら熱心だった。
地味な外見に似合わずちゃんと意見も言うし、まめに、こんな活動がしたいって企画を持ち込んでくる。
真面目な子だなあ、と思ってたけれど、他の英語部の子たちからの印象は良くない。
「どうせ内申書狙いでしょ」「いい子ぶってムカつく」というのがみんなの総意で、千和子はあたしの学年の中でも浮いてたし、あたしも最初はあまり仲良くなかった。
しかし、忘れもしない高一の夏。英語部で仲良くしていた子の彼氏を盗った、という話になってしまい、孤立を恐れたあたしは仕方なく千和子を友だちに選んだ。
ちなみに本当に盗ったわけじゃない。その子と彼氏が別れた後、その彼氏がコクったのがあたしってだけの話。
「へー。なんかよくある話だね。要はあぶれ者同士がくっついたってやつか」
「そうそ、部活必須だから、辞めるのもなんか面倒くさくてさ……それに千和子って、どんくさくて真面目なんだけど、不思議と一緒にいると肩肘張らなくていいっていうの?」
「ブスだから?」
「まあ。それはそう、かも」
「ひどっ」
「有紗が言ったんじゃん」
そう、千和子といるのは、ものすごく楽。
これがそこそこ可愛い子だったりすると、周りの人から見て自分のほうがレベル低いって思われないように、必死で背伸びしなきゃいけないから。
でも千和子といれば、十人中十人があたしが可愛いって言う。
あんまりブサイクだったり、不潔だったりしたら駄目だけれど、容姿レベルの低い女友だちは、ひとりはいたほうがいい。ちょうどいい引き立て役になってくれる。
「だからさー、千和子に盗られるとか想定外なわけよ。飼い犬に手を噛まれるってやつ?いやなんか違うな」
「青天の霹靂?」
「そっちのほうが、意味合ってると思う。ムカつくけど、なんでって気持ちのほうが強い……あー、病むわー」
「美波斗、泰治くんのこと大好きだったもんね」
有紗が眉を八の字にして、テーブルの向こうから手を伸ばし、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
ちなみにあたしが食べているわかめそばは、半分も減っていない。朝ご飯だって抜いてるのに、すっかり胃が食べ物を受け付けなくなっている。
中二の夏に同級生からコクられ、はじめて彼氏ができた。それからはほとんど三ヵ月おきに付き合っては別れてを繰り返してた。
そんなんだから、女の子たちからは陰で「男好き」「恋愛脳」「すぐヤラせる顔してるから寄ってくるだけ」って言われてたみたいだけど、陰でひとのことをそんなふうに言うあの子たちより、たとえ身体目当てだとしても、自分に好意を抱いてくれる人と一緒にいたほうがずっといい。
とはいえ、そんなんじゃほんとに好き、すごく好き、全身全霊捧げられるくらい好き……みたいな恋には、なかなか出会えなかった。
なのに、泰治はあたしがようやく本気で好きになれた人だった。
顔もいいし、頭もいいし、そもそも医学部っていうのがいい。
実家は山梨で、まあまあでかい病院を経営しているのだとか。長男なのは、この場合は有利に働く。うまくいけば院長婦人の座が手に入るのだから。
よってあたしはこの恋愛に人生を賭けていたといっても過言ではない。
泰治をがっつり掴んで、上手いこと結婚に持ち込んで、なんやかんや理由をつけてプロポーズしてくれなかったら、最悪避妊具に穴空けるか?
とか、そんなことまで考えていたのに、なのに、あのアマ! あたしの人生計画を狂わせやがって!!
「あーあーあー、凹むしまじムカつく!」
「そうだよね、ムカつくよね」
「フラれるだけじゃない。友だちに裏切られたんだよ? そもそもあんな形で人を裏切れるほどレベル高くないせくに!」
「泰治くんの趣味が最悪だったってことだよ……」
「ほんっとそう。ああ、千和子も泰治もめっちゃ不幸になってほしい!! こうなったら泰治がいつか病院継いで、その病院が経営不振で傾いて、ついでに患者から医療ミスで訴えられればいいのよ!!」
息まいてそう言った時、学食の奥、ひとりで座っている千和子を見つけた。
英語部でもそうだったように、千和子は同じ大学に通ってる今も、周囲から浮いている。
一年の時は同じ授業を受けていたけれど、いちばん前の席にぽつねんと座り、几帳面にノートを取っている千和子には、誰も話しかけようとしなかった。
この子はとにかく真面目で堅物で、そのがんばりが周囲からイタいと思われてしまう、可哀想な子なのだ。
「ちょっと行ってくる」
「え、美波斗、待って……」
引き留める有紗を後目に、あたしはずかずかと千和子の正面に立ち、がたっと椅子を引いて座った。
そこで千和子ははじめて、目の前にいるあたしに気づいたらしい。食べているのはアジフライ定食。耳にはイヤフォン。TOEICのテキストを開いている。
なんだこいつ。食べながら勉強してたの? しかも、昨日あんなことがあったっていうのに? どういう神経してんだよまったく。
「あの、美波斗ちゃん……」
「言い訳とか聞きたくない。ぜんぶ話して。泰治とはいつから? どんなふうに付き合ったの? あんたからしつこくアタックしたの?」
詰問口調になるあたしに、千和子がみるみる表情をこわばらせ、そしてうつむいて白状した。
「誓って、わたしからアタックしたりとかは、ない。最初に会ったあの日も、ライン交換すらしなかった」
「じゃあなんであんなことになったのよ」
「次に出会ったのは、ほんとに偶然なの。横浜行って、駅の近くの本屋さんで、声をかけられて……この作家面白いよねって話になって、そのまま近くのカフェでお茶して、その時にライン交換。
泰治くんがわたしに惹かれていることには気づいていたし、美波斗ちゃんには申し訳なかったけれど、好きになっちゃって、気持ちを抑えられなくて……本当にごめんなさい」
深く深く、千和子は頭を下げた。しおらしいその態度がさらに怒りを煽る。
千和子みたいな子は、一生処女だと思ってた。男を惹きつける容姿も、恋愛に必須の器用さもない。恋の駆け引きなんてできるわけない。
三十になっても四十になっても結婚できず、指を咥えてひとの幸せを見つめてるタイプだと決めつけてた。でもあたしは、千和子を過小評価していたのかもしれない。
要は、アレだ。地味でおとなしくて、従順で家庭的。
そういう昔から変わらない、「いいお嫁さん像」を男の前でアピールして、手玉に取るような女だったのだ、こいつは。
「そんで、したの?」
「え、何のこと……?」
「とぼけんじゃないし。セックスよ、セックス。守る価値もないようなあんたの処女、泰治にあげたわけ?」
守る価値もない、と言われたのがよほど答えたのか、千和子は思いきり眉を顰めたけれど、やがて今にも消え入りそうな声で言った。
「……一ヵ月くらい前に、一度だけ。わたしね、こうなったからにはちゃんと美波斗ちゃんに話して、ふたりで怒られようって泰治くんに言ったんだ。
きっと傷つけるし嫌な思いするだろうけど、けじめはつけないといけないし。だから昨日はその話し合いを……」
ばしゃん。千和子が飲んでいた水を、コップごと投げつけた。思いのほかすごい音がして、辺りの視線が集まる。
千和子は泣きそうな顔で濡れねずみになって、悲劇のヒロインみたいな顔をしていた。
「傷つけるとか嫌な思いするとか、そういう上から目線なこと言うのやめてくれる!?
あんた、自分がどれだけ最低なことしたかちっともわかってない!!
だいたい千和子の分際で泰治は不釣り合いだよ。どうせあんたみたいなブス、すぐ捨てられるんだから!!」
はあはあ、息が切れていた。心臓が身体の真ん中で暴れ狂って、全身の血液が煮えたぎっている。
フラれて悲しい、んじゃない。
あたしは怒っているんだ。
努力し続けたあたしをあっさり切り捨てた泰治にも、裏切っておいて許されようなんてムシのいいことを考えている千和子にも。
「美波斗、あんた何やってんのよ! やり過ぎだよ!!」
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