鎌倉黒猫カフェ クロスオーバー

櫻井千姫

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第三話 本音を言うためのアップルパイ

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そして放課後がやってきた。
 明日菜は理香に、わたしは麻結にラインで話しかけていた。今日一緒に帰らない? って。でもどちらも、返事をもらえてない。理香は既読スルーだし、麻結にいたっては既読すらつかない。
「もう駄目なのかな、あのふたり……」
「このままって、悲しすぎるよね……」
 そんなことを言い合いながら、わたしたちはしょぼんと下駄箱へ向かって歩いていた。放課後の校舎は少女たちの解放感に満たされ、音楽室からは吹奏楽部の音が、校庭からは運動部の掛け声が響いている。
「つーかさ、理香ってマジでダサくね?」


 意地の悪い声が聞こえてきて、わたしたちはどちらからともなく足を止めた。

 下駄箱近くの廊下で固まって話しているのは、同じクラスの内部生の子たち。最近、いつも理香たちと一緒にいる子だ。


「だよねー。あたしも思ってた!」
「ウィズの話できるのはうれしいけど、やっぱうちらとは格が違うよねー」

「使ってるシャンプーからして、国産のリンスインらしいよ。だから髪キッシキシなの」
「うっわ、ガチで貧乏人じゃんウケる」

「あいつ、コスメとかもぜんぶ百均なんだよ。無理して私立通わせてもらってんでしょ、涙ぐましい努力だよねー」


 ギャハハハハ。ヒャハハハハ。

 理香を貶める笑い声に、耳を塞ぎたくなる。


 理香の性格が気に入らないとか、それならまだわかる。こうして陰口を言うのは良くないだろうけれど、人格的に受け入れられないのなら、それは本人にも改善すべきところがあると思うから。


 でも、彼女たちが貶めているのは理香自身じゃなくて、理香の持っているものであり、おうちの格であり、そこを突くのは、つまり自分たちはお金持ちだってひけらかしたいってことなんだろう。


 明日菜が一歩、前に出た。顔が真っ赤になっている。耐えられず、何か言うつもりなのかもしれない。わたしは明日菜の腕を引いた。


 下駄箱の陰で震えている理香を見つけてしまったから。


 あの子たちはまさか、この会話を理香に聞かれているなんて思ってないだろう。だからこそタチが悪い。悪すぎる。こういう時って、どうするのが正解なの?

立ち尽くしていると、わたしたちの頭の後ろで怒鳴り声がした。


「あんたたちさ、それちょっと聞き捨てならないんだけど!?」


 内部生の子たちが一斉に振り返る。どすどすと足音を鳴らして、掴みかからんばかりの勢いで立ち向かっていったのは、麻結だった。


「あんたたちさあ、中学から私立に行けてるから、自分たちはお嬢様で選ばれた人間だとか勘違いしてない!? 

つーかたとえそうだとしても、そうじゃない人間のことを悪く言うなんて、家では大切に育てられたかもしんないけど人間としての教育がまったくなってないんだね!? どっちが卑しいのよ!!」

「ハア? 庶民のひがみ? ウザいんだけど」


「あんたらのほうが百倍ウザい!!」


 麻結がほとんど叫ぶように言って、内部生の子たちが後ずさる。
 わたしも明日菜も、呆気に取られていた。


「別にリンスインシャンプー使ってたっていいっしょ。コスメが百均だとか、そんなの理香自身になんか関係ある!? 

理香はあんたらとはぜんぜん違う。いつだって自分の好きなものにまっすぐで、ウィズのことだってすごく深い知識があって。

そういう理香のいいところがわからなくてそんなこと言うなんて、本当に表面でしか理香を見ていないんだね!?」


「ハア? 意味わかんね」


 わかんねー、と内部生の子たちが大合唱する。
 そこに理香が歩み寄っていって、麻結もみんなも呆気に取られていた。


「えっとその、理香……」
「いいよ。麻結。ありがとう」


 理香が泣きそうな顔で笑って、内部生の子たちと向き合った。ぴし、とその場の空気が張りつめるのがわかる。


「みんながそんなふうに思ってたのは残念だけど、それでも友だちでいてくれてありがとう。でももう一緒にはいられないや、ごめんね」

「え、あの、理香……」
「行こ、麻結」


 理香が歩き出し、その後を麻結が追う。わたしと明日菜も駆け足でついていった。

 下駄箱を出て、久しぶりに四人で歩いた。校舎から吐き出された同じセーラー服たちが、駅を目指しておしゃべりしている。はー、と理香が安堵したように息を吐いた。


「麻結がはっきり言ってくれて助かった。正直あの子たちといるの、疲れる時もあったんだよね」
「理香、ごめん。うちがグループから締め出したせいで、あんなのと一緒にいなきゃいけなかったんでしょ?」

「ま、そうなんだけどさ。でもそれより、麻結があたしの味方してくれたのがうれしかったから、ぜんぜん許す!」
「ありがとうーーごめんね、チケ当選自慢しすぎた」

「ううん、いいの。うちも怒り過ぎてごめん。だから、おあいこ!」


 にぱっ、と理香が笑って麻結の腕に自分の腕を絡めた。そして明日菜とわたしを振り返って言う。


「ねえねー、これからちょっと遊びに行かない? 久しぶりに、みんなでぱーっとやろうよ!」
「お、いいじゃん」
「だったらわたし、行きたい場所があるんだけど、いいかな?」


 自分からそういう提案をするのはたぶん初めてだったから、少し声が上ずってしまった。

 今朝訪れたばかりだけれど、あの店員さんはきっと、仲直りできた友だちを連れて行ったら喜んでくれるはず。

 と、思ったのに。


「あれー、おかしいな……道を間違えているはずないんだけど……」


 住宅地を行ったり来たりしても、どこにもあの『クロスオーバー』はなく、目の前にあるのは『つるつるカフェ』という、白塗りのおしゃれな建物だった。なんだか、狐につままれたような気分。

あそこにいたのは、かわいい黒猫だったけれど。


「ごめんね……みんなを連れて行きたいところがあったのに」

「いいよ、気にしなくて。それよりもさあ、芽衣ももうちょっと、四人でいる時、自分のやりたいこととか行きたいとことか、言ってくれていいって!」

「だよね。そのほうがうちらも楽しい!」
「ありがとう、理香、麻結……」


 おみくじに書かれていた言葉を思い出す。
 恋愛 かなう。本当だったな。

 男の子じゃないけれど、明日菜も麻結も理香も、間違いなくわたしの「好きな人」なんだから。


「じゃあさー、みんなで由比ガ浜行くのはどう?」

 明日菜が言って、麻結と理香が微妙な顔をする。


「そりゃたしかに今日はあったかいから、冬の海ってのもありだけど……」
「どうせ行くなら、夏に行きたいよね。そのためにうちら必死でダイエットしてたんだし」

「別に、痩せてなくてもいいんじゃないかな」


 そう言うと、みんなそろって不思議そうな顔をした。


「あ、いや別に、太っていたほうがいいとか、そういう意味じゃないの。ただ、痩せてなくても、かわいい水着を着てなくても、高校生の今、みんなと海に行くこと自体が、素敵なことだと思うから」

「すごいね。やっぱ本を読んでる人って、出てくる言葉が違う!」


 明日菜に手放しで褒められて、つい頬が熱くなった。


「そ、そうかな……?」
「うんうん! そういう考え方、素晴らしいと思うもん! なかなかできない!」

「たしかに、芽衣の言うとおりだね。理香はどう思う?」
「うんうん。たしかにかわいい水着姿じゃないと、海に行っちゃいけないって法律はない! というわけでこれから、由比ガ浜、行こう!!」


 わたしたち四人は、海に向かって走り出す。

 いくら十二月の割には暖かい日だっていっても、さすがに海水は冷たくて、靴下を脱いで波打ち際に出て、冷たい冷たいってきゃあきゃあ言って、麻結が容赦なく水をかけて、理香がやったなー、って応戦して。

 きらきら光る波、弾ける泡、午後の蜂蜜色の日差し、透き通った水色の空。そして、みんなの笑い声。

 毎日が楽しくて楽しくてしょうがないなんて、わたしにとってはありえないことだったのに。

 嫌になるくらい、青春してた。
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