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第五話 本命チョコはフォンダンショコラ
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それから約一週間後のこと。
一年生の授業は、今日は五時間目まである。それまでに買い物を済ませておかなければと車に乗り、スーパーに向かった。マイバッグみっつ分の食品を後部座席に詰め込みながら、近づく江ノ電に顔を上げる。平日の昼間なのに、二月の寒い時期なのに、乗車率が高い。
結婚してすぐ、鎌倉にマイホームを持つと決めた時は、将司と一緒に土日はどこへ観光しようと話し合っていたけれど、実際は江ノ電に乗ったのはたった二回だけ。
凛太朗を由比ガ浜に連れて行っても、迫りくる波を怖がり、泣き叫ぶだけだった。あまりにも過剰な反応に、他の人たちが胡乱な視線を当てていたっけ。
子どもとふつうに遊ぶこともできない私って、なんなんだろう。
のろのろと車を走らせ、横浜鎌倉線を通って北鎌倉にある自宅へ向かっていたら、路上を歩く男女の姿にふと視線が止まった。
スーツ姿の将司と、ベビーピンクのコートを着た、ウェーブヘアの若い女性。
ふたりとも楽しそうな笑みを浮かべていて、どう見ても仕事という雰囲気ではない。
胸のざらつきを抱えたまま、車をUターンさせて将司たちを追う。彼らが入っていったのは、三角屋根のおしゃれなビストロ。外からじっと観察していたけれど、やはり仕事の打ち合わせには見えなかった。
ずっと信じていたものが、根底からがらがらと崩れていく。
その日、将司は昨日と同じくらいの時間に帰宅した。今日は飲んでいなかったけれど、当たり前のように夕飯の支度を私に任せるのはいつも通り。
この人は家とはご飯を食べて寝るだけの場所で、私のことは家事と育児をこなしてくれる、メイドのようにしか思っていない。だから、平気で裏切れるのだ。
「どうしたの。そんな怖い顔して」
コロッケをお箸で崩しながら不思議そうに言うので、その邪気のない語調に張りつめていたものがぶちんと音を立てて切れた。
「昼間のあの人、誰」
「え……」
「とぼけないで。ちゃんと写真撮ったの」
そう言ってスマホを押しやると、将司がお箸を握ったまま固まり、おろおろと視線を宙に彷徨わせる。
将司と出会ったのは、いわゆる街コンだった。有名企業に勤めているとか、実家が名家だとか、そういうところに惹かれたわけじゃない。やさしくて穏やかで、誠実そうな人だと思ったから選んだんだ。なのに、こんな裏切り方ってあるだろうか。
「どう見ても、仕事って感じじゃなかったけれど。いったいどういう関係なの」
「……誓って、不倫とかじゃない。会ったのだって、今日が初めてなんだ」
震える声で言う将司は、嘘を言っているようには思えなかった。今日が初めて? 不倫じゃない? 意味がわからない。
「あなた、何を言ってるのよ。まさか今流行りの、パパ活だのなんだのって言うつもり? あんな昼間から?」
「……たまたま今日、午後からこっち方面で打ち合わせがあって。その前にどうしても会っておきなさいって……その、母さんが……」
「なんでそこでお義母さんが出てくるのよ!?」
一気に悪い予感がふくれあがり、思わず声を荒げていた。将司は箸先でコロッケをつまんだまま続ける。
「母さんが、会っておきなさいって言うんだ。その、次の相手にいい人を見つけたから、どうしてもって……もちろん断ったよ、そんなことできるわけない。
ただ、母さんの決意があまりにも固すぎて、とにかく一度会ってくれってしつこくて……会ったっていう事実さえあれば、きっと満足してくれるんじゃないかと……申し訳ない」
「申し訳ない、じゃないわよ!!!」
悲鳴のような声がダイニングルームに響き渡る。
不倫とかパパ活なら、まだ良かったかもしれない。これはある意味、さらに最悪の事態だ。
義母が私のことを嫌っていたのは知っていたけれど、まさかこんな、倫理観の垣根をあっさり超えてくるようなことを実行する人だとは、思わなかった。
いや、義母はそもそもそういう人だし、この場合責めても仕方ない。問題は将司がそんな義母の言いなりになってしまい、いっさい私の味方をしないことだ。
「お義母さんのせいにしないでよ、お義母さんの言うことを聞いて、私を裏切ったのはあなたでしょ!? 自分がどれだけ最低なことをしたかわかってないの!?」
「それはわかってる、もちろん。だから謝ってるんじゃないか」
「謝ってくれたからって許せないわよ、こんなの! だいたいいつも、あなたはお義母さんの肩を持つ! 私や凛太朗が怒られてても、ぜったいにこちらの味方をしない!
結婚してるんだから、あなたは私たちを守らなきゃいけないの。たとえ実の親相手でも、立ち向かっていかなきゃいけないの。そこのところわかってないでしょう!?」
「……本当に、ごめん」
空っぽな謝罪の言葉は、私の心をかすりもしない。
ここまで言ってもこの人は、きっと問題の本質を理解していない。どうせ謝れば許してくれるだろうと、不倫でもパパ活でもないんだから大したことではないんだろうと、私を軽んじているんだ。
これはもうマザコンとか、そういう領域を超えている。
結局、将司は私を愛していないんだ。
「……あなた、どうせ洗い物とかしないでしょ。食べたら食器、シンクの上に置いといていいから。今日はもう寝る」
そう言って席を立っても、将司は動かない。
冷蔵庫のモーター音がぶーぶーと、やたら大きく聞こえていた。
一年生の授業は、今日は五時間目まである。それまでに買い物を済ませておかなければと車に乗り、スーパーに向かった。マイバッグみっつ分の食品を後部座席に詰め込みながら、近づく江ノ電に顔を上げる。平日の昼間なのに、二月の寒い時期なのに、乗車率が高い。
結婚してすぐ、鎌倉にマイホームを持つと決めた時は、将司と一緒に土日はどこへ観光しようと話し合っていたけれど、実際は江ノ電に乗ったのはたった二回だけ。
凛太朗を由比ガ浜に連れて行っても、迫りくる波を怖がり、泣き叫ぶだけだった。あまりにも過剰な反応に、他の人たちが胡乱な視線を当てていたっけ。
子どもとふつうに遊ぶこともできない私って、なんなんだろう。
のろのろと車を走らせ、横浜鎌倉線を通って北鎌倉にある自宅へ向かっていたら、路上を歩く男女の姿にふと視線が止まった。
スーツ姿の将司と、ベビーピンクのコートを着た、ウェーブヘアの若い女性。
ふたりとも楽しそうな笑みを浮かべていて、どう見ても仕事という雰囲気ではない。
胸のざらつきを抱えたまま、車をUターンさせて将司たちを追う。彼らが入っていったのは、三角屋根のおしゃれなビストロ。外からじっと観察していたけれど、やはり仕事の打ち合わせには見えなかった。
ずっと信じていたものが、根底からがらがらと崩れていく。
その日、将司は昨日と同じくらいの時間に帰宅した。今日は飲んでいなかったけれど、当たり前のように夕飯の支度を私に任せるのはいつも通り。
この人は家とはご飯を食べて寝るだけの場所で、私のことは家事と育児をこなしてくれる、メイドのようにしか思っていない。だから、平気で裏切れるのだ。
「どうしたの。そんな怖い顔して」
コロッケをお箸で崩しながら不思議そうに言うので、その邪気のない語調に張りつめていたものがぶちんと音を立てて切れた。
「昼間のあの人、誰」
「え……」
「とぼけないで。ちゃんと写真撮ったの」
そう言ってスマホを押しやると、将司がお箸を握ったまま固まり、おろおろと視線を宙に彷徨わせる。
将司と出会ったのは、いわゆる街コンだった。有名企業に勤めているとか、実家が名家だとか、そういうところに惹かれたわけじゃない。やさしくて穏やかで、誠実そうな人だと思ったから選んだんだ。なのに、こんな裏切り方ってあるだろうか。
「どう見ても、仕事って感じじゃなかったけれど。いったいどういう関係なの」
「……誓って、不倫とかじゃない。会ったのだって、今日が初めてなんだ」
震える声で言う将司は、嘘を言っているようには思えなかった。今日が初めて? 不倫じゃない? 意味がわからない。
「あなた、何を言ってるのよ。まさか今流行りの、パパ活だのなんだのって言うつもり? あんな昼間から?」
「……たまたま今日、午後からこっち方面で打ち合わせがあって。その前にどうしても会っておきなさいって……その、母さんが……」
「なんでそこでお義母さんが出てくるのよ!?」
一気に悪い予感がふくれあがり、思わず声を荒げていた。将司は箸先でコロッケをつまんだまま続ける。
「母さんが、会っておきなさいって言うんだ。その、次の相手にいい人を見つけたから、どうしてもって……もちろん断ったよ、そんなことできるわけない。
ただ、母さんの決意があまりにも固すぎて、とにかく一度会ってくれってしつこくて……会ったっていう事実さえあれば、きっと満足してくれるんじゃないかと……申し訳ない」
「申し訳ない、じゃないわよ!!!」
悲鳴のような声がダイニングルームに響き渡る。
不倫とかパパ活なら、まだ良かったかもしれない。これはある意味、さらに最悪の事態だ。
義母が私のことを嫌っていたのは知っていたけれど、まさかこんな、倫理観の垣根をあっさり超えてくるようなことを実行する人だとは、思わなかった。
いや、義母はそもそもそういう人だし、この場合責めても仕方ない。問題は将司がそんな義母の言いなりになってしまい、いっさい私の味方をしないことだ。
「お義母さんのせいにしないでよ、お義母さんの言うことを聞いて、私を裏切ったのはあなたでしょ!? 自分がどれだけ最低なことをしたかわかってないの!?」
「それはわかってる、もちろん。だから謝ってるんじゃないか」
「謝ってくれたからって許せないわよ、こんなの! だいたいいつも、あなたはお義母さんの肩を持つ! 私や凛太朗が怒られてても、ぜったいにこちらの味方をしない!
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「……本当に、ごめん」
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ここまで言ってもこの人は、きっと問題の本質を理解していない。どうせ謝れば許してくれるだろうと、不倫でもパパ活でもないんだから大したことではないんだろうと、私を軽んじているんだ。
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結局、将司は私を愛していないんだ。
「……あなた、どうせ洗い物とかしないでしょ。食べたら食器、シンクの上に置いといていいから。今日はもう寝る」
そう言って席を立っても、将司は動かない。
冷蔵庫のモーター音がぶーぶーと、やたら大きく聞こえていた。
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