レーゼドラマ小説『第3野戦病院』縦書き小説

土屋 馨(ツチヤ・ケイ)

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軍用犬『菊・1号』

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 東部ニューギニア第3野戦病院(ラエ)に赴任して一週間ほど経った頃。
この日も受付には朝から沢山の負傷した兵隊さんが並んで居(オ)ります。
兵隊さんの周りには沢山の『極楽蝶』が乱舞して居ります。
 昨日、「十二名」の兵隊さんが亡くなったので、収容出来るのは十二名です。
こんなに沢山並ぶ負傷した兵隊さんに「引導」を渡して行く三人の軍医達(緒方軍医長・崔 軍医・渡辺軍医)。

 緒方軍医長「オマエはまだ戦える。傷は浅いぞ。部隊に戻りなさい!」

 渡辺軍医「勘弁してくれ。今、この病院はいっぱいだ。隣の病院に行ってくれないか」

 崔 軍医「すまん。ここでは治療は出来ぬ。他の病院に廻ってくれ」

傷病兵一人一人に右手を差し出し、固く握手をして励まして行く軍医達。
隣りで問診票を書き取る私も、いたたまれ無さと感動で泣いてしまいました。

 その中に一人、痩せた犬(軍用犬)を連れた兵隊さんが居りました。
兵隊さんの名前は『木村雄二(キムラ・ユウジ) 伍長』。
両目を負傷し、目をゲートルで巻いていました。
「犬」が眼の代わりをして、伍長(ご主人)をここまで連れて来たのでしょう。
それは痩せ細っていましたが立派な『軍用犬』でした。
犬の首輪には「菊1号」の名札が付いていました。
木村さんの言う事を忠実に聞いていました。
木村さんは、「キク、キク」と呼んで犬に指示を出していました。
 木村さんは運良くこの病院に入院する事が出来ました。
緒方軍医長も盲目では始末が悪いし、無碍(ムゲ)にも出来なかったのでしょう。
たまたま中ほどの筵(ムシロ)のベッドが今朝、空きました。
キクは私と一緒に、盲目の木村さんを空いた筵のベッドまで案内しました。
木村さんの側(カタワラ)を片時も離れずに付いて来るキク。
可愛いと云うよりあれは「人の化身」の様でした。

 隣の筵に寝て居る『上田三郎(ウエダ・サブロウ) 上等兵』と云う兵隊さんも最初は、「キク、キク」と言って頭を撫でていました。
でもこの病院に入院して居る兵隊さんは、全てマトモ(正常)では無いのです。
キクを可愛がっていた上田さんも例外ではありません。
この上田さんは昼と夜とでは人格が変ってしまうのです。
厳しい戦場で精神をやられてしまったのでしょう。
 ある晩の事です。
あれは木村さんが深夜、熟睡していた時でした。
人格の変わった上田さんはキクを連れ出し、何処かに行ってしまったのです。
翌朝、キクが居ない事に気付いた盲目の木村さんは、
「キク、キク!」と呼びながら必死に病院内や外を探していました。
看護兵や衛生兵達も木村さんの眼となって、一緒にキクを探していました。
 暫くして、外が騒がしくなりました。
玄関で見ていた野嶋婦長さんに聞くと、ガジュマルの樹の下に胴体だけに成った血だらけの『キクの亡骸(ナキガラ)』を看護兵が見つけました。
その樹の傍には、あのキクを撫でて居た上田さんが、大声で笑いながら座って居たそうです。
看護兵と病院に戻って来た上田さん・・・。
盲目の木村さんはとても怒って、その気の狂った上田さんの上に馬乗りになり、首を絞めて殺してしまいました。
看護兵や衛生兵もそれを見て、止めようとはしなかったそうです。
木村さんは、その気の狂った上田さんの息の止まった事を確認すると、自分も発狂したかの様に、

 「キク、キク」
  「キク、キク、キク~ッ!」

と叫びながらジャングルの中に消えて行ったそうです。
 夕食の時間に成っても木村さんは戻って来ません。
看護兵達はジャングルの中を探したそうです。
すると、ガジュマルの樹の蔓で、首を吊って死んでいる木村さんを発見したそうです。
 その足元には『菊1号の頭部』が置いてあったそうです。

 木村雄二 陸軍伍長(昭和十九年東部ニューギニアにて戦死)
 上田三郎 陸軍上等兵(昭和十九年東部ニューギニアにて戦死)
                                続く
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