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5-4 アレクシス・ロルフ・ヒルデグンデ・ヴォルアレスという男

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 アレクシスが目を覚ますと、そこはあまり記憶に残っていないアメジスト宮の自室だった。

 バタバタと廊下からせわしない足音が聞こえてきてアレクシスは体を起こした。広くて大きいベッドにポツンと座っていると、「アレクシス殿下。お目覚めですか?」と声を掛けられ、隣を見た。

「おめでとうございます。妹君がお生まれになりましたよ」

 にこりと微笑む使用人を見つめて、時間が巻き戻ったことを知った。

 自分の命を散らしたのだから、てっきりそのまま死ぬのかと思っていた。どうやら奇跡は自分にも作用してくれたらしい。神が憐れんでくれたのかどうかは分からないが、次こそは後悔のない人生を歩もうと決心した。




 今から二ヶ月後に自分は野犬に襲われる。前もって分かっていれば避けられる運命だが、ただ避けただけでは別の手段で命を狙われる。王妃の子がこの年齢になるまで公の場に出たことがないのは、嫉妬深いリーゼロッテ妃からアレクシスを遠ざけるためだ。自分が生まれてしまったことでルドルフの王位継承が遠ざかったと思ったのか、執拗にアメジスト宮のことを調査しているのは公然の秘密だった。

 リーゼロッテ妃のいるエメラルド宮に間者を入れるのが手っ取り早いが、三歳の子供がそこまで用意周到なのはさすがに怪しまれる。かといって閉鎖されたアメジスト宮で出来ることも限られていて八方塞がりだ。だがこのまま大人しく野犬の餌食になどなりたくない。自分が力を付けるまでは避ける方向のほうがいいのかもしれない。

 そうして護衛の人数を増やして当日を迎えた。アレクシスは訓練着に着替えてアメジスト宮を出る。一度、経験しているとはいえ、アレクシスの脳内にしっかりと刻まれているこの事件は思い出すだけで体が震える。いつになくきょろきょろとしながら訓練場へ向かったが、野犬が彼らの前に現れることはなかった。

 予想外の展開にアレクシスは呆然とする。やり直してからの二ヶ月間、アレクシスはできる範囲で前回と同じように過ごした。もちろん、三歳の記憶などほとんど残っていないから憶測だが、中身が二十八の男であることなんて周囲は気づいていないはずだ。ほんのわずかな行動の違いによって未来はここまで大きく変わるものなのか。

 未来を変えたいを願っていても、わずかな歪で大きく変化してしまうと途端に恐怖が襲ってきた。より良い未来のための行動が、最悪の結果を生むかもしれない。そう思ったらアレクシスは何もしないほうが平和なのでは、と考えてしまった。自室に籠っていると国王から食事に招待された。自室から出たくなかったが、王である父の誘いを断ることなどできない。しぶしぶ食堂へ向かうと、珍しく兄たちもそこにはいた。

「久々に家族水入らずで食事をしよう」

 朗らかに笑う父を見て、気を遣わせているようで申し訳なかった。

「おい、アレクシス」

 食事を終えてアメジスト宮へ戻ろうとしたところで四つ上の兄、ルドルフに声を掛けられた。彼があからさまに不服そうな顔をしている理由は分からないが、アレクシスは彼を逆なでしないよう「なんですか」と無表情で答える。

「ちょっとこっちに来いよ」

 ぐいと腕を掴まれ無理やりに連れて行かれそうになり、アレクシスは「やめてください」と抵抗する。三歳の力は弱く抵抗などほとんどできていなかったが、暴れるのが鬱陶しいのかルドルフはぴたりと足を止めてアレクシスを見る。

「いいのか? お前が王族の力を使って時を戻したこと、父上や母上に言うぞ」

 アレクシスは目を見開いてルドルフを見る。

「やっぱり、お前にも戻った記憶があるんだな。……せっかく、王位に就いたのに、邪魔をしやがって」

 ぎりぎりと腕を掴む力が強くなり、アレクシスは顔を顰める。

「まあ、でも、これでオリヴァーも生き返ったことになる。お前には感謝しているよ」

「……彼があなたに協力するとは限らないでしょう」

「なあに、あいつは自分が次男に生まれて爵位も何も継げないことを不満に思っている。やり直したってあいつは成り上がることを目指すだろうよ。オリヴァーの兄がフリードリヒにつく以上、中立を保とうとするスコット家としてもオリヴァーを俺に付けさせたほうがいい。そうなったら俺と手を組むほうが手っ取り早い」

 そうして前回の人生では王太子殺害まで目論んで処刑された。彼の不満に思うところは分からなくもないが、成り上がる方法はいくらでもある。ただそれに気付けるかどうかはオリヴァー次第だ。彼が前回と同じ人生をそのままやり直すとしたら、待っているのは死だ。

「でも俺が野犬に襲われなかったように、彼だって何が起こるか分かりませんよ」

 出来る限り同じ未来をたどらないよう努力するつもりでいるが、ルドルフにそれを感づかれたくない。今のままでは邪魔をされても彼に勝てるだけの力はなかった。

「ふん、それは俺が止めてやったからだ。お前が時間を戻した以上、俺と同じように記憶がある可能性がある。前回はたまたま犯人が見つからずに済んだが、あんなお粗末な計画では前回と同じようにはいかないだろうからな」

 アレクシスはぎゅっと拳を握りしめた。前回の記憶を持つ人間が自分だけだと思っていたから対応が後手になった。そう考えると何も考えずに自分の手の内を晒してくれたルドルフには感謝しかない。やはり彼の眼中に自分は存在していないのだと分かり安堵した。

 絶対に前回と同じことは繰り返させない。アレクシスはそう誓った。
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