君と交わした約束

疾風

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第6話

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 翌日、勇人は文化祭の準備で忙しい一日を過ごしていた。教室や体育館での作業が立て込んでおり、生徒会のメンバーたちもそれぞれの役割に追われている。しかし、紗奈の姿はどこか陰を潜めているようだった。

「篠原、大丈夫か?」

 昼休み、勇人は紗奈に声をかけた。これで何度目だろうか?でも彼女はいつものように笑顔を見せるだけで、何も本当の気持ちを話そうとしなかった。

「うん、大丈夫だよ。本当に、何でもないから」

 その言葉には、前日のような違和感が残る。勇人は何かを感じ取りながらも、それ以上の問いかけを躊躇していた。
 だが、その日の夕方、ついに勇人は紗奈と正面から向き合うことになる。

 *

 放課後の生徒会室には、紗奈と勇人の二人だけが残っていた。他のメンバーはすでに帰宅し、静かな時間が流れている。

「相川君、ちょっとお願いがあるんだけど……」

 紗奈は突然、勇人に向かってそう言った。彼女の声はいつもより少し硬く、何か決意したような響きがあった。

「お願い?」

「うん……これからのことなんだけど、ちょっと私、一人でやらなきゃいけないことがあるの」

勇人はその言葉に驚き、紗奈の顔をまじまじと見つめた。彼女は視線を逸らしながらも、静かに続ける。

「だから、今日は何も聞かずに帰って」

「……なんだよ、それ」

 勇人は一瞬、耳を疑った。紗奈が何を言っているのか理解できなかった。今まで一緒に文化祭の準備をしてきたのに、突然「帰ってほしい」とはどういうことだろうか。

「私……相川君に迷惑をかけたくないんだ」

「迷惑なんてかかってない。むしろ、俺は君の力になりたいって思ってる」

 勇人は強い口調で言い返した。しかし、紗奈は目を伏せたまま、何も答えない。

「本当にそれでいいのか? 俺たち、一緒にやってきただろ?」

 勇人は言葉を続ける。

「……ごめんね。でも、これ以上は……」

紗奈の声は、どこか悲しげだった。勇人はその言葉を受け止められず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。



 文化祭前日となった。学園全体はすでに祭りのような騒がしさに包まれていた。教室や廊下、校庭までもが様々な装飾で彩られ、準備は最高潮に達している。しかし、その熱気とは裏腹に勇人の胸には重苦しい感情が渦巻いていた。
 紗奈の様子は明らかにおかしかった。普段は生徒会の中心として活躍しているはずの彼女が、この数日間で急に距離を置くようになり、誰とも積極的に話さなくなっていた。昼休みや放課後、彼女の姿を見かけることが減り、文化祭の準備にもあまり顔を出さなくなっていた。
 それでも、紗奈は「何も心配ない」と言い続けていた。勇人が彼女に対してどれだけ問い詰めても、笑顔で「大丈夫」と言うばかり。しかし、その笑顔は以前のような明るさを失い、どこか影を帯びているように感じられた。
 勇人はそんな彼女を見て、どうしても納得ができなかった。何かが紗奈を苦しめている――それは明白だったが、彼女がそれを口にすることはない。彼は自分にできることが何なのか、ずっと考えていた。

「俺、何もできないのか……」

 放課後の生徒会室で一人、勇人は資料を片付けながら、そう呟いた。周囲の喧騒がまるで遠くに感じられる。これまでの努力が無駄だったわけではないが、今の彼にとってそれは、単なる作業に過ぎなかった。
 その時、不意に生徒会室の扉が開いた。勇人が顔を上げると、そこには生徒会長の和真が立っていた。和真は学校でもトップクラスの成績を誇り、クールで落ち着いた性格で知られる。しかし、その穏やかな表情の中に鋭い洞察力を持ち、紗奈と並んで学園の中心的人物だ。

「相川、まだ残ってたのか?」

 和真は軽く笑いながら、部屋に入ってきた。勇人は軽く会釈を返しながらも、どこか沈んだ様子を隠せなかった。

「……ああ、ちょっと片付けを」

 勇人は手元の資料を無意識に整理し続ける。しかし、その視線はどこか虚ろで、心ここにあらずといった様子だった。それを見て、和真は少しだけ表情を曇らせた。

「篠原のこと、気にしてるんだろう?」

 その問いに、勇人は一瞬驚き、顔を上げた。和真はテーブルの向かい側に腰を下ろし、真剣な表情で彼を見つめている。

「……やっぱり、気づいてたんですね」

「当たり前だ。俺を誰だと思っている。生徒会長として、皆の様子は見てるつもりだ。それに、篠原は俺にとっても大事な仲間だ」

 和真の言葉には、紗奈に対する深い信頼が感じられた。仲間だなんて少し気恥ずかしい言葉だなと、勇人は思ったが、真っ直ぐ言葉にする和真を目の前にして、良い言葉だなと考えを改めた。

「俺には彼女が何を考えているのか、まったくわからないんです。何を悩んでいるのかも、どうして距離を置かれているのかも……」

 勇人の言葉には、どこか焦燥感が滲んでいた。自分の無力さを感じているのだろう。和真は少し考え込み、静かに息をついた。

「相川、お前は篠原と約束を交わしたことを覚えているか?」

「……約束?」

 勇人は驚いた表情で和真を見つめた。彼は、まさか自分が過去に紗奈と何かしらの約束を交わしたことを知っているのかと疑った。

「会長は約束の内容を知っているんですか?」

「いや、そこまでは知らん。だが、篠原が最近様子がおかしいのは、どうやら昔の記憶や過去に関係しているようだ。俺も詳しくは知らないが、彼女が『何かを守らなきゃいけない』とずっと自分に言い聞かせていることには気づいていた」

 和真の言葉は、勇人の中でぼんやりとしていた記憶を刺激した。「昔会ったことがあるよね?」という紗奈の言葉が再び脳裏をよぎる。

「俺たち……小さい頃、会ったことがあるみたいなんです。でも、俺にはその記憶がない。篠原がずっとそのことを気にしているようなんですが、どうしても思い出せないんです」

 勇人の言葉に、和真は静かに頷いた。

「なるほど……その『昔』が、彼女の今の態度に影響を与えているのかもしれんな」

 和真は立ち上がり、勇人の肩に軽く手を置いた。

「だがまぁ、篠原を助けたいと思うなら、諦めずに彼女と向き合え。無理に答えを見つける必要はない。きっと彼女を救えるのは、お前しかいない」

「そうですかね?会長の方が救えそうですが……」

「黙れ!お前がやるんだよ。お前ならなんとかなる気がする。俺の勘がそう言っている。信じろ」

「勘って……。でもありがとうございます。……俺、もう一度篠原とちゃんと話してみます」

 和真は満足そうに微笑み、軽く頷いた。

「そうか。なら、頑張れ。お前ならきっと大丈夫だ」

 和真の背中が生徒会室を後にすると、勇人は深く息をついた。そして、机に置かれた文化祭の資料を片付け終えると、意を決して紗奈に会いに行くことを決めた。
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