君と交わした約束

疾風

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第7話

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 文化祭前夜、学校は静まり返っていた。生徒たちの喧騒は去り、暗くなった校舎の中には、時折風が吹き抜ける音が響いていた。勇人は、生徒会室から紗奈のいる場所を探し始めた。

 彼女が今どこにいるのか確信はなかったが、自然と足が向かったのは学園の裏庭だった。
 勇人の直感が当たったのか紗奈はそこにいた。夜風が彼女の黒髪を揺らし、月明かりがその姿を淡く照らしている。彼女は膝を抱えて座り、静かに空を見上げていた。

 勇人は一歩ずつ近づき、彼女の横にそっと腰を下ろした。紗奈は驚くこともなく、ただ少しだけ目を伏せた。

「……なんか知らんがここにいると思った」

 勇人の声は静かだったが、彼女の耳にはしっかりと届いた。しばらくの沈黙の後、紗奈がぽつりと呟いた。

「相川君、どうしてここに?」

「……お前のことが、心配だったから」

 勇人は素直に答えた。紗奈は少しだけ驚いた表情を見せ、そしてまた静かに目を伏せた。

「……ありがとう。でも、私、相川君に何も言えないんだ」

「なんでだよ。俺、何かしたか?」

 勇人は少し焦りながら問いかけたが、紗奈は首を横に振った。

「違うの。相川君が悪いわけじゃない。でも、私が勝手に……自分で抱え込んでしまってるんだと思う」

 彼女の言葉には、深い葛藤が滲んでいた。勇人は彼女の顔を見つめながら、何とかしてその苦しみを理解しようと努めた。

「昔……相川君と約束を交わしたの、覚えてる?」

「約束……」

 その言葉を聞いた瞬間、勇人の中で何かが引き裂かれるような感覚があった。忘れていたはずの記憶が、ゆっくりと蘇り始める。



 幼い頃、勇人は何度も転校を繰り返していた。そのせいで、彼の中で過去の記憶はぼんやりとしており、どの学校で誰と過ごしたかをはっきりと覚えていることは少なかった。


――それは、幼い日の一場面だった。

 学校で、勇人は一人の少女と出会った。彼女は他の子供たちとあまり遊ばず、一人で静かに過ごしていた。勇人もまた、転校生であり友達がいなかったため、自然と彼女と一緒に過ごすようになった。
 その少女は、黒髪が美しく、どこか大人びた雰囲気を纏っていた。しかし、彼女の中には寂しさがあり、勇人はそれを感じ取っていた。
 勇人の頭の中で、紗奈との幼い日の記憶がゆっくりと形を成していく。転校が多かった彼にとって、その記憶は特別なものとして残っていなかったはずだが、今、紗奈の存在と彼女が放つ言葉が、その薄れた記憶を呼び覚ます。

 彼はあの頃、紗奈と一緒に過ごしていたことを思い出した。学校の校庭で、放課後になると二人で遊んでいた。その時間は、周囲の子どもたちとは少し違う特別な空間だった。勇人は、孤独を感じていた紗奈に寄り添うことで、自然と彼女と親しくなり、彼女の存在が特別なものになっていた。

 その頃、紗奈は大きな悲しみを抱えていた。彼女の家族が何らかの事情で離れ離れになっており、彼女自身も孤独の中にいたのだまだ幼いながらも、彼女は家族を失う寂しさや、再び誰かを失うことへの恐れを知ってしまった。

「……そうだ、思い出した」

 勇人の口から自然とその言葉が漏れた。紗奈は彼の顔を見上げ、少し驚いたように目を見開いた。

「本当?」

「ああ……昔、俺たち一緒に遊んでたよな。お前が寂しそうにしてたから、俺が……一緒にいてやるって言ったんだ」

 そう、勇人は紗奈に対して「約束」を交わしていたのだ。彼女がいつかまた一人ぼっちになることがないように、ずっとそばにいる――そう誓った。幼いながらも、彼なりに紗奈を守りたいという思いがあったのだ。

「約束……そう、覚えてくれたんだね」

 紗奈の目には涙が浮かんでいた。その瞳は過去の感情が混ざり合い、今にも溢れ出しそうだった。

「でも……相川君は転校していなくなっちゃった。それ以来、私はずっとあなたのことが忘れられなかった」

 紗奈は静かに言葉を紡いだ。その声には、幼少期から続く長い時間の中で積み重ねてきた感情が込められていた。

「君がいなくなった後、私はまた一人ぼっちだった。家族もいない、友達もいない。誰も私を必要としてくれないんじゃないかって思ってた。でも、あの時の約束があったから、ずっと頑張ってきたんだよ」

 勇人は言葉を失った。自分が紗奈にとってそんなに大きな存在だったことを、全く知らなかった。彼は自分の都合で転校を繰り返し、彼女の気持ちに気づかないまま離れてしまった。その結果、紗奈はずっと孤独を抱え続けていたのだ。

「ごめん……俺、全然気づいてなかった。お前がそんなに苦しんでたなんて」

 勇人の声には、自責の念がこもっていた。しかし、紗奈は首を横に振り、少しだけ微笑んだ。
 
「ううん、相川君が悪いわけじゃない。私が勝手に約束に縛られてただけだから。でも……ずっと一緒にいるって言った君が、いなくなったのが寂しかったんだ」

 紗奈の言葉は痛烈だったが、その中には責める気持ちはなかった。むしろ、彼女自身がその約束を守りたかったのだろう。勇人は幼い頃の自分が交わした言葉が、彼女にどれだけの影響を与えていたのかを知り、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

「本当にごめんな……。しかもそのことを忘れてたなんて最低だ」

「私こそ、相川君が次第に周りの生徒会のメンバーとかと仲良くなっていくのが見ていられなくて変な態度を取っちゃった。本当にやな女だね……。私」

「そんなことないよ」

「ううん。そんなこと大有り。でももうやめる!君も私のこと思い出してくれたしね!」


 紗奈はうんと明るい表情でそう言った。
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