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何も知らない聖女

選択の結果

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 クララの選択を聞いたカタリナは、その事を報告するために、ガーランドの執務室にきていた。

「クララちゃんの選択を聞いてきましたよ」
「そうか。どうだった? やはり、向こうに帰るか?」

 ガーランドの予想では、クララは人族領へ帰る選択をすると考えていた。何だかんだで、元々住んでいた土地が恋しいのではと思っての事だった。

「いえ、こちらに住むと言っていました」
「そうなのか」

 予想と違った答えを聞いたガーランドは驚いていた。

「こっちの方が暮らしにくいかもしれんのに、思い切った決断だな。となれば、暮らしやすいように、色々と整えないといけないな……」

 ガーランドは、これからどうするべきかを考え込む。現状の魔族領では、クララは暮らしにくいだろう。だから、それを解決しないといけない。
 そんなガーランドに、カタリナが報告の続きをする。

「一応、クララちゃんのやりたいことも聞いてきましたよ」
「やりたいことか。どんな事だ?」

 ガーランドは、真剣な顔でカタリナの話を聞く。これに、クララの生活基盤を築くためのヒントが潜んでいるかもしれないと考えたのだ。

「薬作りをしたいそうです。元々、お母様から教えていただいたものみたいです」
「薬……施設と材料が必要か」
「今、クララちゃんが使っている部屋の隣が空いているので、そちらを使うのが良いかと」
「そうだな。手配はしておく」

 驚く程早く、薬室作りが決定した。二人ともクララの生活について考えていたおかげだろう。

「他の者達にも触れを出しておこう。クララが自由に外を歩けるようになるのは、一週間先か……はたまた一ヶ月先か……」
「しばらくは、魔王城の中での暮らしになりますね。少し窮屈でしょうか?」
「……我慢してもらうしかあるまい。遊び相手がいれば良いが……」
「リリンがいますし、私も時折様子を見に行きますから、今のところ問題はないでしょう。あの子達がいてくれたら、遊び相手には事欠かなかったでしょうけど」

 カタリナが言っているあの子達とは、自分の娘達の事だ。年齢で言えば、クララよりもかなり上だが、遊び相手にはなってくれるはずだと、カタリナは考えていた。

「それにしても、聖女が魔王城に住むか……一昔前では、考えられないな」
「今でも信じられない事ではあると思いますよ。民のほとんどは、顎を外すかもしれませんね」
「最近は、融和政策に賛成してくれる者も増えているからな。受け入れてくれる可能性は高いだろう。そう信じたい」
「こればかりは、やってみないと分かりませんね」

 本当に民が聖女であるクララを受け入れてくれるのか。これは、実際に触れを出さなければ分からない。ただ一つだけ、分かっている事は、今のところ聖女であるクララに対して、悪意を込めた事を言ってくる民がいないということだ。
 クララが魔王城にいると知れば、クララの処刑を呼び掛けるような集団が現れても不思議ではなかったが、今のところそう言う動きの報告はない。つまり、何だかんだ、民も受け入れてくれているということだろう。それか、あまり興味がないかだ。

「それでは、私も仕事に戻りますね」
「ああ、苦労掛ける」
「いえ、それがなければ、私も暇ですから」

 カタリナはそう言って、魔王の執務室から出て行った。執務室には、ガーランドだけが残っている。

(人族が問題なく溶け込める環境か……難しい問題だが、いずれ和平を結べたときに必要になる。今のうちに、しっかりと整備しておくか)

 ガーランドは、そう決意して目の前の仕事に取り組むのであった。

 ────────────────────────

 翌日の朝、これまで通り、リリンによって起こされたクララは、寝ぼけながら朝食を食べていた。

「今日は、何をなさいますか?」
「えっと、お借りしている本を読んでいようと思います。魔族の薬学は、興味があるので」

 クララは、昨日リリンに頼んで、いくつかの薬学書を借りていた。母親から習った事や家にあった薬学書から学んでいるが、魔族領で同じように通用するかどうかは分からなかったので、勉強をしておく事にしたのだった。幸いなことに、こっちの文字は人族領のものと同じなので、問題無く読むことが出来た。

「では、紅茶をお入れしますね」
「ありがとうございます」

 クララは、椅子に座って薬学書を読んでいく。その間に、リリンが紅茶を入れてくれた。それが終わると、リリンは、クララの部屋の掃除やベッドメイキングをしていった。

「これは……向こうにはない植物だ。これを使って、鎮痛剤が作れるのかぁ。これは、飲み薬じゃなくて、注射で打つ感じなんだ。そっちの方が、効力が出るって事?」

 熱心に読んでいたクララは、考えている事が口に出ている事に気が付いていなかった。それを見ていたリリンは、小さく笑う。集中しているクララは、その事にも気が付かなかった。そんな中、いきなり隣の部屋から大きな音が響き渡り、クララはビクッと震える。

「隣で工事が始まりましたね」
「あっ、薬室になるんでしたっけ?」
「はい。日中は、しばらく大きな音が響きますが、ご了承ください」
「私のためにしてくれている事ですから、大丈夫です」

 隣の部屋の改造は、昨日のうちに計画され、翌日である今日に施工された。クララのために迅速に進められたのだ。この施工に関しては、魔王城の重役達の会議でも、反対意見などは出なかった。
クララが作り出した薬を、こちらで利用させてもらうという考えがあるからだった。毒などの検査も、クララとは別の者がやるので、クララが魔族に毒を撒くということも出来ないと判断された。
 ついでに、聖女であるクララを魔族領に置くという事には、若干名の反対があったが、最終的に、聖女の力が魔族に特効では無いという事が決め手となり、受け入れられることになった。
 ただ、これは、魔王城内での決議の結果なので、別の場所を治めている魔族からの賛成は、まだ受けていない。まだ、クララの受け入れ問題は解決したとは言い難かった。
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