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何も知らない聖女

教会の発表

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 クララが自身の生き方を選択してから、一週間程が経った。薬室の工事も順調に進んでおり、そろそろ完成が近づいてきていた。その事を、クララは、部屋の中で、カタリナより聞いていた。

「完成予定日は、明後日くらいになるわ。その時に、中の器具の説明もあるみたいだから、そのつもりでいてね」
「はい」

 この日のクララは、何故か少し不機嫌だった。その事に、カタリナも気が付く。

「何だか不機嫌ね? どうかしたの?」
「……今日、ちょっと夜更かしをしてしまって、朝に起きられなかったんです」
「そうだったの。それだけ?」
「いえ、起きられなかったので、リリンさんにキスされました」

 クララにそう聞かされたカタリナは、ちらっとベッドメイキングをしているリリンを見る。視線に気が付いたリリンは、ピースサインを送る。あまりのどや顔に、カタリナは苦笑してしまう。

「二回もされていたそうです」
「これを機に、夜更かしは控えないとね」
「うぅ……反省します」

 自分がいけないので、クララも反省する。そして、クララはある事に気が付いた。

「私、今までキスとかしたことなかったのに……ここ最近、沢山している気がします……」
「ファーストキスもリリンに奪われているのよね」
「そうなんですよね……」

 何度もリリンにキスされているせいか、最近キス自体に、あまり抵抗を覚えなくなってきていた。それを自覚して、さらに機嫌が悪くなっていたのだ。

「クララちゃん、ちょっとこっちにきて貰える?」

 カタリナは、自分の膝を軽く叩きながらそう言った。

「え? はい」

 クララは、カタリナに呼ばれた通りに、膝の上に乗る。カタリナは、膝に乗ったクララを後ろから抱きしめる。

「はぁ……癒やされるわぁ……これが、聖女の力なのね」
「全く違います。そんな常時発動の能力はないです」

 クララは、完全にカタリナの抱き枕となっている。カタリナは、抱きしめているクララのおかげで、かなり和んでいた。聖女の為せる技というわけでは、決してない。
 カタリナの感覚的には、子供を抱きしめて幸せを感じている事に近かった。

「疲れているんですか?」
「仕事が溜まっているのよ……自分の意志でやっているとはいえ、あそこまで溜まるとね……」
「溜まっているなら、ここにいてはいけないのでは……」
「……娘達にもこんな時期があったのよね」

 カタリナは、クララの指摘を無視して、娘達の過去に思いを馳せていた。

「上の子は、もう私よりも背が高くなっちゃったし」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。あの人の血が、強く出てしまったのね。下の子は、私くらいなのにね」

 そんな話をしていると、リリンが窓の近くに立っていた。それだけなら、何も違和感はないのだが、手を窓の外に伸ばしていた。クララは、そこが気になってジッとリリンを見る。
 その視線に気付いたリリンは、ニコッと笑って手を引っ込めた。そこには、一匹の蝙蝠がぶら下がっており、その足に筒のようなものが括られている。

「人族領に潜入している部下からの報告です」

 リリンがそう言った瞬間、カタリナの雰囲気ががらりと変わる。さっきまでの溶けきった雰囲気から、周囲の空気がピリッとする程に真面目な雰囲気になっている。それだけ真剣になったということだろう。

「……クララさんは、行方不明ということで発表されたようです」

 リリンが受けた報告は、クララの扱いについてだった。リリンが、ずっと部下に探らせていた事の一つでもある。

「意外と早い発表だったわね」
「勇者からの情報が元になっているようです。どうやら、クララさんと別れた直後に、手紙で、教会と国に知らせていたみたいですね」
「まぁ、実際、向こうからしたら、行方不明って事で合ってはいるけどね。クララちゃんの逃げ場を無くさせるためかしら?」

 カタリナとリリンは、勇者の行動に疑問を持つ。この行動の答えに関しては、クララの方が、気が付いていた。

「責任逃れです」
「責任逃れ?」
「はい。私を追い出したら、教会に怒られます。『聖女を蔑ろにするな』みたいな感じで。なので、私を行方不明扱いにした方が、堂々と追い出せるんです。多分、私が教会に戻らないということを予測してのことかと。私が、教会を頼りたくないことは、向こうも知っているので」

 クララがそう言うと、カタリナもリリンも納得がいったような顔をした。二人ともクララの過去を知っているという事と勇者の性格を報告で受けている、または実際にその目で見ているからだ。

「でも、カタリナさんの考えもあると思います。私が告げ口をしたら、向こうも終わりですから」
「勇者もそういう考えは回るのね」

 カタリナは、呆れたようにそう言った。実際、自分の保身のためであれば、頭の回転が早くなるカルロスに呆れていた。それは、リリンも同じだった。

「情報は、これで終わりのようです」

 リリンはそう言って、手にぶら下がっていた蝙蝠を飛ばす。同時に、クララを膝に載せていたカタリナが、クララを床に降ろして立ち上がった。

「さてと、私も仕事に戻るわ。じゃあ、またね、クララちゃん」
「はい。頑張ってください」

 カタリナは、ニコッと笑って出て行った。カタリナを見送ったクララは、読み終えていない薬学書を読み始める。リリンは、そんなクララを見守りつつ、お茶の準備をし始める。

 ────────────────────────

 クララが行方不明になったという報告を受けた教会は、混乱していた。

「何故、聖女が行方不明になったんだ!?」
「分からぬ。勇者達の手紙には、戦闘の最中に消えたと書かれている。つまり、戦闘が苛烈になった際に、はぐれてしまったのだろう。だが、聖女が帰ってくるとしたら、教会の他にあるまいよ」
「故郷は、我々が焼き尽くしたからな。はっはっはっはっは!」
「笑っている場合ではないだろう。問題なのは、聖女が使命を捨てている事だ」

 枢機卿達は、教会の会議室で集まって、会議をしていた。内容は、当然、クララの事だ。

「聖女の使命は、勇者の補佐。行方不明ということは、それを放棄しているということだ。戦闘ではぐれたとしても、元の街か次の街に向かえば合流出来るだろう」
「仮に自分の意志で、勇者と別れたとあれば、教会に戻ってくるのは、必然。我々が、探しているとなれば、尚更だ」
「ふむ。取りあえず、戻ってきたら罰を与えんとな。ふっふっふっ、今から興奮してくるわい!」
「今から、仕置き部屋の準備をしておくとしよう」
「それと、我々への個人奉仕もな。くっくくく……」

 枢機卿達のげすい笑い声が響く。枢機卿達は、クララが、少しは成長していると思い、何をさせようかと考えていた。
 枢機卿達は、クララが戻ってくると確信している。教会にしか、居場所がなくなるように、様々な事に手を回してきたからだ。
 そのため、クララが魔族領にいるなど、露ほども思っていなかった。
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