先祖返りの吸血鬼は、気ままに研究がしたい

月輪林檎

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先祖返りの真祖

不穏

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 移動の中で、カノンはセレーネを自分の方に引き寄せた。

「カノン?」
「静かに。何者かが付けてきています」
「キリル?」
「キリルさんであれば、距離を開けて付けてくるという事はないでしょう。私達と合流する方が自然です」

 カノンは、自分達の後に一定距離を保って付いてきている人がいると気付いていた。自分達が止まれば、その人も止まり、自分達が動けば付いてくる。これに警戒するなと言う方が無理がある。

(尾行され始めたのは……あの魔動車から? そこから導き出せる答えは、誘拐……狙いはお嬢様か)

 すぐに逃げるために、セレーネを抱えようとしたカノンの背中に痛みが走った。カノンは、即座に背後を振り向きながら裏拳を入れようとする。しかし、その前に背後にいた人物は消えていた。
 カノンの背中から血が流れ出る。カノンの警戒を潜り抜けて、刃物を刺した者がいる。カノンも不審な足音で背後の追跡者に気付いていた。しかし、祭りという状況で、様々な音と匂いが広まっている現状に紛れ込まれるとカノンも全てを感知する事は出来ない。特に足音を立てずに接近してくる同族相手では……

(油断した! あっちは囮……お嬢様を……)

 すぐにセレーネを避難させるために動こうとしたカノンだったが、その前に脚から力が抜けた。前のめりに倒れるカノンは、両手で身体を支えようとしたが、手からも力が抜けて地面に倒れ込んだ。

(毒!? いや、このくらいの毒ならすぐに抜け……)

 地面に倒れ込むカノンが見たのは、薬で眠らされて抱えられているセレーネだった。カノンを刺した人とは違う男だ。黒いローブを羽織っており、暗闇に紛れ込みやすくしている。カノンは、直感的にこの男が追跡者なのだと気付いた。

「お嬢……様……!」

 カノンは、毒によって震えながら手を伸ばすが届かない。セレーネは、そのまま連れ去られていく。それを見送る事しか出来なかった。

「後は好きにしろ」

 男の声で、そんな事を言っているのが聞こえた。その男の手には、ナイフが握られている。その刃はカノンの血で濡れていた。
 その男の声の後に、他の声が続く。

「へへっ! 良いんですかい!?」
「構わん。見つかるなよ」

 カノンは、自分の耳に聞こえる音から、自分を刺した男がセレーネを連れ去った男と同じ方向に向かっていくのが分かった。

(男が五人……二人は離れて……もう三人が、こっちに来る……そういう事……)

 男が言った『好きにしろ』という言葉の意味を、カノンはすぐに理解する。カノンの中に嫌悪感が生まれる。
 下品に笑いながら、三人の男が、カノンに近づいてくる。

「へへっ……上玉じゃねぇか」
「おいおい、ここじゃ不味いだろう。早く移動しようぜ」

 下卑た笑みを浮かべている男がカノンの胸倉を掴んで持ち上げる。その直後、カノンの脚が男の股間を蹴り上げていた。カノンを蝕んでいた毒は、すでに抜けていた。獣人特有の代謝能力で毒は効きにくいのだ。

「おっ……おぉ……」

 青ざめた男は、カノンの胸倉から手を離す。着地したカノンは、貫手を男の首に突き刺す。カノンの貫手は、いとも容易く男の首の皮を貫き、首に穴を開けた。
 その瞬間を見た残り二人の男は、何が起こったのか理解出来ずに固まってしまっていた。カノンは、そんな二人に一瞬で近づき、両手で二人の腹を貫いた。

「ごふっ……」
「うぐっ……」

 二人は血を吐きながら倒れた。
 その二人を見下ろしてから、カノンは地面に落ちてしまった自分の鞄の元に移動して、その中から一つの瓶を取り出した。続いて、タオルも取り出して噛んだ。
 そして、瓶の蓋を外して背中の刺された箇所に中身を掛ける。

「ん~!!」

 タオルを噛み締めて、背中を襲う痛みに耐える。三十秒程痛みに耐えた後、口からタオルが落ちる。

「はぁ……はぁ……魔術薬を持ってきておいて良かった……」

 カノンが念のため用意していた魔術薬である治癒薬には、傷を即座に治す効果がある。だが、通常時間を掛けて治すか魔術にて痛みを緩和しながら治すのに対して、傷を高速で治癒するだけの効果を持つ治癒薬には、治す際に激しい激痛をもたらす。

(治すのは早くて助かるけど……この激痛は酷いな……お嬢様に使わないで済んで良かった)

 まだ背中がジンジンと痛んでいるカノンだったが、すぐに行動を始める。自分のエプロンを脱ぎ、血を使って簡潔に情報を書く。

「きゃー!!」

 女性の声が聞こえて、カノンは顔を上げて、その女性の元に向かう。

「ちょうど良かった。このエプロンを持って、クリムゾン侯爵家の屋敷にいる門番に渡して」
「えっ? えっ?」

 死にかけの男三人を見て悲鳴を上げたところで、駆け寄って来たのは血塗れのメイドなので恐怖と困惑に襲われるのも仕方がない。だが、カノンは、それに構っている時間がない。

「お願いします。大事な事なので。後は、衛兵を呼んで暴漢達をどうにかしてもらって。こっちは後回しで良いから。それじゃあ、頼んだよ」
「えっ? えっ? あっ、はい」

 返事を聞いたカノンは、セレーネを抱えた男が消えていった方向へと駆け出す。その際に、刺された箇所が痛んだが、それを無視して走りながら、耳を覆っているカバーを外して捨てた。

(まだ身体が治った事に気付いてない……急に治したせいだ。でも、傷が開かないなら問題ない。今は、痛みよりも音と匂いに集中しろ。一つの音と匂いだけを追う。それくらい出来るでしょ!)

 自分を叱咤しながら、セレーネの痕跡を掴もうと全力を尽くす。その中で、先程の魔動車が消えている事に気付いた。ついでに、セレーネの匂いもそこで薄れている。

(魔動車で逃げた……? なら、街を出たのか)

 レッドグラスは、車道と歩道が完全に分かれている。セレーネ達が屋台などで買い物をした商店通りなどが歩道として使われ、魔動車が走る道は街の出入口まっすぐ伸びていた。ここでは店の裏口があるばかりで、歩道側に行かなければ、店に入る事は出来なくなっている。魔動車による事故を防ぐためにこういった作りになっていた。
 カノンは敢えて、その車道を全力で走る。人でごった返している歩道よりも魔動車自体が走っていない状態の車道の方が早く移動出来るという事に加えて、セレーネが魔動車で街の外に連れ去られたのだとしたら、ここが一番の近道になるからだ。

(速く……速く……!)

 カノンは、全力で走り続ける。例え自分の脚が千切れようとも進むのを止めない。そんな覚悟でセレーネを追っていった。

────────────────────

 祭りの夜だというのに仕事に追われていたミレーユの執務室の扉が乱暴にノックされた。この屋敷で働いている者達の中に、普段からそのようなノックをする者はいないので、余程切羽詰まった用件だと判断したミレーユは、すぐに入るように促す。入ってきたのは、白い布を持ったキリルだった。

「失礼します! 奥様! お嬢様が誘拐されました!」
「何ですって!?」

 ミレーユは、執務机から立ち上がる。傍に控えていたサマンサも声を詰まらせていた。
 キリルは、ミレーユの執務机に近づき布を広げて置く。その布は、メイドに支給されるエプロンだった。

『お嬢様 誘拐 男二人 魔動車可有り』

 エプロンには、赤黒い文字でそう書かれていた。

「これを持ってきた女性から、このエプロンを渡してどこかに消えた血塗れのメイドの後ろに男が三人倒れていたと聞いたらしいです。恐らくは、その三人は仲間です。すぐに衛兵を向かわせるように指示しておいたので、そちらの治療と尋問は大丈夫でしょう」
「問題は、カノンが追っていった事ですね……」
「すぐに追跡部隊を編成すべきかと。カノンだけでも救出は可能でしょうが、何があるか分かりません」
「分かりました。キリルに一任します。頼めますか?」
「お任せを!」

 ミレーユから一任するという書状を貰ったキリルは、ミレーユに頭を下げてから執務室を出て行った。
 ミレーユは椅子に深く座り込んだ。そして、大きく息を吐く。

「はぁ……セレーネ……」
「一人追っていったカノンは大丈夫でしょうか? 血塗れとの事でしたが」
「分かりません。ですが、実力という点で言えば、大丈夫だと思います。あの子は、学園の高等部を次席で卒業しています。その力は元騎士であるキリルのお墨付きですから」
「そうでしたか」
「それよりも、私達も出来る事をしなくては……」
「リーシア様に助力を請うのは如何でしょう?」
「それです! すぐに参りましょう!」

 動き出すミレーユにサマンサも付いていく。

(セレーネ、カノン、無事でいてください)

 ミレーユは歩きながら、心の中で祈る。祈りが届いてくれるようにと信じて。
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