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捨てられた王女

対キマイラ

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 翌日の朝。今日の戦いに備えて、持ってきた干し肉で朝食を摂っていた。

「昨日の作戦通りにやるが、恐らく不測の事態が起こるだろう」

 朝食中の作戦会議でアルが、そう言い出した。それにマリーも頷く。

「相手の実力は、不明だからね。昨日以上に強くなっている可能性だって十分にあるよ」
「ああ、昨日話したのは、ただの予測でしかない。不測の事態に陥った場合は、自己判断で臨機応変に頼む」
「アルさんが、指示してくれるのではありませんの?」

 リリーが、不安そうにアルを見る。

「出来たらそうするが、無理だろうな」
「うん。十中八九死闘になると思う。アルくんが、皆の状況を逐一確認して、指示を出すのは無理かな」
「なんで、そんな事を言えるの? 未来予知?」

 セレナが、顔を青ざめながら言う。いや、青ざめているのは、リリーもアイリも同じだった。

「ううん。これもただの予測だよ。でも、そんな予感がするの。だから、本当に危ないと思ったら……逃げて」

 マリーの言葉に、アル以外の五人が息を吞む。

「……どういうこと?」

 コハクが、少し怒り気味に訊く。いや、実際怒っているのだろう。その眼は、マリーの眼を睨んでいる。

「この襲撃は、多分だけど私を狙ったものだから……」

 アルとコハク以外が瞠目する。

「確かなの?」
「恐らくだ。まだ、確定じゃない。しかし、俺もマリーの意見に同じだ。これは、マリーを狙ったものだろう」
「どうしてなの?」

 事情を知らない人達を代表してアイリが訊く。それに対して答えたのは、マリーではなくアルだった。

「それは、まだ言えない。これは、全てを切り抜けて確定した情報を手に入れてから話す。それでいいな、マリー?」
「えっ、あ、うん」

 マリーではなく、アルが答えたことに他の五人も怪訝な様子だ。特に、コハクが一番訳分からないという顔をしていた。コハクは、マリーの事情を知っているが、アルは、それを知らないはずだからだ。

「でも、予測にしても、何で苦戦するって考えるの?」
「それは、アル達の想像力の賜だと思うよ」

 この疑問には、リンが答えた。

「この前も言ったよね。アルとマリーさんは別格だって」
「あっ、その理由を訊くの忘れてた!」

 リンが言っているのは模擬戦授業の時に言っていたことだ。マリーは「後で教えて」と言っていたのに、すっかり訊くのを忘れていたのだった。

「アルとマリーさんが別格の理由は、その想像力と観察力にあるんだ。マリーさんの方は、恐らくだけどカーリー先生の教えだね。想像力に関しては、魔道具職人には、欠かせないものだから。アルの方は、ただの性格だね。細かいところが気になるから、色々気にするんだ。その結果が、あの想像力と観察力だよ。普通に生活していたら身につかないはずだね」

 リンの分析は正しい。マリーは、幼い頃からカーリーに魔道具職人として必要なものを教えてもらっていた。自分が作る魔道具が、どのような効力を持つかを考える必要があるため、想像力などが必要となるのだ。
 アルは、戦闘訓練で、相手の一挙一動から次の行動を予測し対応するなど、相手の所作から様々な情報を予測する事が出来る。これは、日頃の訓練だけでなく通常生活でもやっていたため、出来るようになったのだ。

「そんな事は、どうでもいいだろう。少し休憩したら、行動開始だ」
『了解』

 マリー達は、十分ほど休憩してから、装備の確認を済ませて、洞窟を出て、森の中に入っていく。

「周りに注意を払え、キマイラを見つけたらすぐに言うんだ。避けて通れるのなら、それに越した事はない」

 マリー達は、注意深く周りを見ながら、森の中を進む。一番後ろに位置するマリーが消臭玉を使っているので、全員の匂いを探られることは、ほとんどないだろう。
 だが……マリー達の後ろから、キマイラの咆哮が聞こえてきた。マリーは、即座に振り返る。

「来たよ! 『剣舞《ソードダンス》・五重奏《クインテット》』!」

 マリーのポーチから、五本の剣が飛び出し、キマイラを襲う。しかし、昨日のように簡単に傷を付けることはできなかった。

「嫌な予感が当たった!」

 姿を現したキマイラは、身体の体毛が黒く変色していた。

「変異種か! 予測の中でも、二番目にやばいな。全員作戦を放棄、臨機応変に行動しろ!」

 変異種。通常の魔物よりも強化された魔物に対して用いられる用語のひとつだ。基本的に通常種と変わりない能力だが、攻撃力や技の威力などが高くなっているのだ。
 マリー達がキマイラと距離を取っていくと、突如、獅子の頭が口から炎を吐き出す。

「皆! 後ろに!」

 マリーが呼びかけ、全員がマリーの後ろに行く。その間にマリーは、地面に宝石を叩きつける。すると、そこを中心に水色の膜が出てきた。獅子が吐き出した炎は、マリーが出したに阻まれた。
 マリーが使ったのは、水の結界石だ。これは水属性と相性のいい宝石に、結界の魔法陣を付加することで出来る。その効果は、火属性の攻撃の無効化、または威力の減衰である。

「行け!」

 炎を吐いている獅子の口を、マリーの操る五本の剣が一斉に斬り上げる。斬り裂くことは出来なかったが、その威力で口を閉じさせる事が出来た。
 キマイラの口が塞がったことにより、マリー達を襲っていた炎が途切れる。その瞬間、アルとコハクが走り出した。

「『魔剣術・風牙《ふうが》』!」

 風の剣撃が飛んで、キマイラの山羊頭を斬り裂き、さらに細かい傷が入っていった。風牙は、風の斬撃が命中した対象に、細かい風の刃で追撃をするという魔剣術だ。対象が小さな個体であれば、これだけで身体がバラバラになる事すらある。
 そこに、コハクが縮地で近づき、山羊頭に追撃をかける。二人の攻撃によって、山羊頭から血が噴き出す程の致命傷を与えたが、山羊の一鳴きで回復してしまった。変異種になる前であれば、この一撃で完全に首を斬り落とすことが出来たが、変異種となった今は、防御力も上がっており、致命傷を与える事しか出来なかった。
 コハクは、キマイラの後ろに着地する。

「コハク! 気をつけて! 蛇が動く!」

 マリーが叫ぶのと同時に、尾の蛇が、コハクに噛みつこうとする。

「『闇弾《ダークバレット》・高速《ハイスピード》』」

 アイリが、速さの上げる付加を施し放った闇の弾が、蛇の身体を抉る。蛇は、いきなり身体を抉られた衝撃で狙いを外し、コハクから離れた木に噛みつく。すると、噛みつかれた木が、いきなり枯れてしまった。

「気をつけろ! 蛇に噛まれると養分を吸われるぞ!」

 蛇の能力が判明した。一度噛みつかれれば、身体の養分を全て吸われてしまう。一撃必殺と言っても、差し支えのない能力だ。その養分は、そのままキマイラの早変わりというわけだ。

「では、蛇から倒すんですの!?」
「いや、山羊を倒さなければ、蛇が復活する可能性がある。当初の予定通り、山羊から倒す!」
「分かってるよ『魔弓術・氷針《こおりばり》』」

 細い氷の針が何百も現れ、山羊に襲い掛かる。そして、針が刺さったところが、どんどんと凍っていった。完全に凍る前に、山羊が鳴いて氷結を止める。

「駄目か……」

 キマイラがリンを危険と判断し、リンに向かって駆け出す。しかし、リンに攻撃が届く寸前で衝撃により横に吹っ飛んだ。その衝撃を出したのは、リリーの鞭だ。当たったところに強大な衝撃をもたらす鞭は、キマイラに対しても有効だった。

「どうすればいいんですの!?」

 そう言いながら、キマイラに何度も鞭を打っていく。衝撃を受ける度に、身体の中が滅茶苦茶になっていく。その度に山羊が鳴き、傷を癒やしていた。

「リリーは、そのまま隙を突いて打ち続けろ!」

 リリーの攻撃が有効だと分かったので、続けるようにアルが言う。その間にも、マリー、アル、コハク、リンの攻撃は続いている。
 そこにセレナも加わる。キマイラの懐に入り込んだセレナは、細剣を深く構えた。

「『貫通《ペネトレーション》』!」

 セレナが突き出した細剣は、人間が出せる速度を遙かに超える速度で突き出された。さらに、細剣を刺した場所は、細剣の太さ以上の穴が開き、その向こう側が見えるようになっていた。
 この技は、セレナが、最初の模擬戦授業の後に開発した風魔法を用いたオリジナルだ。風を纏わした細剣を、風による後押しを受けて、今まで以上に早く突きを撃ち出す技だ。
 単純に貫通力を上げるだけでなく、纏わせた風で相手の身体をズタズタにするという効果も持つ。マリーとアルのアドバイスを参考にしており、命中精度の向上もしている。
 実践で使ったのは初めてだったが、うまく決めることが出来た。ただ、セレナも予想外なのは、貫通力の高さだった。セレナもキマイラの身体を完全に貫くとは思っていなかったのだ。
 身体に大きな穴が空いたキマイラが絶叫する。急いで山羊が鳴き回復するが、傷が塞がる速度が遅い。

「治りが遅い……治癒限界が近いのか?」

 治癒限界は、回復魔法や回復薬による治療の効果が低くなることだ。治癒の仕方は、自己回復力の増幅が基礎となっている。だが、生物が持つ自己回復力は、一日に回復できる量が決まっている。回復量については、全生物共通の量ではなく、個々によって変わってくる。キマイラの回復量は、かなり高かった。
 しかし、リリーの度重なる攻撃により、何度も内臓を回復させた事によって、治癒限界を迎えるに至ったのだ。

「奴は限界だ! 一斉に仕掛けろ!」

 アルの合図で全員が攻勢に出る。それぞれの得物や魔法がキマイラを襲う。その攻撃によって、キマイラに次々傷がついていく。山羊が治そうとするが、少しずつしか回復しないので、結果的に傷が増えていく。
 マリー達は、「これで勝てる」そう思っていた。その考えは甘かった……
 キマイラが咆哮する。それは、ただの咆哮ではなかった。咆哮により、マリー達の動きが止まった。正確に言えば、止められたのだ。
 キマイラがした咆哮は、縛りの咆哮と呼ばれるものだった。通常のキマイラは使用できない技だった。極々稀に起こる現象で、変異種になった時に、それまで持っていなかった技を得る事がある。
 キマイラは、動きの止まったマリー達を前脚で薙ぎ払っていった。

「きゃっ!」
「ぐっ!」

 マリー達は、木や地面に叩きつけられた。マリーとアル以外の皆は、打ち所が悪く気絶してしまった。そのマリー達に対して、キマイラが獅子の頭の口を大きく開ける。口の中がどんどんと赤く染まっていく。キマイラがやろうとしているのは、さっきも使った炎のブレスだ。
 先程と同じように、マリーが宝石を投げて、自分以外の皆の前に結界を張る。しかし、宝石の量が足りず、自分の結界までは張ることが出来なかった。

「『水壁《ウォーターウォール》』」

 そのため、自分の前には水の壁を生み出す。先程受けたブレスならば、水の壁でも充分に守り切れるはずだと、判断したのだ。
 しかし、先程のブレスと違い、キマイラの口の中が赤から白く変化する。

「!? マリー! 駄目だ! 逃げろ!」

 アルが、キマイラの変化に気付き、マリーに向かって叫ぶ。しかし、マリーは、今いる場所から移動する事が出来ない。先程の叩きつけられたダメージが残っているからだ。同様にアルも、マリーを助けに向かえない。

「……っ」

 キマイラの口から白い炎が吐き出される。マリーの作った結界は、白い炎でもぎりぎり防ぎきった。しかし、水壁は一瞬で蒸発し、炎がマリーに迫る。アルの目の前でマリーは炎に飲まれた。
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