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五話
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あっという間に二学期が始まって一週間が過ぎた。
脳内の優雅な声にもいつの間にか慣れてきた、そんな休みの土曜日。
相変わらず早くに目が覚めた。
「おはようございます圭太さん。今朝の寝癖は嵐の後の草原のようですわね」
「どういう事?何の表現?……ていうか今日は休みだからもうちょっと寝かせてよ」
「あら、失礼いたしましたわ。ですが寝てばかりいると、優雅な朝の香りもあなたを待ちきれずに去ってしまいますわよ?」
「どんな香りだよ。………はぁ。眠気覚めちゃった。僕の優雅な睡眠を邪魔した罪は大きいからね」
「あらまあ、ごめんあそばせ。ですがわたくしの罪のお陰であなたの朝が輝くのですわ。さぁさぁ、起き上がって朝の支度をなさいませ」
僕はため息を吐いてベッドから起き上がり、洗面所に向かう。
ダイニングをチラッと見ると父さんが居た。ワイシャツにネクタイ姿で新聞を読んでいる。
「あれ、父さん仕事?」
「お、圭太早いな。ああ。休日出勤だよ。急にな。困ったもんだ。早めには帰るから、今日は父さんが晩ご飯作ろうか?」
「あー、ごめん。今日バイトだから賄い食べて帰るわ」
「そうか。わかった。あ、お土産、持って行けよ」
「うん。わかった」
「よし、じゃあ行ってくるな」
「うん。気をつけて。いってらっしゃい」
何となく見送って、玄関のドアが閉まる音を聞きながら洗面所に向かう。
鏡の前で寝癖を見て、少しだけ眉をひそめる。嵐の後の草原て……。なんか悔しい。
寝癖直しでガシャガシャやってるとマダムの声が響く。
「ふふふ、早起きなさって良かったですわね」
「ん?」
「お父様とお話し出来ましたもの」
「まぁ、そうとも言うかも」
土曜日の朝は早かったけど、そのぶん、ゆっくり過ぎていく気がした。
朝食を食べて、食器を片付ける。洗い物をしているだけなのにマダムがうるさい。
「まぁ、台所に立たれる姿……なんて頼もしい殿方ですこと!」
「ただの洗い物だよ。溜まると面倒だから」
「生活力の滲む後ろ姿……きっと将来、素敵なお嫁様が惚れ直しますわ」
「はいはい、誰の将来の話か分かんないけどね」
洗い終えた食器を水切りかごに並べて、ふぅっと息をつく。
気温も上がってきたし、洗濯機でも動かして、ついでに掃除機でもかけるか。
家事を一通り済ませてお昼ご飯のカップそばを食べる。
「圭太さん、とても美味しそうですけれど、やはりお野菜が足りないのではございませんでして?」
「朝野菜ジュース飲んだじゃん」
「朝と昼とは別物ですわ」
「でも無くなっちゃったんだよ。ないものは仕方ないから、またバイト終わりに買ってくるよ」
「約束でしてよ」
「へいへい」
小さいパックジュースじゃなくて、一リットルのやつ買おうかな。
お昼を食べてバイトまで休憩。
リビングのソファに体を沈めて、扇風機の風に当たる。天井をぼーっと見上げていたら、どこからかヒグラシのカナカナカナと鳴く声が混ざってきた。
ああ、夏の終わりって感じ。
うっかり眠りかけたところで、スマホのバイブが小さく震える。
確認すると、店長からのメッセージだった。
『お疲れさま!今日駅前商店街のお祭りだったの忘れてて、ちょっとバタつきそうです( ; ; )もし早めに来れるようなら教えてもらえると嬉しいです。無理せずで大丈夫だからね!』
おう、まじか。お祭りか。
スマホを持ったままちょっと考える。別に家でやることもないし、どうせ出勤するなら早めに行ってもいいか。
『了解です!30分後くらいには行けると思います!』
送信して、そそくさと着替えてなかったパジャマから私服に着替える。
父さんのお土産も忘れずに持って行かなきゃな。
玄関のドアを開ける直前、マダムの声が聞こえた。
「まぁ、圭太さん、なんて勤勉な……!殿方の働くお姿、大変結構でございますわ」
「はいはい」
玄関の鍵を素早くかけて自転車に跨る。
雲ひとつない青空が広がっていて、昼間よりも少し風が涼しい。
「にしても……お祭りとかあるんだ……どんな感じなんだろな」
少しだけ面倒くささが頭をよぎるけど、ペダルを踏み出したら、すぐにリズムよく足が動いた。
「圭太さん、今日はお祭りですの?」
マダムが軽く訊ねてくる。
「うん。何か知らないけど、駅前商店街でやるらしいよ」
「あら、それは賑やかで楽しそうですわね。浴衣姿のご学友方と、屋台で金魚すくいなどなさって……」
「いや、僕は働くんだけど」
「まあ、それは残念ですわ。ぜひご学友と甘酸っぱい夏の記憶を……」
「ご学友ご学友って……何その言い回し。ごがくゆう……ごが……ごがく?ごがぐ?……言いにくい」
「まぁまぁ圭太さんったら、オホホホホ」
マダムが鈴を転がすように笑うから、僕もつい笑ってしまった。
気づけば自転車は、駅前のカフェ裏に到着していた。
ロッカーに荷物を入れてエプロンに着替え、店への扉を開くと
店内から、すでに騒がしい声と焼けた油の香りが吹き出してきた。
え、なにこれ。外まで列が伸びてる……?
マジかよ、もう戦場じゃん……。
「圭太くーん!ごめんねー!ほんっとありがとうねー!助かるわー!」
「毎年こんなになるのに、店長お祭り忘れてるとか最悪だよね」
「アハハハハハ」と笑いながら先輩がグラスを拭き上げながら言う。爽やかな笑顔と内容のギャップが酷い。
「圭太くん、ホール手伝ってくれる?とりあえず注文通しちゃって!」
「了解です!」
エプロンをしっかり締めて、ホールに出る。
ガヤガヤと賑やかな空気の中、浴衣姿のお客さんもちらほら見える。やっぱり今日は特別な日なんだ。
アイスコーヒー二つ、レモンスカッシュひとつ、ナポリタンとミートドリア。
メモを取りながらテーブルを回っていると、ふと視界の端に見たことのある姿が映った。
……え?
一瞬わからなかったのは、その人が浴衣だったから。
淡い水色に白い花模様の浴衣を着て、髪はまとめて。一生懸命メニューを見ている。
「……加賀屋さん?」
小さく名前を呼んだつもりだったのに、彼女はすぐにメニューから顔を上げてこちらを向いた。
「あ、いたー!よかったー!」
目を細めて笑う加賀屋さんの姿は、昼間の教室よりもずっと柔らかくて、
なんだか、少しだけ、距離が近く感じた。
二人席に座って手を振りながらにこにこしている加賀屋さんの対面には同じく浴衣姿の女子。多分、クラスメイトじゃない…はず。
「へっ、どうして……?」
「居ないかもって思ったんだけど、勢いで入っちゃったー。あはは」
「えっ、あ、そうなんだ。僕も、さっき来たとこ。急に出勤早くなって」
「え、そうなんだ!じゃあ本当にラッキーだったんだね!」
頭がふわふわして、思ったより声がうまく出なかった。なんか浴衣って、すごい。
制服の時と雰囲気違いすぎるでしょ……。
「かわいいでしょ?この浴衣。お母さんのお下がりなんだ~」
「へぇ……うん。似合ってると思う」
「ほんと? ありがと」
何気ない言葉のやりとりなのに、心臓の鼓動がちょっとだけ早くなる。
一緒に座っている友達が、「注文頼もー」と言ってくれて、少しだけ助かった気がした。
「えっと、山中君に言えばいいの?」
「うん、大丈夫。どうぞ」
二人はメニューを見ながら相談していたのか、すぐにかき氷とクリームソーダを頼んだ。
「ありがと。頑張ってね、バイト」
「う、うん」
ほんのちょっとのやりとりなのに、なんでこんなに汗が出るんだよ……。厨房より熱いじゃん。
「圭太くーん?ドリア出せるよー?」
「あ、はーいっ!」
慌てて厨房に戻る。仕事中だ、仕事中。ちゃんと働こう。
かき氷をテーブルに運ぶとき、ほんの少しだけ手が震えてちゃった気がするけど……いやいや、気のせい気のせい。
「お疲れ様ー!!!」
「お疲れ様でしたー!!」
「お疲れ様でしたー!!」
掛け声とともに安堵の空気が広がる。
まさかの在庫切れ。製氷機まで空っぽになって、ちょっと早めの閉店となった。
厨房もフロアもてんてこ舞いだったけど、店長はなぜか楽しそうにレジを締めている。
「いやー、今年は凄かったね!氷が尽きたの、オープン以来初めてだよ!」
「そんなに?」
「そんなに!いやあ、みんなお疲れー!」
先輩がぐったりして壁にもたれかかってる横で、僕はロッカーに向かい、父さんのお土産を出す。
「店長、これ……父さんの出張土産なんですけど。良かったら、みんなでどうぞ」
声をかけて渡すと、店長が一瞬だけ「えっ?」って顔して、それから破顔した。
「うわー!マジで?ありがとう、圭太くん!……気を使わせて悪いねぇ!」
「いや、……何か、お土産売り場のテンションに負けたらしいです」
「えぇー!!それ、めっちゃわかる!試食させられたらもう勝てないよねー!あははは」
「まぁ、そんな感じです。あ、そうだ…あと、この前のレシピ、父さんが喜んでくれました。ありがとうございます」
「えー、作ってくれたんだねー!ありがとー!」
「いえ、こちらこそ」
「でもごめんねー。今日友達来てくれてたんでしょ?」
「あ、いえ。なんか、たまたまお祭りに来てたみたいで……」
「そっかそっか。今度はちゃんとサービスするからまた来てって言っといてー」
「あっ、はい。ありがとうございます。じゃ、そろそろ、上がります…ね?」
「うん。ごめんねー。賄い作れなくて。あ、これ。少ないけど足しにして?」
と、財布から千円を出して手渡してくれる。
「え。そんなの悪いですよ」
「いーのいーの」
「貰っときなよ。てゆーか千円とかケチ」
相変わらず店長にひどい先輩。
「あははー言われちゃったー!ま、そう言う事だからどうぞ!」
「あ、ありがとうございます!」
貰った千円をおそるおそる財布に入れて帰り支度をする。
何か、父さん以外の人にお金もらうなんて久しぶりだったから何だか慌ててしまった。
エプロンを外して帰り支度をしつつ、スマホを見ると父さんからメッセージが来てた。
『今日は早く帰ろうと思ってたんだけど、会社の人に飲みに誘われちゃって。圭太もバイトで晩ご飯要らないみたいだからそっち行ってくる。店長さんによろしく◎』
飲みすぎないようにねって返信して、ちょっとため息をつく。……晩ご飯どうしよっかな。
外にでるドアを押すと、夜の空気が流れ込んできた。ちょっとだけ涼しくて、焼きそばとタレの甘い匂いがまだ漂っている。
「……祭り、まだ終わってないっぽいな」
せっかくだから自転車は店の横に置いたままにして、ちょっとだけ祭りを見てみることにした。晩ご飯調達できるといいな。
「圭太さん、お祭りに行かれますの?」
「ん?…うん。晩ご飯買わなきゃだし、せっかくだから」
「そうなのですね。どんな感じなのかしら」
ウキウキしたマダムの声に、ちょっと沈みかけていた気持ちが浮上する。
「射的はなさる?金魚すくいは?綿菓子はあるのかしら。やはり殿方はフランクフルトが捨てがたいのかしら」
「ふふ。めちゃくちゃ楽しみにしてるじゃん。でもしないから。まぁ……買ってフランクフルト位じゃないかな」
表通りに移動して辺りを見回しているとふいに声をかけられた。
「お、山中じゃん」
驚いて振り返ると唐揚げの入ったストライプのカップを持った伊藤が居た。
「あ、伊藤。…お祭り行ってたの?」
「おぉ。クラスの奴らと来たんだけど、解散して最後に唐揚げ買って帰るとこ。山中も来てたんだ」
「ううん。バイト終わり。晩ご飯調達して帰ろうと思って」
「お、そうなんだ。あれ、山中ってもともと地元だっけ?どこ中?」
「ううん。春に引っ越してきたばっかなんだ」
「あ、そうなの?それじゃ、このお祭りも初めてだろ?マジこの唐揚げおすすめだから食ってみ?ほれ」
「あ…ありがと」
いきなり唐揚げが刺さった楊枝を渡されて、ちょっと慌てながらも受け取ってかじる。まだあったかい唐揚げから油がしたたる。
「あ、おいひい…」
「おっ、だろー?!この屋台案内してやろうか?他にも美味しいお勧め屋台あんだぜ」
慌てて唐揚げを食べ、楊枝を返しながら答える。
「ありがとう。でも遅いし悪いよ。もう帰るとこだったんでしょ?」
「いいよいいよ!地元の良いとこ教えたいじゃん。それにバイト終わりってことはお祭り見てないんだろ?案内してやるよー!」
「……じゃあ、ちょっとだけ案内してもらおうかな」
「おっしゃ、任せろ!」
伊藤が楽しそうに歩き出すのを、少し後ろからついていく圭太。
マダムの声が、少しだけ嬉しそうに響く。
「圭太さん、きっと良いご学友でしてよ」
脳内の優雅な声にもいつの間にか慣れてきた、そんな休みの土曜日。
相変わらず早くに目が覚めた。
「おはようございます圭太さん。今朝の寝癖は嵐の後の草原のようですわね」
「どういう事?何の表現?……ていうか今日は休みだからもうちょっと寝かせてよ」
「あら、失礼いたしましたわ。ですが寝てばかりいると、優雅な朝の香りもあなたを待ちきれずに去ってしまいますわよ?」
「どんな香りだよ。………はぁ。眠気覚めちゃった。僕の優雅な睡眠を邪魔した罪は大きいからね」
「あらまあ、ごめんあそばせ。ですがわたくしの罪のお陰であなたの朝が輝くのですわ。さぁさぁ、起き上がって朝の支度をなさいませ」
僕はため息を吐いてベッドから起き上がり、洗面所に向かう。
ダイニングをチラッと見ると父さんが居た。ワイシャツにネクタイ姿で新聞を読んでいる。
「あれ、父さん仕事?」
「お、圭太早いな。ああ。休日出勤だよ。急にな。困ったもんだ。早めには帰るから、今日は父さんが晩ご飯作ろうか?」
「あー、ごめん。今日バイトだから賄い食べて帰るわ」
「そうか。わかった。あ、お土産、持って行けよ」
「うん。わかった」
「よし、じゃあ行ってくるな」
「うん。気をつけて。いってらっしゃい」
何となく見送って、玄関のドアが閉まる音を聞きながら洗面所に向かう。
鏡の前で寝癖を見て、少しだけ眉をひそめる。嵐の後の草原て……。なんか悔しい。
寝癖直しでガシャガシャやってるとマダムの声が響く。
「ふふふ、早起きなさって良かったですわね」
「ん?」
「お父様とお話し出来ましたもの」
「まぁ、そうとも言うかも」
土曜日の朝は早かったけど、そのぶん、ゆっくり過ぎていく気がした。
朝食を食べて、食器を片付ける。洗い物をしているだけなのにマダムがうるさい。
「まぁ、台所に立たれる姿……なんて頼もしい殿方ですこと!」
「ただの洗い物だよ。溜まると面倒だから」
「生活力の滲む後ろ姿……きっと将来、素敵なお嫁様が惚れ直しますわ」
「はいはい、誰の将来の話か分かんないけどね」
洗い終えた食器を水切りかごに並べて、ふぅっと息をつく。
気温も上がってきたし、洗濯機でも動かして、ついでに掃除機でもかけるか。
家事を一通り済ませてお昼ご飯のカップそばを食べる。
「圭太さん、とても美味しそうですけれど、やはりお野菜が足りないのではございませんでして?」
「朝野菜ジュース飲んだじゃん」
「朝と昼とは別物ですわ」
「でも無くなっちゃったんだよ。ないものは仕方ないから、またバイト終わりに買ってくるよ」
「約束でしてよ」
「へいへい」
小さいパックジュースじゃなくて、一リットルのやつ買おうかな。
お昼を食べてバイトまで休憩。
リビングのソファに体を沈めて、扇風機の風に当たる。天井をぼーっと見上げていたら、どこからかヒグラシのカナカナカナと鳴く声が混ざってきた。
ああ、夏の終わりって感じ。
うっかり眠りかけたところで、スマホのバイブが小さく震える。
確認すると、店長からのメッセージだった。
『お疲れさま!今日駅前商店街のお祭りだったの忘れてて、ちょっとバタつきそうです( ; ; )もし早めに来れるようなら教えてもらえると嬉しいです。無理せずで大丈夫だからね!』
おう、まじか。お祭りか。
スマホを持ったままちょっと考える。別に家でやることもないし、どうせ出勤するなら早めに行ってもいいか。
『了解です!30分後くらいには行けると思います!』
送信して、そそくさと着替えてなかったパジャマから私服に着替える。
父さんのお土産も忘れずに持って行かなきゃな。
玄関のドアを開ける直前、マダムの声が聞こえた。
「まぁ、圭太さん、なんて勤勉な……!殿方の働くお姿、大変結構でございますわ」
「はいはい」
玄関の鍵を素早くかけて自転車に跨る。
雲ひとつない青空が広がっていて、昼間よりも少し風が涼しい。
「にしても……お祭りとかあるんだ……どんな感じなんだろな」
少しだけ面倒くささが頭をよぎるけど、ペダルを踏み出したら、すぐにリズムよく足が動いた。
「圭太さん、今日はお祭りですの?」
マダムが軽く訊ねてくる。
「うん。何か知らないけど、駅前商店街でやるらしいよ」
「あら、それは賑やかで楽しそうですわね。浴衣姿のご学友方と、屋台で金魚すくいなどなさって……」
「いや、僕は働くんだけど」
「まあ、それは残念ですわ。ぜひご学友と甘酸っぱい夏の記憶を……」
「ご学友ご学友って……何その言い回し。ごがくゆう……ごが……ごがく?ごがぐ?……言いにくい」
「まぁまぁ圭太さんったら、オホホホホ」
マダムが鈴を転がすように笑うから、僕もつい笑ってしまった。
気づけば自転車は、駅前のカフェ裏に到着していた。
ロッカーに荷物を入れてエプロンに着替え、店への扉を開くと
店内から、すでに騒がしい声と焼けた油の香りが吹き出してきた。
え、なにこれ。外まで列が伸びてる……?
マジかよ、もう戦場じゃん……。
「圭太くーん!ごめんねー!ほんっとありがとうねー!助かるわー!」
「毎年こんなになるのに、店長お祭り忘れてるとか最悪だよね」
「アハハハハハ」と笑いながら先輩がグラスを拭き上げながら言う。爽やかな笑顔と内容のギャップが酷い。
「圭太くん、ホール手伝ってくれる?とりあえず注文通しちゃって!」
「了解です!」
エプロンをしっかり締めて、ホールに出る。
ガヤガヤと賑やかな空気の中、浴衣姿のお客さんもちらほら見える。やっぱり今日は特別な日なんだ。
アイスコーヒー二つ、レモンスカッシュひとつ、ナポリタンとミートドリア。
メモを取りながらテーブルを回っていると、ふと視界の端に見たことのある姿が映った。
……え?
一瞬わからなかったのは、その人が浴衣だったから。
淡い水色に白い花模様の浴衣を着て、髪はまとめて。一生懸命メニューを見ている。
「……加賀屋さん?」
小さく名前を呼んだつもりだったのに、彼女はすぐにメニューから顔を上げてこちらを向いた。
「あ、いたー!よかったー!」
目を細めて笑う加賀屋さんの姿は、昼間の教室よりもずっと柔らかくて、
なんだか、少しだけ、距離が近く感じた。
二人席に座って手を振りながらにこにこしている加賀屋さんの対面には同じく浴衣姿の女子。多分、クラスメイトじゃない…はず。
「へっ、どうして……?」
「居ないかもって思ったんだけど、勢いで入っちゃったー。あはは」
「えっ、あ、そうなんだ。僕も、さっき来たとこ。急に出勤早くなって」
「え、そうなんだ!じゃあ本当にラッキーだったんだね!」
頭がふわふわして、思ったより声がうまく出なかった。なんか浴衣って、すごい。
制服の時と雰囲気違いすぎるでしょ……。
「かわいいでしょ?この浴衣。お母さんのお下がりなんだ~」
「へぇ……うん。似合ってると思う」
「ほんと? ありがと」
何気ない言葉のやりとりなのに、心臓の鼓動がちょっとだけ早くなる。
一緒に座っている友達が、「注文頼もー」と言ってくれて、少しだけ助かった気がした。
「えっと、山中君に言えばいいの?」
「うん、大丈夫。どうぞ」
二人はメニューを見ながら相談していたのか、すぐにかき氷とクリームソーダを頼んだ。
「ありがと。頑張ってね、バイト」
「う、うん」
ほんのちょっとのやりとりなのに、なんでこんなに汗が出るんだよ……。厨房より熱いじゃん。
「圭太くーん?ドリア出せるよー?」
「あ、はーいっ!」
慌てて厨房に戻る。仕事中だ、仕事中。ちゃんと働こう。
かき氷をテーブルに運ぶとき、ほんの少しだけ手が震えてちゃった気がするけど……いやいや、気のせい気のせい。
「お疲れ様ー!!!」
「お疲れ様でしたー!!」
「お疲れ様でしたー!!」
掛け声とともに安堵の空気が広がる。
まさかの在庫切れ。製氷機まで空っぽになって、ちょっと早めの閉店となった。
厨房もフロアもてんてこ舞いだったけど、店長はなぜか楽しそうにレジを締めている。
「いやー、今年は凄かったね!氷が尽きたの、オープン以来初めてだよ!」
「そんなに?」
「そんなに!いやあ、みんなお疲れー!」
先輩がぐったりして壁にもたれかかってる横で、僕はロッカーに向かい、父さんのお土産を出す。
「店長、これ……父さんの出張土産なんですけど。良かったら、みんなでどうぞ」
声をかけて渡すと、店長が一瞬だけ「えっ?」って顔して、それから破顔した。
「うわー!マジで?ありがとう、圭太くん!……気を使わせて悪いねぇ!」
「いや、……何か、お土産売り場のテンションに負けたらしいです」
「えぇー!!それ、めっちゃわかる!試食させられたらもう勝てないよねー!あははは」
「まぁ、そんな感じです。あ、そうだ…あと、この前のレシピ、父さんが喜んでくれました。ありがとうございます」
「えー、作ってくれたんだねー!ありがとー!」
「いえ、こちらこそ」
「でもごめんねー。今日友達来てくれてたんでしょ?」
「あ、いえ。なんか、たまたまお祭りに来てたみたいで……」
「そっかそっか。今度はちゃんとサービスするからまた来てって言っといてー」
「あっ、はい。ありがとうございます。じゃ、そろそろ、上がります…ね?」
「うん。ごめんねー。賄い作れなくて。あ、これ。少ないけど足しにして?」
と、財布から千円を出して手渡してくれる。
「え。そんなの悪いですよ」
「いーのいーの」
「貰っときなよ。てゆーか千円とかケチ」
相変わらず店長にひどい先輩。
「あははー言われちゃったー!ま、そう言う事だからどうぞ!」
「あ、ありがとうございます!」
貰った千円をおそるおそる財布に入れて帰り支度をする。
何か、父さん以外の人にお金もらうなんて久しぶりだったから何だか慌ててしまった。
エプロンを外して帰り支度をしつつ、スマホを見ると父さんからメッセージが来てた。
『今日は早く帰ろうと思ってたんだけど、会社の人に飲みに誘われちゃって。圭太もバイトで晩ご飯要らないみたいだからそっち行ってくる。店長さんによろしく◎』
飲みすぎないようにねって返信して、ちょっとため息をつく。……晩ご飯どうしよっかな。
外にでるドアを押すと、夜の空気が流れ込んできた。ちょっとだけ涼しくて、焼きそばとタレの甘い匂いがまだ漂っている。
「……祭り、まだ終わってないっぽいな」
せっかくだから自転車は店の横に置いたままにして、ちょっとだけ祭りを見てみることにした。晩ご飯調達できるといいな。
「圭太さん、お祭りに行かれますの?」
「ん?…うん。晩ご飯買わなきゃだし、せっかくだから」
「そうなのですね。どんな感じなのかしら」
ウキウキしたマダムの声に、ちょっと沈みかけていた気持ちが浮上する。
「射的はなさる?金魚すくいは?綿菓子はあるのかしら。やはり殿方はフランクフルトが捨てがたいのかしら」
「ふふ。めちゃくちゃ楽しみにしてるじゃん。でもしないから。まぁ……買ってフランクフルト位じゃないかな」
表通りに移動して辺りを見回しているとふいに声をかけられた。
「お、山中じゃん」
驚いて振り返ると唐揚げの入ったストライプのカップを持った伊藤が居た。
「あ、伊藤。…お祭り行ってたの?」
「おぉ。クラスの奴らと来たんだけど、解散して最後に唐揚げ買って帰るとこ。山中も来てたんだ」
「ううん。バイト終わり。晩ご飯調達して帰ろうと思って」
「お、そうなんだ。あれ、山中ってもともと地元だっけ?どこ中?」
「ううん。春に引っ越してきたばっかなんだ」
「あ、そうなの?それじゃ、このお祭りも初めてだろ?マジこの唐揚げおすすめだから食ってみ?ほれ」
「あ…ありがと」
いきなり唐揚げが刺さった楊枝を渡されて、ちょっと慌てながらも受け取ってかじる。まだあったかい唐揚げから油がしたたる。
「あ、おいひい…」
「おっ、だろー?!この屋台案内してやろうか?他にも美味しいお勧め屋台あんだぜ」
慌てて唐揚げを食べ、楊枝を返しながら答える。
「ありがとう。でも遅いし悪いよ。もう帰るとこだったんでしょ?」
「いいよいいよ!地元の良いとこ教えたいじゃん。それにバイト終わりってことはお祭り見てないんだろ?案内してやるよー!」
「……じゃあ、ちょっとだけ案内してもらおうかな」
「おっしゃ、任せろ!」
伊藤が楽しそうに歩き出すのを、少し後ろからついていく圭太。
マダムの声が、少しだけ嬉しそうに響く。
「圭太さん、きっと良いご学友でしてよ」
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