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六話
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週末が終わり、学校に行くとまた駐輪場で伊藤に会った。
……今朝の寝癖?恋に破れた直後の詩人だって。どう言うことだよコンチクショウ。微妙に縁起も悪いじゃないか。
「おう、山中。おはよう」
「伊藤、おはよう。この間はありがとう」
「ん?ああ、いいよいいよ。それよりどうだった?あの箸巻きすげー美味くなかった?」
「あ、美味かった!帰ってから食べたんだけど、冷めてもすごく美味しかったよ」
「家で食うならあっためられんじゃん!何で冷めたまま食うんだよ」
「いやぁ。なんかテンションでガッついちゃって」
「何だよそれ。あははは」
「んで、唐揚げも——」
「伊藤ー!!」
「おー!おはー!先行っといてー!」
「あれ、いいの?」
「いいっていいって!それより祭りの話の方が大切じゃん!ほら、教室行こうぜ!」
「あ、うん!」
伊藤と笑いながら歩くその時間は、いつもよりほんの少しだけ、なんだか眩しく感じた。
教室に着いて席に座ると、まるで入れ替わるように加賀屋さんがやってきた。
「おはよう。土曜はありがとね」
「あ、おはよう。こちらこそ」
「何かね、店長さん…かな?が、圭太君の友達だよね?って言って百円引きにしてくれたんだ」
「え、そうなの?……髪後ろでちょっと結んでるおじさん?」
「あ、そうそう」
「え、やるじゃん店長」
「あ、やっぱり店長さんだったんだ」
「何か変なこと言われなかった?」
「ううん。『圭太君をよろしくねー』って、ニコニコしながら言われたくらいだよ。仲良いんだね」
「うわー、あはは。良い人なんだけど……なんかごめんね。あ、でも、今度はちゃんとサービスするからまた来てねって言ってたよ」
「ふふ、いいよいいよ。ありがとう。じゃあ今度は山中君のシフトちゃんと聞いてから行くね」
「あ、うん。ありがとう」
「ううん。こちらこそ」
その時、教室の扉がガラガラと開いて声がした。
「おはよー。あ、凛だー。あれ、山中君と仲良かったっけ?」
近付いて来たのはクラスメイトの三浦さん。
「おはよう。週末に山中君がバイトしてるカフェに行ってね。その時の話してたの」
「え、そうなんだ。どこのカフェ?ていうかバイトしてるんだ?」
「う、うん。駅前のお洒落なとこで。……賄い目当てでさ。あはは」
「へー!え、てことはご飯もあるの?あそこ」
「うん。ドリアが人気だよ」
「えー、そうなんだ!凛、どうだったの?美味しかった?」
「美味しかったよ!メロンソーダ!」
「ドリンクじゃん!!」
「あははは」
僕も思わず笑ってしまった。
「じゃあさ、今度一緒にランチとか行こうよ。山中君日曜とかいたりするの?」
「あ、うん。たまにいるよ。でも土曜の方が多いかも。あ、ちょっと待って」
スマホのカレンダーを見て予定を調べる。
「あ、今月は最後の週だけ日曜のランチタイム入ってるよ」
「そうなんだ。ねぇ凛、一緒に行こうよ!」
「そうだねぇ……」
その時チャイムが鳴り響いた。
答えは聞けないまま、二人は席に戻って行った。
もやもやしたままホームルームが終わり、一時間目の授業の準備をしていると、後ろからツンツンと、つつかれた。
何だ?と思って後ろを振り向くと、そこには中嶋。
この間席替えして中嶋が後ろの席になったから居るのは当たり前なんだけど。でもほとんど喋ったことなんて無いのに一体何なんだろう。
「あのさ」
妙に小声で聞こえにくい。
「どうしたの?」
ちょっとだけ近付いて聞き返す。
「あの、朝、…会話、聞いた…いや、聞こえちゃった…んだけど」
キョロキョロしながら聞いてくる。挙動不審ってやつだ。
「うん」
「えと。加賀屋さん、バイト先に来た…って…」
「え、うん。来てくれたよ?」
「あっ、おっ、マジか。え、じゃぁ、し、私服とか、見た?」
「あ、うん。でも浴衣だったよ」
「ゆか!……た……」
思わず大きな声をあげそうになって口を押さえる中嶋。何か、変なやつだな。
ちょっと強めに聞いてみよっかな。
「え、なに、加賀屋さんのこと、好き……なの?」
こっちが聞いてるのに何だかドキドキしてしまう。
「いやっ……こほん。……違うんだ山中君……」
何だ?口調が変わったぞ?
中嶋がキリッとした顔で僕を見つめて言う。
「推しだ」
「は?」
「いや、例えば俺が彼女のことを好きだとして、隣に立つ資格が俺如きにあると思うか?いや、ない。可憐でそれでいて芯が通っていて、透き通った強さのようなものが滲み出ている。あの素晴らしい姿。遠くから彼女の事を応援し、彼女の幸せを願う。それが俺の幸せなんだよ山中君。わかるかい?」
「あ、うん。ごめん。半分位しかわからなかった。それで浴衣は?」
「……推しの浴衣姿は見たい」
思わず笑ってしまった。
上目遣いで続ける中嶋。誰得だよ。
「……写真とか……ない?」
「ないよ!すんげー忙しかったんだから。あ……でも、お母さんの浴衣って言ってたよ。なんか、青い浴衣。その……凄く…似合ってた……」
思い出したらちょっとドキドキしてしまう。
中嶋は、胸に手を当てて目を瞑り、小さな声で「ありがとう…」と呟いていた。
ほんと変なやつだな。
──と思ったら、次の瞬間。
「っていうかそれだけじゃなくて!」
中嶋が急にカッと目を見開いた。
「そのカバンに付いてるラバーキーホルダー!ジョーリィの効果音のやつだよね?!ガチャの!なんで全種類コンプでカバンに付いてるの?!ありえないんだけど…!」
「……バイトの給料ぶっ込んじゃった……」
「嘘……だ……ろ……?」
「あはははは。このシリーズ好きなんだよね」
もともと父さんが全巻持ってて、軽い気持ちで読んだらめちゃくちゃ面白くて。
そこからアニメも追い始めて、どんどん沼にハマっていった……んだよな……。うん……。
勢いでガチャ回したけど、一回四百円だったから……あははは。
「なぁ、ゴゴゴゴのやつ余ってない?」
中嶋の言葉に現実に引き戻される。
「多分、ダブってた気がする」
「買わせて!」
「いや、あげるよ」
「山中……!」
「まぁ、仲間って事で」
「お前……マジで……良いヤツかよ……いやもうほんと、尊……尊すぎて……やば……語彙力が……死……」
手で顔を覆う中嶋。
「死ぬなー。生きろー。おーい」
今日は、オタク仲間が出来た……のか?
そんな小さな嬉しさみたいなやつを胸に、いつも通りの一日が過ぎていった。
日が落ちるのが早くなってきた気がする放課後。鼻歌を歌いながら自転車のペダルを漕いでいると、マダムが話しかけてきた。
「今日は良かったですわね」
「ん?何が?」
何だかちょっとだけ恥ずかしくてとぼける僕。
「ふふふ、お友達が出来て、良かったですわね」
ちょっとだけくすぐったいような気持ちで、僕は苦笑いを浮かべる。
「まぁ、友達っていうか…オタク仲間っていうか…?」
「うふふ。どちらもお友達である事には変わりませんわ」
「まぁ、そうなのかもね」
自転車のペダルを漕ぐスピードを少し上げてスーパーへ向かう。
「今日はご飯作られますの?」
スーパーへの道は家に帰る時とは違うから、マダムもすぐに気付くようになってきた。
「うん。今日はカレーにしようと思って」
「あら、ではお父様がいらっしゃいますの?」
「うん。今週は出張もないし、早めに帰って来れそうだからって。まぁ、遅くなってもカレーならすぐ食べられるし」
「良いですわね。カリィ。私もまだリボンなど付けておりました時分にホテルで頂きましたわ。あれは素晴らしい体験でした……」
「お……おう……そんな良いもの作れないけど」
「きっとお父様にとって圭太さんのカリィは、ホテルのカリィに勝る美味しさのはずですわ」
「そんなものなのかなぁ……ま、いいや」
スーパーに着いて買い物を始める。
じゃがいも、人参、玉ねぎ……カゴに順番に入れていき、精肉コーナーに辿り着いたところでマダムが急に騒ぎ出した。
「お肉は牛ですわ!あの四角く切ってあるのがよろしいわね」
「サイコロステーキ用じゃん……百グラム二千円はカレーに入れるもんじゃないよ……ていうか急に騒がないでよ」
「あら、これは失礼しましたわ」
小さな声で返事して豚肉のコーナーに向かう。うちのカレーは豚が定番なんだよ。うん。百グラム百二十円。大丈夫。桁は合ってる。
マダムのせいで無駄にドキドキしながら値段を確認して、カゴに入れる。
最後にトマト缶を買って、一リットルの野菜ジュース、それから朝ご飯やら何やら。
ちなみに野菜ジュースをカゴに入れた時にマダムが「素晴らしいですわ!」とか騒いでたのは無視した。
僕は悪くない。
家に帰って買い物袋の中身を片付けたらちょっと休憩。
あ、忘れないうちに中嶋にやるキーホルダー用意しとかないとな。カバンに入れとこ。
着替えてベッドに転がってマンガを読む。今朝中嶋と喋ったからまた読みたくなっちゃったんだよね。やっぱいいわぁ。
三巻分を一気に読んで、喉が渇いたので台所へ。牛乳を飲んで一息つくと父さんからスマホにメッセージが来た。
「お」
「どうされましたの?」
「あぁ、父さんが今日はもう帰れるんだって。……カレー作り始めちゃおっかな」
「よろしいですわね!エプロンは必須ですわよ」
「そんなのないよ」
「あら、お買いになってと申し上げておりましたのに」
「いらないいらない」
冷蔵庫から材料をどんどん出して並べていく。
マダムに言われるがままに野菜を切っていると父さんが帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり」
「これ、お土産」
父さんが持っているのは紙袋。中から出てきたのは紺色と茶色のエプロン。
「げ」
「あれ、嫌だった?」
「ううん。そんな事ないよ。でも何で二枚?」
「圭太のと父さんの」
「あ、なるほど」
「紺が良いてすわ」と推してくるマダムに負けて紺色を取り、早速着ける。
茶色のエプロンを着けて手を洗っている父さんに尋ねる。
「急にエプロンなんてどうして?」
「いや、この間店長さんのレシピでご飯作ってくれたろ?」
「うん」
「あれが美味しくてさ、俺もご飯作るの頑張ろうかなーって。でも圭太の作るご飯も美味しいから、せっかくだし二人分のエプロンでも買おっかなって」
「形から入るタイプだもんね。父さん」
「はっはっは。褒めるな褒めるな」
「褒めてないよ」
「で、今日のメニューは何だ?」
「カレーだよ」
「おお!カレーか!それにしては野菜が細かくないか?」
「え、いや、これは……」
マダムが「お野菜はみじん切りですわ!」とか言うから考えずに切ってたけど、うちは具材ゴロゴロカレーが基本だった。
「なんか、店長が。……そう、店長が、こういうカレーも美味しいよって言ってたから、やって……みよっかな……って」
「おお!店長さんのレシピ!それは美味しそうだな!よしよし、父さんは何を切ろうか」
……店長ごめん。
父さんとカレーを作ってから、あ、お米炊いてなかった!って食べる直前に気づいたりして。
結局晩ご飯の時間は遅くなってしまったけど、まぁ、エプロンも悪くないかな。何て思ったりもした。
……今朝の寝癖?恋に破れた直後の詩人だって。どう言うことだよコンチクショウ。微妙に縁起も悪いじゃないか。
「おう、山中。おはよう」
「伊藤、おはよう。この間はありがとう」
「ん?ああ、いいよいいよ。それよりどうだった?あの箸巻きすげー美味くなかった?」
「あ、美味かった!帰ってから食べたんだけど、冷めてもすごく美味しかったよ」
「家で食うならあっためられんじゃん!何で冷めたまま食うんだよ」
「いやぁ。なんかテンションでガッついちゃって」
「何だよそれ。あははは」
「んで、唐揚げも——」
「伊藤ー!!」
「おー!おはー!先行っといてー!」
「あれ、いいの?」
「いいっていいって!それより祭りの話の方が大切じゃん!ほら、教室行こうぜ!」
「あ、うん!」
伊藤と笑いながら歩くその時間は、いつもよりほんの少しだけ、なんだか眩しく感じた。
教室に着いて席に座ると、まるで入れ替わるように加賀屋さんがやってきた。
「おはよう。土曜はありがとね」
「あ、おはよう。こちらこそ」
「何かね、店長さん…かな?が、圭太君の友達だよね?って言って百円引きにしてくれたんだ」
「え、そうなの?……髪後ろでちょっと結んでるおじさん?」
「あ、そうそう」
「え、やるじゃん店長」
「あ、やっぱり店長さんだったんだ」
「何か変なこと言われなかった?」
「ううん。『圭太君をよろしくねー』って、ニコニコしながら言われたくらいだよ。仲良いんだね」
「うわー、あはは。良い人なんだけど……なんかごめんね。あ、でも、今度はちゃんとサービスするからまた来てねって言ってたよ」
「ふふ、いいよいいよ。ありがとう。じゃあ今度は山中君のシフトちゃんと聞いてから行くね」
「あ、うん。ありがとう」
「ううん。こちらこそ」
その時、教室の扉がガラガラと開いて声がした。
「おはよー。あ、凛だー。あれ、山中君と仲良かったっけ?」
近付いて来たのはクラスメイトの三浦さん。
「おはよう。週末に山中君がバイトしてるカフェに行ってね。その時の話してたの」
「え、そうなんだ。どこのカフェ?ていうかバイトしてるんだ?」
「う、うん。駅前のお洒落なとこで。……賄い目当てでさ。あはは」
「へー!え、てことはご飯もあるの?あそこ」
「うん。ドリアが人気だよ」
「えー、そうなんだ!凛、どうだったの?美味しかった?」
「美味しかったよ!メロンソーダ!」
「ドリンクじゃん!!」
「あははは」
僕も思わず笑ってしまった。
「じゃあさ、今度一緒にランチとか行こうよ。山中君日曜とかいたりするの?」
「あ、うん。たまにいるよ。でも土曜の方が多いかも。あ、ちょっと待って」
スマホのカレンダーを見て予定を調べる。
「あ、今月は最後の週だけ日曜のランチタイム入ってるよ」
「そうなんだ。ねぇ凛、一緒に行こうよ!」
「そうだねぇ……」
その時チャイムが鳴り響いた。
答えは聞けないまま、二人は席に戻って行った。
もやもやしたままホームルームが終わり、一時間目の授業の準備をしていると、後ろからツンツンと、つつかれた。
何だ?と思って後ろを振り向くと、そこには中嶋。
この間席替えして中嶋が後ろの席になったから居るのは当たり前なんだけど。でもほとんど喋ったことなんて無いのに一体何なんだろう。
「あのさ」
妙に小声で聞こえにくい。
「どうしたの?」
ちょっとだけ近付いて聞き返す。
「あの、朝、…会話、聞いた…いや、聞こえちゃった…んだけど」
キョロキョロしながら聞いてくる。挙動不審ってやつだ。
「うん」
「えと。加賀屋さん、バイト先に来た…って…」
「え、うん。来てくれたよ?」
「あっ、おっ、マジか。え、じゃぁ、し、私服とか、見た?」
「あ、うん。でも浴衣だったよ」
「ゆか!……た……」
思わず大きな声をあげそうになって口を押さえる中嶋。何か、変なやつだな。
ちょっと強めに聞いてみよっかな。
「え、なに、加賀屋さんのこと、好き……なの?」
こっちが聞いてるのに何だかドキドキしてしまう。
「いやっ……こほん。……違うんだ山中君……」
何だ?口調が変わったぞ?
中嶋がキリッとした顔で僕を見つめて言う。
「推しだ」
「は?」
「いや、例えば俺が彼女のことを好きだとして、隣に立つ資格が俺如きにあると思うか?いや、ない。可憐でそれでいて芯が通っていて、透き通った強さのようなものが滲み出ている。あの素晴らしい姿。遠くから彼女の事を応援し、彼女の幸せを願う。それが俺の幸せなんだよ山中君。わかるかい?」
「あ、うん。ごめん。半分位しかわからなかった。それで浴衣は?」
「……推しの浴衣姿は見たい」
思わず笑ってしまった。
上目遣いで続ける中嶋。誰得だよ。
「……写真とか……ない?」
「ないよ!すんげー忙しかったんだから。あ……でも、お母さんの浴衣って言ってたよ。なんか、青い浴衣。その……凄く…似合ってた……」
思い出したらちょっとドキドキしてしまう。
中嶋は、胸に手を当てて目を瞑り、小さな声で「ありがとう…」と呟いていた。
ほんと変なやつだな。
──と思ったら、次の瞬間。
「っていうかそれだけじゃなくて!」
中嶋が急にカッと目を見開いた。
「そのカバンに付いてるラバーキーホルダー!ジョーリィの効果音のやつだよね?!ガチャの!なんで全種類コンプでカバンに付いてるの?!ありえないんだけど…!」
「……バイトの給料ぶっ込んじゃった……」
「嘘……だ……ろ……?」
「あはははは。このシリーズ好きなんだよね」
もともと父さんが全巻持ってて、軽い気持ちで読んだらめちゃくちゃ面白くて。
そこからアニメも追い始めて、どんどん沼にハマっていった……んだよな……。うん……。
勢いでガチャ回したけど、一回四百円だったから……あははは。
「なぁ、ゴゴゴゴのやつ余ってない?」
中嶋の言葉に現実に引き戻される。
「多分、ダブってた気がする」
「買わせて!」
「いや、あげるよ」
「山中……!」
「まぁ、仲間って事で」
「お前……マジで……良いヤツかよ……いやもうほんと、尊……尊すぎて……やば……語彙力が……死……」
手で顔を覆う中嶋。
「死ぬなー。生きろー。おーい」
今日は、オタク仲間が出来た……のか?
そんな小さな嬉しさみたいなやつを胸に、いつも通りの一日が過ぎていった。
日が落ちるのが早くなってきた気がする放課後。鼻歌を歌いながら自転車のペダルを漕いでいると、マダムが話しかけてきた。
「今日は良かったですわね」
「ん?何が?」
何だかちょっとだけ恥ずかしくてとぼける僕。
「ふふふ、お友達が出来て、良かったですわね」
ちょっとだけくすぐったいような気持ちで、僕は苦笑いを浮かべる。
「まぁ、友達っていうか…オタク仲間っていうか…?」
「うふふ。どちらもお友達である事には変わりませんわ」
「まぁ、そうなのかもね」
自転車のペダルを漕ぐスピードを少し上げてスーパーへ向かう。
「今日はご飯作られますの?」
スーパーへの道は家に帰る時とは違うから、マダムもすぐに気付くようになってきた。
「うん。今日はカレーにしようと思って」
「あら、ではお父様がいらっしゃいますの?」
「うん。今週は出張もないし、早めに帰って来れそうだからって。まぁ、遅くなってもカレーならすぐ食べられるし」
「良いですわね。カリィ。私もまだリボンなど付けておりました時分にホテルで頂きましたわ。あれは素晴らしい体験でした……」
「お……おう……そんな良いもの作れないけど」
「きっとお父様にとって圭太さんのカリィは、ホテルのカリィに勝る美味しさのはずですわ」
「そんなものなのかなぁ……ま、いいや」
スーパーに着いて買い物を始める。
じゃがいも、人参、玉ねぎ……カゴに順番に入れていき、精肉コーナーに辿り着いたところでマダムが急に騒ぎ出した。
「お肉は牛ですわ!あの四角く切ってあるのがよろしいわね」
「サイコロステーキ用じゃん……百グラム二千円はカレーに入れるもんじゃないよ……ていうか急に騒がないでよ」
「あら、これは失礼しましたわ」
小さな声で返事して豚肉のコーナーに向かう。うちのカレーは豚が定番なんだよ。うん。百グラム百二十円。大丈夫。桁は合ってる。
マダムのせいで無駄にドキドキしながら値段を確認して、カゴに入れる。
最後にトマト缶を買って、一リットルの野菜ジュース、それから朝ご飯やら何やら。
ちなみに野菜ジュースをカゴに入れた時にマダムが「素晴らしいですわ!」とか騒いでたのは無視した。
僕は悪くない。
家に帰って買い物袋の中身を片付けたらちょっと休憩。
あ、忘れないうちに中嶋にやるキーホルダー用意しとかないとな。カバンに入れとこ。
着替えてベッドに転がってマンガを読む。今朝中嶋と喋ったからまた読みたくなっちゃったんだよね。やっぱいいわぁ。
三巻分を一気に読んで、喉が渇いたので台所へ。牛乳を飲んで一息つくと父さんからスマホにメッセージが来た。
「お」
「どうされましたの?」
「あぁ、父さんが今日はもう帰れるんだって。……カレー作り始めちゃおっかな」
「よろしいですわね!エプロンは必須ですわよ」
「そんなのないよ」
「あら、お買いになってと申し上げておりましたのに」
「いらないいらない」
冷蔵庫から材料をどんどん出して並べていく。
マダムに言われるがままに野菜を切っていると父さんが帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり」
「これ、お土産」
父さんが持っているのは紙袋。中から出てきたのは紺色と茶色のエプロン。
「げ」
「あれ、嫌だった?」
「ううん。そんな事ないよ。でも何で二枚?」
「圭太のと父さんの」
「あ、なるほど」
「紺が良いてすわ」と推してくるマダムに負けて紺色を取り、早速着ける。
茶色のエプロンを着けて手を洗っている父さんに尋ねる。
「急にエプロンなんてどうして?」
「いや、この間店長さんのレシピでご飯作ってくれたろ?」
「うん」
「あれが美味しくてさ、俺もご飯作るの頑張ろうかなーって。でも圭太の作るご飯も美味しいから、せっかくだし二人分のエプロンでも買おっかなって」
「形から入るタイプだもんね。父さん」
「はっはっは。褒めるな褒めるな」
「褒めてないよ」
「で、今日のメニューは何だ?」
「カレーだよ」
「おお!カレーか!それにしては野菜が細かくないか?」
「え、いや、これは……」
マダムが「お野菜はみじん切りですわ!」とか言うから考えずに切ってたけど、うちは具材ゴロゴロカレーが基本だった。
「なんか、店長が。……そう、店長が、こういうカレーも美味しいよって言ってたから、やって……みよっかな……って」
「おお!店長さんのレシピ!それは美味しそうだな!よしよし、父さんは何を切ろうか」
……店長ごめん。
父さんとカレーを作ってから、あ、お米炊いてなかった!って食べる直前に気づいたりして。
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