この声が、聞こえるあいだに

小野紅白

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八話

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「おぅ、おはよー」

「お、伊藤。おはよう」

 毎朝駐輪場で伊藤に会うのが恒例になってきたな。

「なぁ山中ぁ」

「何?」

「唐揚げの小麦粉と片栗粉についてどう思う?」

「何だよ朝から」

「いやさぁ、昨日の夜父さんが新しくできた唐揚げ屋の唐揚げ買ってきたんだけどさー。何か俺の好きな感じじゃない訳よ。そしたら母さんが、小麦粉と片栗粉の違いじゃないかとか言うからさー。お前はどう思う?」

「どう思う……って、そんなに違うもんなの?」

「違うんだよ!カリッとジュワッがさー、絶妙なバランスで居て欲しい訳じゃん?!」

 朝から熱いな。伊藤。
 そんなに力説されたら食べたくなるじゃん。
 ふと遠くに見えるコンビニの青い看板を見て思い出した。

「なぁ、コンビニの『からあげサン』はどっちだと思う?」

「……あれ、美味いよな」

 思わず笑ってしまった。


 教室に着いて中嶋にジョーリィ二十四巻を一気読みした話とかをしていたら三浦さんが来た。

「おはよう」

「おはよう」

「お、お、おは、おはヨウ」

 カクカクしてる中嶋は放っておく。

「あのさ」

 と、三浦さん。どうしたんだろ。

「どうしたの?」

「昨日写真撮ったじゃん?」

「そうだね」

 あ、何か凄かったやつだ。二秒で撮られたやつ。

「あれあげるよ」

「え、あ、ありがとう」

 ちょっと嬉しい。

 中嶋からの突き刺さるような視線を無視しながらスマホを出す。

「ついでだから連絡先も教えてよ」

 三浦さんの言葉に中嶋からの圧が更に増える。
 ごめん。中嶋。僕は屈しない。

 とりあえず写真を貰っていると加賀屋さんも来た。

「おはよう。サキ、何してるの?」

「凛おはよう。山中君と連絡先交換しようとしてる」

「へっ?あっ、そうなんだ。え、じゃあ私にも教えて。連絡先」

「う、うん」

 絶対に中嶋の方は見ないようにして自分のスマホの連絡先QRコードを差し出す。
 加賀屋さんと三浦さんはそれを読み取って「後でメッセージ送るね」とか言って席に戻って行った。

 恐る恐る、とっても恐る恐る、中嶋の方へ向き直ると、中嶋は何故か手に自分の連絡先QRコードを表示させたスマホを持ったまま、目を開けて気絶していた。
 ついでなので中嶋の連絡先を読み込んでジョーリィスタンプを送っておいた。


 その日の文化祭の準備の時間は中嶋からとても詰め寄られた。

「俺は加賀屋さんと三浦さんと連絡先を交換したはずなのに、どうしてお前の連絡先だけが増えてるんだよ」

「中嶋、夢だよそれ。お前は交換してないよ」

「なんだ…と……?!」

 思いっきり目を見開いた中嶋の顔が面白くて思わず笑ってしまった。
 すると伊藤が身を乗り出してくる。

「お、何があったんだ?」

 僕がかくかくしかじか説明していると、中嶋はいきなりしょんぼりし始めた。

「いや、分かってるんだよ……分かってるんだけどさぁ?」

「まぁまぁ。……推しなんでしょ?へこんじゃうのは仕方ないよ」

「そう。推しなんだよ。……あれ、待って?……そうじゃん推しじゃん!」

「こいつ、どした?」

「……さあ?」

「いや、ほら、推しじゃん?だからさ、俺は推しの幸せを願うのが仕事な訳」

 良い仕事だな。

「はい」
「おう」

「だから、推しのスマホに俺の連絡先が入ってるってさ、……違うじゃん?」

「はい?」
「おう?」

「俺は遠くから眺めたいんだよ。だから、そこに連絡先は無くて良いんだ。むしろ無い方が良い!」

「わかるーー!!」

「はっ?」
「おっ?」

 共感したのは、いつの間にか話を聞いていたらしい、ヨーヨー釣りの魚とかを作ってる同じグループの女子のうちの一人だった。

「ほんと?!わかってくれる?」

「わかる!私も推しは遠くから眺めてたいタイプだもん」

「おー!だよな!遠くから見るから画角が映えるというか——」

 伊藤が小さな声で話しかけてくる。

「盛り上がってんな」

「うん。カクカクしてないね」

「だな」

 二人でニヤっと笑ってしまった。
 伊藤が「俺にも連絡先教えてくれよ」って言うから連絡先交換して、チャイムが鳴るまで作業を続けた。
 放課後もちょっと作業してたら、外はすっかり夕焼けに染まってしまっていた。
 駐輪場に停めてある自転車の数もまばらだ。
 少し冷たい風が頬を撫でる。

 ……今日はちょっと遠回りして帰ろうかな。
 どうせ父さんも遅いだろうし、ラーメンでも食べて帰ろ。本屋寄って漫画の新刊見るのも悪くないかも。

 ちょっと鼻をすすって自転車のペダルを漕ぐ。

 駅前に行く方の道を自転車で進んでいるとマダムから声がかかる。

「今日はお仕事でしたの?」

「ん?ううん。違うよ。ちょっと寄り道でもして帰ろうかなって」

「そうでしたのね」

「うん。父さんもどうせ遅いだろうし、ラーメンでも食べて帰ろうかなって」

「外食ですわね!それはよろしいですわ!ウキウキしますわね。うふふふ」

 声しか聞こえないのに、今にもスキップしそうな位楽しそうにしているのがわかる。

「外食ってそんなにウキウキするもんなの?」

「いたしますわよ!特にわたくしは幼い頃から身体が少し弱かったですからね。あまり外にも連れて行って頂けませんでしたわ」

「ああ、そうなんだ……」

「ですから、圭太さんの目を通して色々な体験が出来るのは、とっても楽しいのですわ!」

「……そっか……」

 マダムの目にはどんな色が見えているんだろう。とか、ふと思ったりした。

 特に変わり映えのしない日々が過ぎて行き、秋の気配が深くなり、気付けば明日は文化祭だった。

 いつも通り寝癖を直して、ハンカチを持ち、駐輪場で伊藤と喋り、教室では中嶋と悪ふざけしたりして。
 そんな、いつも通りがあるはずだった。

 五時間目の終わり頃、授業中のクラスに担任が入ってきて廊下に呼び出された。

 廊下に出ると「落ち着いて聞いてほしいんだけど……」と、担任が話し出す。

「山中君。……お父様が、今日、会社で倒れられたそうなんだ」

 何を言われてるのか、一瞬わからなかった。

「すぐに病院に運ばれて、大したことはないって聞いているけど……よければ、すぐに行ってあげて欲しい」

 ぎこちなく頷く僕に先生が軽くため息をついて続ける。

「……でも、病院ちょっと遠いし、ぼーっとして自転車乗っても危ないから送ってってやるよ。とりあえず荷物持って職員室に来るようにな」

 何とか声を絞り出して返事をすると、先生はくるりと背を向けて足早に去って行った。

 ……何だっけ。何すれば良いんだっけ。

「……たさん、……いたさん、……圭太さん」

「あれ、あ、何?」

「深呼吸ですわ。深呼吸。先ずは、深呼吸いたしましょう」

「……うん」

 マダムに言われるがまま、息を大きく吸って吐く。二回繰り返して教室に戻る。

「山中君、大丈夫ですか?」

「あ、先生、ちょっと、諸事情で。今日は……帰り……ます」

 心臓の音がうるさくて、中嶋の心配する声も耳に入らない。

 荷物を取って職員室に向かうと、担任の先生が車まで案内してくれる。
 後部座席に座り、この先生意外と車の運転上手いんだなぁとか、ぼんやりと思う。フロントガラスの横のところには、富士山のデフォルメキャラクターのぬいぐるみがぶら下がってて、ぽよんって揺れてる。なんだか可愛い。

 あ、そうだ。父さんの友達の和夫おじさんに連絡してみよ。「何かあったらいつでも連絡しろよ」って言ってくれてた気がする。
 何かあった時って今だよな。多分。

 何回も文章を書いたり消したりして、やっとメッセージが送れた頃、車が病院の前に止まった。

「気をつけてな」

「ありがとうございました」

 頭を下げて車が走り去るのを何となく見送る。
 担任の先生は思ってたより親切な人なのかもしれない。何となくそう思った。
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