この声が、聞こえるあいだに

小野紅白

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十話

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 ベッドに寝転がったままメッセージの返信を送っていく。
 中嶋にはスタンプ一個でいいや。

 皆に送ってスマホをベッドの上に投げ出した時、リビングで家の電話が鳴った。慌てて受話器を取りに行く。

「もしもし」

「もしもし。山中さんのお宅でしょうか。私、圭太君が通っておられる——」

 担任の先生だった。

「あ、父は特には問題はないみたいで。とりあえず三日位は入院して様子見ということです」

「生活は大丈夫か?」

「あ、はい。元々家事はやってたので。バイトもしてますし、父も意識がない訳じゃないので。あ、父の友達……も、来てくれるみたいですし……」

「そう。それは良かった。でも君はまだ未成年だから、何かあった時は遠慮せずに連絡するようにな」

「……はい。ありがとうございます」

「文化祭はどうする?」

「あ……お休み……します」

「……わかった。まぁ、無理のないようにな。また文化祭以降休むようなら連絡するように」

「はい」

「では」と言って電話は切れた。

 何か、優しいのか何だかわかんない先生だな。……ま、優しい方ではあるのか。

「そういえば和夫おじさんが来てくれるんだっけ。そろそろ着くかな」

 そう呟いて部屋に置いてきたスマホを取りに行く。

 スマホにはちょうどおじさんからメッセージが来てて、
『今病院着いた。ちょっと面会してくるから終わったら一緒に飯でも食おう。また連絡する』
 だって。

「良かったですわね」

「何が?」

「大人の方が来て下さると安心するじゃありませんか。それに美味しいご飯を食べさせていただけるかもしれませんわよ」

「……そうかもね」

 ……焼き肉とか、いいよな……。

 とりあえず『了解』って返信して着替える。
 部屋に居ても何だか落ち着かないし、マダムに後で何か言われないように野菜ジュースも飲んどくか。

 キッチンで野菜ジュースを飲んでから、リビングのソファに腰掛ける。ぼーっと、壁にかかっている、誰だかわからない女の人の肖像画を眺める。
 そういえば、あの肖像画に「行ってきます」って言った日からマダムの声が聞こえ始めた気がする……。あれ?もしかしてあの肖像画……。

 思考がそこへ流れたとき、ふいにスマホが震え出した。あれ、これは電話かな。画面を見ると、やっぱり和夫おじさんだ。

「もしもし」

『もしもし。圭太?』

「うん。圭太……です」

『おう。今病院出たわ。とりあえず飯行こう。迎え行くわ』

「了解…っす」

 そんな短いやりとりがあって、パタパタと準備をする。

 家の前で待ってると黒くて大きな車が目の前にスッと停まった。

「おう、圭太。久しぶりだな」

「和夫おじさん……っ!ありがとう……ございます……」

「気にすんな。それより乗れよ。何食いたい?」

「あ……焼き肉?」

「あははは!やっぱ男は焼き肉だよな?!よし、行こうぜ!何か良いとこ調べてくれよ」

「あ……はい」

 それから、二人で食べ放題の焼き肉屋さんに行って、いっぱい食べた。「食え食え!」って言われて、散々食べた後に「やっぱ締めはこれだよな」とか言ってクッパが出てきた時はびっくりしたけど、何とか食べ切った。

「なぁ、圭太」

 帰りの車の中で、ハンドルを握りながらおじさんが言った。

「宗佑にはよ、すんげー説教しといたから。圭太を寂しがらせんなよって」

「別に、寂しい……とかじゃ……」

 何か、胸の奥が「うっ」てなった。

「圭太も、無理すんなよ?お前ら親子で黙って無理するからよ」

 黙って頷くけどつい言葉が出てくる。

「……でも」

「ん?」

「……でも、でも!……俺、父さんの、迷惑には、なりたく……ない……し」

 車が停まる。
 おじさんの手が、僕の頭にポンって置かれる。
 僕の頭をワシャワシャと撫でながらおじさんが言う。

「大丈夫だ。子供なんて親に迷惑かけるもんだ。俺も宗佑もそうやって育ってきた。圭太は頑張りすぎだ。もっと甘えて良い」

「でも、父さんあんまり家に居ないし……」

 おじさんが、いきなり歯を剥き出して笑う。ちょっと怖い。

「そう言うの、よぉぉぉく言い聞かせて来たから、また聞いてみな?」

「はっはっは」って笑いながらまた車のハンドルを握るおじさん。
 ……父さん、怒られ過ぎて灰になってないかな……。ま、いっか。


 おじさんは家まで送ってくれて、去って行った。今日は駅前のホテルに泊まるらしい。泊まってくれても良かったんだけど「酒飲んで圭太に迷惑かけそうだからやめとくわ」って断られた。思わず苦笑いしちゃったよね。

 家に帰ると当たり前だけど真っ暗で、なんだか寂しい。あれ、……僕、寂しかったの……かな?ふるふると首を振って電気を点ける。
 リビングまで進むとあの肖像画が目に入った。自然と足が引き寄せられる。
 よく見ると何だか埃っぽい。

「ふふふ。懐かしいですわね」

 マダムの声が響く。

「あ、やっぱりこれ、マダムだったりする?」

「うふふふ。さぁ、どうですかしらね」

「何で誤魔化すのさ」

「謎は謎のままのほうが素敵ですわ」

「そうなの?」

「ええ!乙女の秘密ですわ!」

「乙女って……」

 軽くため息をついてホコリ取りワイパーを持ってくる。
 肖像画のホコリをシュッシュと取っていると、カタンと肖像画が傾いた。

「あ、やっちゃった」

 そう呟いて、肖像画を真っ直ぐに戻そうと持ち上げると、パサッと小さな本が出てきた。とにかく肖像画を戻して本を拾う。

「なんだこれ……ノート?」

 茶色くなってて今にも破れそう。そっと机に置く。そのままページを開いてみるけど、漢字とカタカナでなんだかとっても読みにくい。……字が綺麗過ぎて読めないってやつかも。
 とりあえず本は置いておいて掃除を始める。

 額縁、棚の上、テレビの画面。ちょっとした隙間なんかのホコリをシュッシュッシュッと取って行く。
 だんだん楽しくなってきて掃除機までかけ始め、最後にウェットシートで床まで拭く。
 リビングとダイニングが一通り綺麗になったところで「ふぅっ」と息をつく。気付くとあんなにパンパンだったお腹もこなれていた。

 ——こういうタイミングで大体マダムが変なこと言ってきたりするんだけど……。ま、いいや。

 時間も遅くなっちゃったし、今日はもう寝よう。軽くシャワーを浴びて、寝ることにした。明日は父さんに荷物持って行かなきゃだしな。
 ほんとは文化祭だったけど……。ま、仕方ないな。

 父さんが元気になったら、お詫びでDVD-BOXでも買ってもらおっかな……。
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