魔法が使えない出来損ないの私は、野蛮な辺境伯に嫁がされましたが、今日も溺愛……されてます?!

小野紅白

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5.旅路

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「姉さん……。姉さぁん。姉さぁぁん!!」

 鼻をズビズビと啜りながら抱きついてくるラウルの背中をポンポンと叩く。
 今日はこの町に泊まって明日の朝出発……なのだけれど、泊まる宿の受付の前でラウルがこうなってしまった。

「ラウよぉ……。お前、明日の朝も見送りに来るんだろ?今日これだったら明日どうなんだよ。一生出発出来ねぇぜ?」

 そう言ったのは、これから辺境伯領へ行くまでの護衛を請け負ってくれた冒険者パーティ、竜の息吹の大盾使い、バルガさん。

「そうだよ。いつまでもここに居ると迷惑だし、すっごい目立ってるよ?」

 同じく竜の息吹の斥候、猫獣人のカリンさんからもそんな事を言われる。

 確かに辺りを見回すと、他のお客さんの好奇の目や呆れた顔なんかに晒されていて、ちょっと恥ずかしい。

「ラウル、私は大丈夫だから。ね?」

「俺が大丈夫じゃない……」

「ラウル……。分かったわ。じゃあ、これをあげる」

 私がポシェットから取り出してラウルに差し出したのはシンプルな銀色のブレスレット。

「姉さん、これは?」

「ふふふ。お母様の形見よ」

 これはお母様が亡くなる前に私にくれた、唯一のもの。家の人たちに取り上げられないように何とか隠し通してきた。

「そんなの、受け取れないよ」

「いいえラウル。私と、お母様だと思って、受け取ってくれないかしら」

「グスン……。わかった。……ありがとう。姉さん……」

「とっても感動的だけど、ラウ、明日の朝も見送りに来るのよね?」

 竜の息吹のヒーラー、ケイティさんがそう言う。

「当たり前だよ!」

 勢いよく言うラウル。我が弟ながら少し心配になってしまう。

「ラウル、寂しいけれど、今日はお家に帰った方が良いわ。お父様たちも心配されているでしょうし……」

「そうだよラウ。君のお姉さんは僕たちがきっちり守るからさ。安心してよ」

 竜の息吹のリーダーで剣士のルークさんがそう言ってくれる。

「そうよラウル」

「……姉さんがそう言うなら……」

 ラウルはそう言って私から離れて竜の息吹を見る。

「姉さんを、よろしくお願いします」

 そう言って頭を深く下げる。

「もちろん!」
「任せとけ!」
「了解」
「もちろんよ」

 竜の息吹がそれぞれに応えてくれて、ラウルは頭を上げ、そして私を見て、ふっとかき消えた。

「いやぁ、いつ見ても凄えなぁ。ラウの転移魔法はよぉ」

 と、バルガさん。ラウルが褒められるのは何だか誇らしい。

「そうだね。……やっと行ったね」

「弟が、すみません」

 そう言うと、カリンさんはぶんぶんと凄い勢いで首を横に振る。

「良いのよ。ラウは私たちにとっても弟みたいなもんだし、お姉さんには初めて会ったけど、まぁ……ラウの気持ちもわかるしね」

 ケイティさんがそう言ってくれて、ルークさんが続ける。

「そうですよ。だから気にしないで。さ、ここに居ても仕方ないから、皆部屋へ戻ってゆっくり休もう」

 そうしてその日は、ゆっくりと過ぎていった。

 ケイティさんとカリンさんにラウルの冒険者の時の話を聞いたり、逆に子供の頃のラウルの話をしたりなんかしたけれど、それはまた別のお話。



 ————

 転移で直接自分の部屋に帰った俺は、一度着替えて、ぐしゃぐしゃになった顔も整える。
 姉さんがくれたブレスレット……。とりあえず盗難避けで位置が俺にわかるようにして……。あとは不壊だな。状態保存もいるか……。
 急いで作業を終わらせると丁度良い時間になる。そろそろ晩餐だろう。
 部屋の外に出て食堂へ向かう。

 席について待っていると父上と義母上、そして義妹のリリシアーナがやってきた。
 いつも通り祈りを捧げ、食事を始める。

「ラウレディオ。今日は仕事を放り出してどこへ行っていたのだ」

 食事が進み、後はデザートを待つだけになった時、父上がそう言った。
 食後のサロンで切り出そうと思っていたが仕方ない。

「北の町です」

「なぜ」

「姉上の件です」

 父上の顔が険しくなる。

「……父上は姉上が護衛騎士も侍女も付けられずに辺境伯領へ行ったことはご存知ですか?」

「なんだと?」

「いくら姉上や辺境伯が魔法が使えないとはいえ、貴族同士の結婚です。ましてや身分は向こうが上。こちらからは、姉上の身一つと結婚式のドレスだけで嫁に出すなど、いくら何でも沽券に関わるのでは?」

「あら、それはあの子が断って来たのよ」

 そう言ったのは義理の母上だ。

「何故です」

「何故って、あの子、こう言ったのよ。魔法も使えないのに、今まで育てていただいただけでそれ以上は求められない。それに、辺境などという恐ろしい土地に他の者を連れて行くなんて事はできない。ですって。本当に優しい子ですわ」

 義母が出てもいない涙をハンカチで拭く。

「ふむ。そう言うことか。ラウレディオ、お前の早とちりだ」

「しかし父上」

 姉さんは襲われかけたんだ。もしあの時護衛が居たら……。いや、待てよ。もしかして……。

「ラウレディオ、良いな?辺境伯には私から手紙を出しておこう。ついでに幾らか包んでおけば文句もあるまい」

「旦那様、それでは……」

 口を挟む義母を手で制して父上は続ける。

「そもそも今回の嫁入りはあちらからの希望だ。結納金の約束もある。なぁに、返ってくる金だよ」

 我が父ながら虫酸が走る。

「それでラウレディオお兄様。お姉様にはお会いされましたの?」

 義妹が問いかけてくる。

「……いや、会えなかったよ」

 平静を装い、肩をすくめて答える。そして両親に向かって言う。

「そういう事だったのですね。今回は私の早とちりで家を空けてしまい、申し訳ありませんでした」

 頭を下げる。……屈辱的だ。
 もし、ギルマスの言うことが本当で、辺境伯がいい奴なのだとしたら……。
 姉さんは、この家に居るよりは、マシなのかもしれない……。


 ————


 夜が明けて出発の朝。
 銀色のブレスレットを付けたラウルが、朝一番にやって来てまた泣く。なんてこともあったけれど無事に出発した。
 捨てられた仔犬みたいな顔をするものだから、つい笑ってしまったけれど、あんなにくるくると表情が変わるラウルなんて初めて見たから、少し嬉しかった。
 彼に、家以外の居場所があって、本当に、良かった。


 旅は順調に進んだ。
 竜の息吹の皆さんは上手く日程を考えてくれていて、毎日街や宿場町のどこかの宿で寝られて、一度も外で寝るなんて事はなかった。
 初めて見るものもたくさんあって、とても楽しく過ごせた。

 ある町では、

「ねぇねぇ、あの布綺麗じゃない?」
「良いと思う」
 なんて言って、いきなりケイティさんとカリンさんが私に布を一巻き買ってくれたり、旅の思い出でお揃いのチャームを買ったりした。
 ラウルが拗ねないようにって一つ多く買ってたのが面白かったな。
 私の分のお金は全部ラウルから預かってるからって受け取ってくれなかった。

 そんな日が十日程過ぎて、私がすっかり旅に慣れた頃。私たちは、遂に辺境伯領の領都へ着いた。
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