3 / 18
第三稿 仮面文芸即売会
しおりを挟む
ヴィラントから婚約破棄を宣言された夜。
いつものように自室の机でハメレイの続きを書いているが、進まない。昼間の一件が思った以上に精神的に尾を引いている。
ヴィラントは、真面目で勤勉な第三皇子だった。
他の生徒達の前で、あんな理由で婚約破棄を告げられたのは屈辱だが、自分相手に顔を赤らめることなどなかった元婚約者が、物語の登場人物達を語る時には真っ赤になっていたのもまた、複雑だ。
隙間を開けていた窓から一通の白い封筒が羽ばたくように入ってきて、ナディアの前で止まった。ピリピリと封が一人でに破られ、中身の便箋が空中に広がる。
お互い匿名で送り合える魔法の手紙だ。
『ハメレイ最新話まで一気読みしました! ずっと頑なだったマチルダが、主人公に抱きしめられて「あたくしを選んで」と懇願する場面に感動。可愛い子ばっかりで続きが楽しみです! 応援してます!
P.N.考える葦』
窓から、また別の封筒が飛び込んでくる。
ハメレイの感想や応援だろう。
虚しい。
自分が書いた物語を誰かに読んでほしいと、ずっと思っていた。
今は沢山の人に読んでもらえているのに、寂しい。
それでも、それに縋り付いてしまう自分。
ハメレイは黒歴史で、甘美な毒だ。
それを、自分が認められていると思うために利用し続ける私は最低だ。
どうしてこうなったのか考え始めると、時は一年前に遡る。
仮面文芸即売会の存在を知ったばかりの頃の私は、意気揚々と自分の作品を持ち込んだ。
淑女達の流行りを知らず、また、知っても、自分は自分、と思っていた。
テンプレ通りの作品など、つまらない。
作品は、完全に自由でなければ世に生まれてくる価値がない。
そんな想いは、結局私の独りよがりで……私のテーブルの前を立ち止まりもせず通り過ぎていく人々の姿を見て、あえなく砕け散った。
テンプレでなければ、淑女達の目に留まることすらできない。
(違う)
何度目かの即売会の時に、誰にも興味を持たれない状況に、とうとう耐えられなくなった。
目の前に沢山の人がいるのに、彼らと私の世界には隔たりがあった。
『彼らにはお前が見えてない、ほら、お前は独りだろ?』
『誰にも求められない物語に、価値はあるのか?』
『皆に求められる話が書けない人間に、価値はあるのか?』
世界は残酷に、繰り返し私に問いかけた。
つ、と涙が流れて、焦って拭いた。
その時、一人の男子生徒が私のテーブルの前で足を止めた。
彼は何か迷うような空白の後、
「面白そうだね」
と、低い声で一言呟いて、私の本を一冊買っていってくれた。
『星の花びら、地に堕ちて』
それは、ジェイミーと言う女の子が、地上に咲く星の花を探す話だった。
本を手渡す時、仮面の下から覗く彼の紫色の瞳が、興味深そうに輝いていた。
「あの、ありがとうございます」
そう声をかけると、ふ、と空気が揺らいだ。
微笑まれたのだ。
艶のある彼の髪が蝋燭の灯りにきらめく。
形の良い長い指が、私の本を大事そうに抱えてくれる。
私の本だけを。
瞬きをすると視界がぼやけた。
さっき拭いた涙がまた、溢れてくる。
けれど今は、心がじわりと温かかった。
その物語の続きを必ず買っていく彼がいてくれたから、流行に頼らず、もう少し踏ん張ろうと思えた。
そういえば。
彼が私のテーブルに現れなくなったのは、私が淑女達の流行を意識し始めた辺りからだ。
昼間、目の前で婚約破棄を告げたヴィラントの瞳を思い出す。
仮面文芸即売会で出会った彼と同じ紫色だった。
まさか、ね。
あんなに気さくなヴィラントの声を聞いたことなど無いし、紫色の瞳の男子生徒なんて他にもいる。
いつものように自室の机でハメレイの続きを書いているが、進まない。昼間の一件が思った以上に精神的に尾を引いている。
ヴィラントは、真面目で勤勉な第三皇子だった。
他の生徒達の前で、あんな理由で婚約破棄を告げられたのは屈辱だが、自分相手に顔を赤らめることなどなかった元婚約者が、物語の登場人物達を語る時には真っ赤になっていたのもまた、複雑だ。
隙間を開けていた窓から一通の白い封筒が羽ばたくように入ってきて、ナディアの前で止まった。ピリピリと封が一人でに破られ、中身の便箋が空中に広がる。
お互い匿名で送り合える魔法の手紙だ。
『ハメレイ最新話まで一気読みしました! ずっと頑なだったマチルダが、主人公に抱きしめられて「あたくしを選んで」と懇願する場面に感動。可愛い子ばっかりで続きが楽しみです! 応援してます!
P.N.考える葦』
窓から、また別の封筒が飛び込んでくる。
ハメレイの感想や応援だろう。
虚しい。
自分が書いた物語を誰かに読んでほしいと、ずっと思っていた。
今は沢山の人に読んでもらえているのに、寂しい。
それでも、それに縋り付いてしまう自分。
ハメレイは黒歴史で、甘美な毒だ。
それを、自分が認められていると思うために利用し続ける私は最低だ。
どうしてこうなったのか考え始めると、時は一年前に遡る。
仮面文芸即売会の存在を知ったばかりの頃の私は、意気揚々と自分の作品を持ち込んだ。
淑女達の流行りを知らず、また、知っても、自分は自分、と思っていた。
テンプレ通りの作品など、つまらない。
作品は、完全に自由でなければ世に生まれてくる価値がない。
そんな想いは、結局私の独りよがりで……私のテーブルの前を立ち止まりもせず通り過ぎていく人々の姿を見て、あえなく砕け散った。
テンプレでなければ、淑女達の目に留まることすらできない。
(違う)
何度目かの即売会の時に、誰にも興味を持たれない状況に、とうとう耐えられなくなった。
目の前に沢山の人がいるのに、彼らと私の世界には隔たりがあった。
『彼らにはお前が見えてない、ほら、お前は独りだろ?』
『誰にも求められない物語に、価値はあるのか?』
『皆に求められる話が書けない人間に、価値はあるのか?』
世界は残酷に、繰り返し私に問いかけた。
つ、と涙が流れて、焦って拭いた。
その時、一人の男子生徒が私のテーブルの前で足を止めた。
彼は何か迷うような空白の後、
「面白そうだね」
と、低い声で一言呟いて、私の本を一冊買っていってくれた。
『星の花びら、地に堕ちて』
それは、ジェイミーと言う女の子が、地上に咲く星の花を探す話だった。
本を手渡す時、仮面の下から覗く彼の紫色の瞳が、興味深そうに輝いていた。
「あの、ありがとうございます」
そう声をかけると、ふ、と空気が揺らいだ。
微笑まれたのだ。
艶のある彼の髪が蝋燭の灯りにきらめく。
形の良い長い指が、私の本を大事そうに抱えてくれる。
私の本だけを。
瞬きをすると視界がぼやけた。
さっき拭いた涙がまた、溢れてくる。
けれど今は、心がじわりと温かかった。
その物語の続きを必ず買っていく彼がいてくれたから、流行に頼らず、もう少し踏ん張ろうと思えた。
そういえば。
彼が私のテーブルに現れなくなったのは、私が淑女達の流行を意識し始めた辺りからだ。
昼間、目の前で婚約破棄を告げたヴィラントの瞳を思い出す。
仮面文芸即売会で出会った彼と同じ紫色だった。
まさか、ね。
あんなに気さくなヴィラントの声を聞いたことなど無いし、紫色の瞳の男子生徒なんて他にもいる。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
彼女(ヒロイン)は、バッドエンドが確定している
基本二度寝
恋愛
おそらく彼女(ヒロイン)は記憶持ちだった。
王族が認め、発表した「稀有な能力を覚醒させた」と、『選ばれた平民』。
彼女は侯爵令嬢の婚約者の第二王子と距離が近くなり、噂を立てられるほどになっていた。
しかし、侯爵令嬢はそれに構う余裕はなかった。
侯爵令嬢は、第二王子から急遽開催される夜会に呼び出しを受けた。
とうとう婚約破棄を言い渡されるのだろう。
平民の彼女は第二王子の婚約者から彼を奪いたいのだ。
それが、運命だと信じている。
…穏便に済めば、大事にならないかもしれない。
会場へ向かう馬車の中で侯爵令嬢は息を吐いた。
侯爵令嬢もまた記憶持ちだった。
どうやら婚約者の隣は私のものではなくなってしまったようなので、その場所、全てお譲りします。
皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。
完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。
本当に現実を生きていないのは?
朝樹 四季
恋愛
ある日、ヒロインと悪役令嬢が言い争っている場面を見た。ヒロインによる攻略はもう随分と進んでいるらしい。
だけど、その言い争いを見ている攻略対象者である王子の顔を見て、俺はヒロインの攻略をぶち壊す暗躍をすることを決意した。
だって、ここは現実だ。
※番外編はリクエスト頂いたものです。もしかしたらまたひょっこり増えるかもしれません。
公爵令嬢クラリスの矜持
福嶋莉佳
恋愛
王太子に「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄された公爵令嬢クラリス。
だがその瞬間、第二王子ルシアンが彼女の手を取る。
嘲笑渦巻く宮廷で、クラリスは“自分に相応しい未来”を選び抜いていく物語。
たのしい わたしの おそうしき
syarin
恋愛
ふわふわのシフォンと綺羅綺羅のビジュー。
彩りあざやかな花をたくさん。
髪は人生で一番のふわふわにして、綺羅綺羅の小さな髪飾りを沢山付けるの。
きっと、仄昏い水底で、月光浴びて天の川の様に見えるのだわ。
辛い日々が報われたと思った私は、挙式の直後に幸せの絶頂から地獄へと叩き落とされる。
けれど、こんな幸せを知ってしまってから元の辛い日々には戻れない。
だから、私は幸せの内に死ぬことを選んだ。
沢山の花と光る硝子珠を周囲に散らし、自由を満喫して幸せなお葬式を自ら執り行いながら……。
ーーーーーーーーーーーー
物語が始まらなかった物語。
ざまぁもハッピーエンドも無いです。
唐突に書きたくなって(*ノ▽ノ*)
こーゆー話が山程あって、その内の幾つかに奇跡が起きて転生令嬢とか、主人公が逞しく乗り越えたり、とかするんだなぁ……と思うような話です(  ̄ー ̄)
19日13時に最終話です。
ホトラン48位((((;゜Д゜)))ありがとうございます*。・+(人*´∀`)+・。*
【完結】救ってくれたのはあなたでした
ベル
恋愛
伯爵令嬢であるアリアは、父に告げられて女癖が悪いことで有名な侯爵家へと嫁ぐことになった。いわゆる政略結婚だ。
アリアの両親は愛らしい妹ばかりを可愛がり、アリアは除け者のように扱われていた。
ようやくこの家から解放されるのね。
良い噂は聞かない方だけれど、ここから出られるだけ感謝しなければ。
そして結婚式当日、そこで待っていたのは予想もしないお方だった。
リアンの白い雪
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。
いつもの日常の、些細な出来事。
仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。
だがその後、二人の関係は一変してしまう。
辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。
記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。
二人の未来は?
※全15話
※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。
(全話投稿完了後、開ける予定です)
※1/29 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる