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第十一稿 物語の魔女【side:クローヴィス】
しおりを挟む寮の自室で、クローヴィスはナディアの物語を読み耽っていた。
心を捉え揺さぶりをかけるナディアの物語の力は、嵐のように暴力的で情熱的で、簡単には抗えない。
『星の花びら、地に堕ちて』なんてタイトルだから、童話のような話を想像していた。
全く違う。
この物語は主人公ジェイミーが、地上に咲く星の花を探す話だが、度重なる災禍がジェイミーを酷く苦しめる。
試練だらけの中、ジェイミーは軽やかに物語の先へと駆けていく。
[心に一つ、星を宿そう。
私を守り、鼓舞し、明日へと送り出してくれる星。
悲しみや孤独が私を苛もうとするなら、飲み干そう。
そして明日には、ご馳走様と笑ってやる。]
家族を亡くして、友人と別れ、周囲に理不尽に迫害され。それでも、彼女は希望をなくさず次へと歩み出す。
待ってくれ。
どうしてお前は平然としている。
そんなに無防備なのに、なぜ笑顔を浮かべられる?
なぜ諦めない?
私は、とっくに。
気付けば物語の中のジェイミーに問いかけていた。重なっていく、ジェイミーとナディアの面差し。
そして気付けば、即売会に顔を出せる日にはナディアの新刊を探すようになっていた。
彼女は、物語の魔女だ。
無害そうな淑女なのに、ひとたび彼女が紡ぎ出す言の葉に触れれば、人は彼女の物語の世界に絡め取られる。
本を手渡す彼女は、通い初めこそ戸惑っていたが、何度目かになってくると口元に微笑みを浮かべてくれた。
嬉しそうな様子の彼女を見ると、不思議と自分も嬉しくて。
(ミイラ取りが……)
いつからか、弟のヴィラントが憎らしく……いや、妬ましく思うようになっていた。
ナディアの近くにいながら、ヴィラントの眼中に彼女はいない。なら、いっそのこと——
彼女の中に暴れ狂う知性と情熱の存在を、弟は知らないだろう。
彼女は自分の本性を上手く隠している。
ひょっとすると、彼女自身気付いていない激しさなのかもしれない。
ナディアのような、苛烈な内側を持つ女性と弟が釣り合うとも考えづらい。ヴィラントは内向的で大人しいタイプだ。
まっすぐな黒髪と、深い青の瞳を持つナディア・クライノート。
彼女はクライノート公爵家の次女で、ヴィラントとの婚約は2ヶ月前。母親同士の希望から交わされた政略婚。
つまり、そこにナディアの意志は無い。
婚約が解消されたからと言って彼女が傷つくことはないはずだ。
元々ヴィラントの妃にと願われる彼女だ。家格は問題無い。
……何に、問題無いと?
私は一体何を考えている?
弟から婚約者を奪うことを真剣に考え始めている自分にゾッとした。
全く理性的じゃない。
ナディアには一人、未婚の姉がいる。
ナディアではなく、その姉ならば自分の妃に願っても。
いや。
ナディアでなければダメだ。
彼女でなければ、この力ある言葉を生み出せない。
持て余す、無い物ねだりのような感情。
そんな折だった。
遺跡から発見された魔法薬についての報告が自分の元に届いた。
飲んだ人間に、目にした言葉を我がことと思い込ませる薬——つまり、洗脳薬だった。
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