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第十五稿 本の中の運命の人【side:ヴィラント】
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幼い頃から、完璧なクローヴィス兄上と比べられてきた。
何をやっても、周囲からは不出来な弟皇子と言われ続けた。
兄は私に優しかったけれど、いつも先回りして私のフォローをこなす底知れない所が怖かった。
「お前はお前のままでいい」と兄は言う。
けれど私は、兄に迷惑をかけてばかりの自分が許せなかった。
必死で学問や武術、魔法に取り組んだ。努力が実り、ゆっくりだが結果もついてきた。それでも兄の優秀さには全く及ばない。
少しも気を抜いてはいけなかった。
油断したが最後、私は皇帝一家のお荷物に逆戻りだ。
そんな折、母の希望で婚約が決まった。
相手は、同じノーヴァ帝国魔法学校に通うナディア・クライノート。
クライノート公爵家の次女。歳は17。
性格は大人しく、特徴が無い。
趣味は読書ということだったが、同じく読書を好む自分と会話が盛り上がることはなかった。
好きな本の種類が違うのだろう。
(私に相応しい、何の取り柄も無さそうな娘だ)
結婚は皇族の重要な仕事の一つだ。
いずれクローヴィス兄上が皇帝となるノーヴァ帝国。
兄の治世を盤石なものとするには、皇族達の結束が必要だった。
自分は兄の足手纏いにならぬよう心がけ、クライノート家の娘にも、皇族の歯車として動いてもらわなければ。
男子生徒達の間で噂の本、『破滅エンドを回避させた令嬢達が僕を毎晩悩ませてくる』と出会ったのは、そんな時だった。
初めは、男子の欲情を煽る不届きな本と軽蔑していた。
しかし検閲の気分で読んでみれば、その本に出てくる令嬢達が全員愛らしく思えた。
特にメインヒロインのマチルダは、気が強いと見せかけて、劣等感を抱えた傷つきやすい令嬢で、主人公につい甘えてしまって狼狽える姿に惹きつけられた。
[「あたくしが泣いていたことを、誰にも言わないで。弱い人間と思われたくないの」
朝焼けの中でマチルダの頬を触ると、彼女は恥じらうように視線を逸らした。
「貴方のそばにいると、貴方の温もりに縋ってしまう。あたくしは、そんな自分が大嫌い」]
彼女が誰よりも健気で可憐なことを、私だけが知っている。
沢山の傷を抱えたマチルダを、抱きしめてやりたい。
自分こそが、マチルダの一番の理解者になれる。
私とマチルダは苦しみを分かりあえる。
本の中の令嬢に特別な繋がりを感じ、気付けばハメレイを何度も読み返していた。
——ある日。
兄のクローヴィスが、紅茶と一冊の本を寮の私の部屋に届けてくれた。
「淑女達の間で流行っている本だよ。社会勉強だと思って、楽な気持ちで読んでみると良い」
従者が並べる茶器をチラリと見ながら、兄はいつもの柔らかな笑みを浮かべて言った。
「王都で評判の茶葉を手に入れてね。一緒にどうだ?」
「は、はい!」
敬愛する兄の優しさに感動した。
茶を口に含むと、まろやかな香りが鼻と口に広がった。
「美味しい。さすが兄上が選んだ紅茶ですね。とても香り高い」
「そうか、良かった。本も読んでほしいな」
そう言ってクローヴィスは、自分も本を取り出す。
「……今ここで、ですか?」
世にいう読書会だろうか。兄とそんな時間を過ごしたことがなく戸惑ってしまう。
だが、兄は学業と公務で多忙だ。自分とこんなことをしている場合では。
「こういう時間の過ごし方も、たまには良いだろう?」
兄にそう言われると、そんな気もしてくるのが不思議だ。
妙な気持ちのまま本の表紙を開く。
[「婚約を破棄させてもらう!」]
という男性の叫びから始まる婚約破棄の物語を読み始め、視線を上げると、兄と目が合った。
束の間そこに鋭さを感じた気もしたが、にっこりと微笑まれるとどうでも良くなった。
何をやっても、周囲からは不出来な弟皇子と言われ続けた。
兄は私に優しかったけれど、いつも先回りして私のフォローをこなす底知れない所が怖かった。
「お前はお前のままでいい」と兄は言う。
けれど私は、兄に迷惑をかけてばかりの自分が許せなかった。
必死で学問や武術、魔法に取り組んだ。努力が実り、ゆっくりだが結果もついてきた。それでも兄の優秀さには全く及ばない。
少しも気を抜いてはいけなかった。
油断したが最後、私は皇帝一家のお荷物に逆戻りだ。
そんな折、母の希望で婚約が決まった。
相手は、同じノーヴァ帝国魔法学校に通うナディア・クライノート。
クライノート公爵家の次女。歳は17。
性格は大人しく、特徴が無い。
趣味は読書ということだったが、同じく読書を好む自分と会話が盛り上がることはなかった。
好きな本の種類が違うのだろう。
(私に相応しい、何の取り柄も無さそうな娘だ)
結婚は皇族の重要な仕事の一つだ。
いずれクローヴィス兄上が皇帝となるノーヴァ帝国。
兄の治世を盤石なものとするには、皇族達の結束が必要だった。
自分は兄の足手纏いにならぬよう心がけ、クライノート家の娘にも、皇族の歯車として動いてもらわなければ。
男子生徒達の間で噂の本、『破滅エンドを回避させた令嬢達が僕を毎晩悩ませてくる』と出会ったのは、そんな時だった。
初めは、男子の欲情を煽る不届きな本と軽蔑していた。
しかし検閲の気分で読んでみれば、その本に出てくる令嬢達が全員愛らしく思えた。
特にメインヒロインのマチルダは、気が強いと見せかけて、劣等感を抱えた傷つきやすい令嬢で、主人公につい甘えてしまって狼狽える姿に惹きつけられた。
[「あたくしが泣いていたことを、誰にも言わないで。弱い人間と思われたくないの」
朝焼けの中でマチルダの頬を触ると、彼女は恥じらうように視線を逸らした。
「貴方のそばにいると、貴方の温もりに縋ってしまう。あたくしは、そんな自分が大嫌い」]
彼女が誰よりも健気で可憐なことを、私だけが知っている。
沢山の傷を抱えたマチルダを、抱きしめてやりたい。
自分こそが、マチルダの一番の理解者になれる。
私とマチルダは苦しみを分かりあえる。
本の中の令嬢に特別な繋がりを感じ、気付けばハメレイを何度も読み返していた。
——ある日。
兄のクローヴィスが、紅茶と一冊の本を寮の私の部屋に届けてくれた。
「淑女達の間で流行っている本だよ。社会勉強だと思って、楽な気持ちで読んでみると良い」
従者が並べる茶器をチラリと見ながら、兄はいつもの柔らかな笑みを浮かべて言った。
「王都で評判の茶葉を手に入れてね。一緒にどうだ?」
「は、はい!」
敬愛する兄の優しさに感動した。
茶を口に含むと、まろやかな香りが鼻と口に広がった。
「美味しい。さすが兄上が選んだ紅茶ですね。とても香り高い」
「そうか、良かった。本も読んでほしいな」
そう言ってクローヴィスは、自分も本を取り出す。
「……今ここで、ですか?」
世にいう読書会だろうか。兄とそんな時間を過ごしたことがなく戸惑ってしまう。
だが、兄は学業と公務で多忙だ。自分とこんなことをしている場合では。
「こういう時間の過ごし方も、たまには良いだろう?」
兄にそう言われると、そんな気もしてくるのが不思議だ。
妙な気持ちのまま本の表紙を開く。
[「婚約を破棄させてもらう!」]
という男性の叫びから始まる婚約破棄の物語を読み始め、視線を上げると、兄と目が合った。
束の間そこに鋭さを感じた気もしたが、にっこりと微笑まれるとどうでも良くなった。
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