ナディア・クライノートは筆を折る〜「私はこの小説のヒロイン達を愛している、三次元の女に興味は無い」と婚約破棄されましたが、それ書いたの私です

藤咲紫亜

文字の大きさ
14 / 18

第十四稿 結末を変える劇薬【side:クローヴィス】

しおりを挟む
 ナディアは、『星の花びら、地に堕ちて』の続きを書かなくなった。
 始めは、ナディアにも不調の時期があるのだろうと思っていた。

 仮面文芸即売会。
 彼女が流行物を書いても、彼女のテーブルに生徒達は来なかった。
 時々立ち止まる生徒がいても、買いはしない。
 多分、ナディアは流行を追いきれていない。見た目を真似ても、彼女の本の中身は淑女達の求めるものとは少し違うのだろう。

 ナディアの『迷走』とも言えるこの時期を、自分は遠くから見守ることにした。
 早く『星の花びら、地に堕ちて』の続きを書けばいいのに、と思いながら。

 ある頃から異変が起きた。
 ナディアのテーブルに、学校中からかき集めたのではと思うほど沢山の男子生徒達が集まっている。
 彼女が新しく書き始めた物語が、男子達の心を捉えたらしい。

 彼女の文章には、魔力がある。
(気付くのが遅いんだよ)
 その時もまた、列を作る生徒達を見てどこか呆れていた。
 
 列に並ぶ時間はなかったので、後日従者に、ナディアの本も含めた生徒達の間で流行っている本を買いに行かせた。

『破滅エンドを回避させた令嬢達が僕を毎晩悩ませてくる』
 通称ハメレイ。
 男子生徒達の間でちょっとした騒ぎになっているナディアの本。

 その実物の表紙を見て考える。
 タイトルは完全に紳士向けの流行作品だ。今まで淑女向けの流行を追おうとしていたのに、どうしたのか。
 この頃には、ハメレイは学校中で噂になっていた。
 男子達は口々に「エロい」と言う。

 下品な言葉で彼女の作品が評されるのは不快だが、彼女のことだから、何か高尚なことを描こうとしたのではないか。
 芸術は時に扇情的だ。

 しかし。

 ハメレイを最新話まで読み終えて、重いため息をついた。
 これは芸術を追求した作品ではない。
 彼女は、自暴自棄になった。

 丹精込めて書き上げた物語が、みんなに読まれない。
 流行を追い始めた彼女から、自分も遠のいていた。
 自分の作品が誰からも興味を持たれない状況。それが彼女を追い詰めた。

 「あたくしを選んで」という、ナディア自身の叫びとも取れるマチルダの言葉が、心に棘のように突き刺さって抜けない。
 自分の胸の痛みがそれでおさまる訳でもないのに、ハメレイの表紙を何度も撫でる。

 痛ましい。
 紳士達をそそるような言葉で溢れるハメレイから、彼女の深い悲しみが伝わってきた。

 彼女はこのまま、誰にも自分の本当の価値を知られず一生を終えるのか。
 夫にも——ヴィラントにも、理解されないまま。

 厳重に鍵をかけた金庫から、魔法薬の瓶を取り出す。

 どの本と組み合わせれば、誰に使えば、彼女を救えるのか。
 従者が即売会で買ってきた大量の『流行の本』達を手に考えた。

 NTR。紳士達のトレンド。これを使うならヴィラントだろうか。ヴィラントから、私がナディアを奪うストーリー。
 いや。NTRには大体奪われた男側の復讐がセットで描かれる。奪った男性側はバッドエンドだ。
 これはダメだ。

 次の本に目を移す。
 『シークレットベビー』の煽り文句に目が行く。
 淑女向けのトレンドの一つだ。秘密の赤子。
 主人公の淑女が、身分違いの男性と恋に落ちて深い仲になり子ができるが、その男性の目の前から消える。
 最後には、男性と結ばれてハッピーエンド。
 叶わぬ恋が成就するストーリーだ。

「叶わぬ恋……」
 自分達の状況に合っている。
 この物語をナディアに使ったら。

 部屋の隅の暗がりを見つめる。
 蝋燭の灯りにぼんやりと浮かび上がる人影。
——「クローヴィス様」
 身体の線が透けてしまいそうな薄着のナディアが、危うい眼差しで囁いてくる。
——「今宵、クローヴィス様の時間を私に」

「!!」
 なんだ、今のは。
 顔を覆い、とんでもない妄想をしてしまった自分を嫌悪した。
 さっきハメレイを読んだせいかもしれないが、彼女に対するひどい冒涜だ。

 大体、相手がうっかりヴィラントや別の男になったら、それこそ自分は立ち直れない。

 手に持った本を一度机の上に並べ、その中から一番有力と思われる『婚約破棄』物の本を手に取った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

彼女(ヒロイン)は、バッドエンドが確定している

基本二度寝
恋愛
おそらく彼女(ヒロイン)は記憶持ちだった。 王族が認め、発表した「稀有な能力を覚醒させた」と、『選ばれた平民』。 彼女は侯爵令嬢の婚約者の第二王子と距離が近くなり、噂を立てられるほどになっていた。 しかし、侯爵令嬢はそれに構う余裕はなかった。 侯爵令嬢は、第二王子から急遽開催される夜会に呼び出しを受けた。 とうとう婚約破棄を言い渡されるのだろう。 平民の彼女は第二王子の婚約者から彼を奪いたいのだ。 それが、運命だと信じている。 …穏便に済めば、大事にならないかもしれない。 会場へ向かう馬車の中で侯爵令嬢は息を吐いた。 侯爵令嬢もまた記憶持ちだった。

どうやら婚約者の隣は私のものではなくなってしまったようなので、その場所、全てお譲りします。

皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。 完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

本当に現実を生きていないのは?

朝樹 四季
恋愛
ある日、ヒロインと悪役令嬢が言い争っている場面を見た。ヒロインによる攻略はもう随分と進んでいるらしい。 だけど、その言い争いを見ている攻略対象者である王子の顔を見て、俺はヒロインの攻略をぶち壊す暗躍をすることを決意した。 だって、ここは現実だ。 ※番外編はリクエスト頂いたものです。もしかしたらまたひょっこり増えるかもしれません。

公爵令嬢クラリスの矜持

福嶋莉佳
恋愛
王太子に「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄された公爵令嬢クラリス。 だがその瞬間、第二王子ルシアンが彼女の手を取る。 嘲笑渦巻く宮廷で、クラリスは“自分に相応しい未来”を選び抜いていく物語。

たのしい わたしの おそうしき

syarin
恋愛
ふわふわのシフォンと綺羅綺羅のビジュー。 彩りあざやかな花をたくさん。 髪は人生で一番のふわふわにして、綺羅綺羅の小さな髪飾りを沢山付けるの。 きっと、仄昏い水底で、月光浴びて天の川の様に見えるのだわ。 辛い日々が報われたと思った私は、挙式の直後に幸せの絶頂から地獄へと叩き落とされる。 けれど、こんな幸せを知ってしまってから元の辛い日々には戻れない。 だから、私は幸せの内に死ぬことを選んだ。 沢山の花と光る硝子珠を周囲に散らし、自由を満喫して幸せなお葬式を自ら執り行いながら……。 ーーーーーーーーーーーー 物語が始まらなかった物語。 ざまぁもハッピーエンドも無いです。 唐突に書きたくなって(*ノ▽ノ*) こーゆー話が山程あって、その内の幾つかに奇跡が起きて転生令嬢とか、主人公が逞しく乗り越えたり、とかするんだなぁ……と思うような話です(  ̄ー ̄) 19日13時に最終話です。 ホトラン48位((((;゜Д゜)))ありがとうございます*。・+(人*´∀`)+・。*

【完結】救ってくれたのはあなたでした

ベル
恋愛
伯爵令嬢であるアリアは、父に告げられて女癖が悪いことで有名な侯爵家へと嫁ぐことになった。いわゆる政略結婚だ。 アリアの両親は愛らしい妹ばかりを可愛がり、アリアは除け者のように扱われていた。 ようやくこの家から解放されるのね。 良い噂は聞かない方だけれど、ここから出られるだけ感謝しなければ。 そして結婚式当日、そこで待っていたのは予想もしないお方だった。

リアンの白い雪

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。 いつもの日常の、些細な出来事。 仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。 だがその後、二人の関係は一変してしまう。 辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。 記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。 二人の未来は? ※全15話 ※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。 (全話投稿完了後、開ける予定です) ※1/29 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

処理中です...