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第三十稿 心に一つ、星を宿して
しおりを挟む執務室の窓から遠くに見える城壁。
王宮という、巨大な檻。
彼にまとわりつく鎖が見えた気がした。
「クローヴィス様」
私の頬に触れる彼の手に、自分の手を重ねた。
「貴方のために物語を書きます。『檻の中』とクローヴィス様は言ったけど、私は檻も鎖も無い世界に、貴方の魂を連れていく。貴方が私の物語を愛してくれるなら……この命がある限り、一緒にいます」
心に一つ、星を宿そう。
私を守り、鼓舞し、明日へと送り出してくれる星。
悲しみや孤独も飲み干して。
最後の眠りにつく時に、「ご馳走様」と笑ってやるのだ。
これからどんな場所で、どんな事が起きたって。
クローヴィスが眩しいものを見るように目を細める。鎖に繋がれて尚、聖者のように気高く美しい彼。
「私のジェイミーは、情熱的で頼もしい」
低い声で囁かれ頬を指でなぞられて、あの夜の熱を思い出す。
「……っ」
「赤くなって可愛い」
先程と違った艶めいた笑顔。
ダメだ。
「も、もう限界です!」
「え?」
「前のクローヴィス様に戻ってください! 甘さに耐えられません!」
「どうして? だって最初に仕掛けたのはナディアだよ。あの夜、私に口移しで……」
「わー!!」
耳を塞いで座り込む。
あの時はクローヴィスを引き留めようと必死だったのだ。
最悪、一夜の夢でも構わないと思った。
今考えると、自分こそ正気ではなかった。
彼が離れてしまうと思ったら色んなものが吹き飛んで。
「クローヴィス様がそれ以上いじるなら、あの夜のことを小説にしますよ!?」
「凄まじい諸刃の剣だね。それは君のあんな姿やこんな姿も晒されるってことだけど」
クローヴィスは、聡くて優しいだけの人じゃない。
「でも、君が隠している魔女の顔は誰にも教えたくないな」
そうクローヴィスが呟いた時、パサリと、執務室の片隅で何かが落ちる音がした。
目を遣ってギョッとする。
あの本の山は。
「クローヴィス様。私の目がおかしくなければ、あの本達は……」
「ああ、うん。破滅エンドをかい……」
「正式名称言わないでください」
ノーヴァ帝国の至宝とまで謳われる姿で。
でも、私の呪わしい黒歴史本『破滅エンドを回避させた令嬢達が僕を毎晩悩ませてくる』、通称ハメレイがどうしてここに山と積まれているのか。
「ごめんね。回収させてもらった」
「回収……回収!?」
一拍遅れて理解する。
なぜ。どうやって。
「ハメレイは、皇太子妃や皇后にとっては致命的な過去になりうる」
クローヴィスは本の山を見る。
「私の隣を選ぶということは、こういうことなんだよナディア」
皇太子妃である人間が過去に書いた本としてハメレイが出てきたら、確かにスキャンダルだ。
それにつけ込んで皇太子妃の座から引き摺り下ろそうとする勢力だってあるだろう。娘を皇太子妃にしたい貴族など珍しくない。
兄のクローヴィスより先に弟のヴィラントの婚約が決まったのも、その辺りの事情からだ。
クローヴィスの隣で生きるということは、政争に巻き込まれることを示している。
ハメレイは、私の首を絞める。
だから私の過去から抹消されるのだ。クローヴィスの手で。
「……承知しました」
「ナディア? 怒らないの?」
怒る?
作家は、物語をいくらでも生み出せるから作家なのだ。
立ち上がって、クローヴィスに挑むように笑った。
「クローヴィス様。私、ハメレイよりずっと面白い物語を書きますから。皇太子妃に相応しい作品を書き上げたら、教科書に載せてください」
おお、我ながら大きく出てしまったかもしれない。
心の片隅で冷静な自分が冷や汗を流している。
クローヴィスは、何故か嬉しそうに微笑んだ。
「さすが、ジェイミーは挫けない」
手を取られ、優しく指を絡められる。
「君の指先は私の宝物。君が筆を折らないことを願っているよ」
秋の日差しが柔らかく彼の頬を照らしていた。
「私が筆を折るとすれば」
紫の瞳とまっすぐに見つめ合う。
「クローヴィス様と一緒に棺で眠る時ですよ」
その時まで、どんな事があろうと書き続ける。
踏みつけられるほど、強く大きく育つ草花達のように。
ジェイミーは全てを糧にして、苦難を軽やかに乗り越えていく。
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