身代わり奴隷、公爵令嬢の仮面を脱いだら大公に執着溺愛されました

Megumi

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03.冷酷大公の理不尽な怒り(前編)

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 ピンと張り詰めた空気が、玄関ホールに満ちている。

 セリーヌは状況の理解が追いつかず、ロランが出ていった扉を唖然とした表情で見つめていた。
 その場に居合わせた使用人たちは、そんなセリーヌの姿を遠巻きに眺めながら、まるで裁きを待つ罪人のように体をこわばらせている。
 父親に溺愛され、欲しいものはすべて与えられて育った彼女が、夫であるロランにあからさまに冷遇されたのだ。誰もが彼女を爆発寸前の状態だと考えていた。

 だが、セリーヌの唇からこぼれたのは怒号ではなく、穏やかで、優しい声だった。

「……せっかく準備してもらったのに。ごめんなさいね、ミシェル」

 罵声を浴びせられるという使用人たちの予想を裏切り、セリーヌの口から出てきたのはミシェルに対する労りと謝罪の言葉だった。
 高位貴族が、使用人に対して謝罪をする。その異様さに、一瞬、時が止まった。そして次の瞬間、使用人たちは一様に困惑した表情を浮かべた。

 セリーヌは戸惑う使用人たちを見渡し、小さく微笑む。
 すると、ようやく我に帰ったミシェルが慌てて一歩前に出た。

「そ、そんなっ……奥様が謝ることなど一つもございません! むしろ私の手際が悪かったせいで——」
「あなたはよくやってくれたわ。こんなに綺麗にしてもらって、このまま屋敷にいるのがもったいないくらい」

 柔らかい声に、ミシェルははっと顔を上げた。

「でしたら……街にお出かけになってはいかがですか? 花祭りの準備が始まっておりますし、きっと気分転換になります」
「街に……?」

 閉ざされた屋敷という名の檻の中で生きてきたセリーヌにとって、それは思いもよらない提案だった。
 少しの間考えたあと、彼女は意を決して小さく頷く。

「そうね。せっかくだから、行ってみましょう」

 その言葉に、ミシェルの顔がぱっと明るくなった。

「承知しました! すぐに馬車の用意をいたします!」



 陽の光に包まれた街並みは、セリーヌがこれまで見てきたどんな風景とも違っていた。
 色とりどりの花で彩られた建物、露店に並べられた瑞々しい果物、甘い香りをあたりに漂わせる焼き菓子、花冠をつけてはしゃぎ回る子どもたち。
 まだ祭りの準備期間だとは思えぬほどに活気に満ちたその一つ一つに、セリーは目を輝かせると、まるで幼い少女のように声を弾ませた。

「ミシェル、見て! あの花冠、とっても可愛いわ!」

 セリーヌの視線の先には、花屋の露店がある。そこには切り花とともに、色とりどりの花冠が置かれていた。この街の花祭りでは、子どもたちは花冠を、成人女性は花飾りをつける風習があるからだ。

「えっ、その……花冠は子ども向けでして……」
「そうなの?」

 ミシェルの言葉に、セリーヌはしゅんと肩を落とした。
 どこか悲しげに花冠を見つめるセリーヌに、ミシェルは思わず声を上げた。

「で、でもこの百合の花冠なら、大人がつけていてもおかしくないですね!」

 ミシェルが勢いで指差した花冠は、大ぶりの白百合をアクセントに、白い小花と柔らかな葉を重ねて作られていた。とっさに出た言葉ではあったが、清廉な印象を受けるそれはたしかにセリーヌによく似合いそうだと、ミシェルは思った。

「本当? じゃあせっかくだから二ついただこうかしら」
「……えっ!」

 浮世離れした雰囲気を持つセリーヌをぼんやりと眺めていた露店の店主は、まさか見るからに高位貴族のお嬢様に直接声をかけられるとは思っていなかったため、露骨に狼狽してしまった。
 しかし、セリーヌの屈託のない笑顔に絆され、特別美しいものを2つ選んで笑顔で差し出す。

「はいよ、お嬢さんならよく似合いそうだ」
「ありがとう」

 セリーヌは受け取った花冠を一つ自分の頭に乗せると、もう一つをミシェルの頭にそっと乗せた。

「お、奥様!?」
「よく似合っているわ」

 その微笑みは、大公夫人が一介の使用人に向けるものとしてはふさわしくないほど優しく、温かい。
 使用人と対等に接するセリーヌの振る舞いに、眉をひそめる貴族は多いだろう。しかし、ミシェルはそんなセリーヌの姿に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。

 溺愛されて育った公爵令嬢——そんな評判の彼女が、たかが庶民の祭り、それも準備期間にここまで喜ぶとは思わなかった。心から外出を楽しんでいるセリーヌを見ているうちに、ミシェルはふと、誰かから聞いた噂を思い出した。

 ——“クロエ・フォークナー”は体が弱く、幼い頃から療養生活を余儀なくされていた。

 きっと、自由に外へ出ることも叶わずに、孤独な時間を過ごしてきたのだろう。もしかしたら、そのせいで我儘公爵令嬢なんてひどい誤解が生じたのかもしれない。
 だって、目の前にいる彼女はこんなにも優しく、思いやりがあり、誰に対しても礼を尽くす人なのだから。

 屋敷の中では、まだ「皇女様から大公を奪った悪女」と陰口を叩く者も多い。
 ならば、これからは自分が1番の味方となって、この人の笑顔を守ろう。
 ミシェルは頭に乗せられた花冠にそっと触れると、胸の奥で静かに誓った。
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