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03.冷酷大公の理不尽な怒り(後編)
しおりを挟む二人が屋敷に戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。
セリーヌが生まれて初めて体験した祭りの余韻を胸に、屋敷に足を踏み入れた——その瞬間。
肌を刺すような冷気が、空気を一変させた。
そこに立っていたのは、ロランだった。
「……!」
朝と同じ正装のまま、玄関ホールの中心で腕を組み、冷たい眼差しをセリーヌに向けている。
その威圧感に、周囲の使用人たちは一様に凍りつき、息を潜めていた。
「誰の許可を得て外出した?」
低く抑えた声が、石造りの玄関ホールに響く。
ミシェルが青ざめ、慌てて膝をついた。
「も、申し訳ございません旦那様! 私が……私が提案を……!」
セリーヌは静かに手を伸ばすと、震えるミシェルの肩に置いた。
「やめて、ミシェル。あなたのせいじゃないわ」
「クロエ様……」
恐怖から涙をにじませるミシェルを安心させるように微笑むと、セリーヌはまっすぐにロランを見上げた。
「申し訳ございません、閣下。私が軽率でした」
理不尽な怒りをぶつけられても、セリーヌは一切の反論をしなかった。
ただ静かに謝罪を述べる。
しかし、そんなセリーヌの態度にも、ロランの怒りが静まることはなかった。
「また勝手な真似をすれば、大公夫人であろうと罰する。二度と、私の許可なく出歩くな」
冷たい言葉を残し、ロランは背を向けると荒々しい足取りで去っていった。
しばらくして屋敷の奥で扉が閉まる音が聞こえたところで、残された使用人たちはようやく息をつき、互いに顔を見合わせた。
セリーヌはロランの去っていった方向をしばらく無言で見つめていたが、やがて小首をかしげて言った。
「……なぜあそこまで怒るのかしら?」
ただの純粋な疑問が、セリーヌの口からこぼれ落ちた。
そこには、怯えも苛立ちも含まれていない。
花冠を頭につけたままということも相まって、その表情はまるで無垢な少女のように見えた。
そんなセリーヌの姿に、ミシェルは唇を噛みしめる。
(この人の笑顔を守ろうと誓ったばかりなのに、守るどころか、怒りの矢面に立たせてしまった。誰に対しても悪意を持たない、こんなにも優しい人を——)
セリーヌは何かに耐えるように小さく震えるミシェルに視線を落とすと、柔らかな笑みを浮かべた。
そして、膝をついたまま立ち上がれずにいるミシェルの頭を撫でながら言った。
「大丈夫よ。今日は本当にありがとう。……とっても楽しかったわ」
翌朝。
まだどこか緊張感の漂う屋敷内で、セリーヌはいつも以上に明るい笑顔で使用人たちに声をかけていた。
そんな健気な姿に、心の重苦しさが少しずつ和らいでいくのを、皆が感じていた。
だが、その日の午後。
屋敷に思いもよらぬ訪問者が訪れたことで、状況は一変した。
セリーヌが自分の部屋で日課の読書に勤しんでいると、扉の向こうから慌てた様子の使用人の声が聞こえてくる。
不思議に思っていると、使用人の静止を振り切った誰かによって、セリーヌの部屋の扉が無遠慮に開けられた。
「ごきげんよう。少しよろしいかしら?」
そこには、優雅な笑みを浮かべた女性が立っていた。
「こ、皇女殿下……!?」
ミシェルの悲鳴のような声が、静まり返った部屋に響き渡ったことで、午後の穏やかな時間は終わりを告げた。
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