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05.毒を含んだお茶会(後編)
しおりを挟む数日後。
約束の日を迎え、セリーヌが案内された宮殿の庭園に向かうと、そこはバラの香りで満ちていた。
白亜のガゼボの下に、ラリサが待っている。淡いピンクのドレスが陽光を受けてきらめいていた。
「クロエ! 来てくれて嬉しいわ。どうぞこちらへ」
ラリサの笑顔は天使のように無垢で、あまり近づいてはロランの反感を買ってしまうという懸念も、一瞬で霞んでしまう。
セリーヌは優雅に礼をすると、向いの椅子に腰を下ろした。
「まあ、今日のあなたも本当に素敵。まるで春の妖精みたい」
「お褒めいただき光栄です。……ラリサ殿下の方こそ、咲き誇るバラのようですわ」
二人の間には、甘い香りと穏やかな空気が流れる。
しかし、その穏やかさは、次の瞬間に静かに崩れ落ちた。
「そういえば、ロランのいいつけ通り、もう一人お招きしたの」
ラリサが微笑みながら手を振ると、背後の小道から人影が現れた。
甘く整った顔立ちに、澄んだ青い瞳。それは、つい先日顔を合わせたばかりの人物であった。
「……第二皇子殿下?」
セリーヌが驚きに目を見開くと、エリックはイタズラが成功した子どものような笑みを浮かべた。
「まさか、こんなにも早く再会できるとは思っていませんでしたよ、大公夫人」
エリックはそう言って跪くと、セリーヌの手をとって唇を寄せた。
その仕草に、周囲に控えていた侍女たちが小さく黄色い悲鳴を上げたのを、セリーヌはどこか他人事のように聞いていた。
「第二皇子殿下がお越しになるなんて……」
「ロランとは親しい仲だから、彼を安心させるのにピッタリだと思って。それに……クロエとお兄様は、親しくされていたみたいだから」
ラリサは無邪気に微笑んだ。
だがその一言に、セリーヌの胸がざわついてしまう。
公爵の打算でエリックに近づこうとしていた過去が、今更セリーヌの良心を揺さぶる。
しかしすぐに気を取り直すと、セリーヌは穏やかに微笑んだ。
「ご一緒させていただけて光栄です、エリック殿下」
「こちらこそ。お元気そうで何よりです」
彼の声は優しく、どこまでも誠実に聞こえる。
その温かな笑顔と、その後に続いたラリサとエリックの軽妙な会話に、セリーヌの緊張も少しずつほぐれていった。
だが、不意にラリサが侍女に呼ばれて席を立ったことで、穏やかで心地よい時間は終わりを告げた。
「ごめんなさい、少し失礼するわね。すぐに戻るから」
ラリサが去った途端、ガゼボの空気が変わった。
まるで風が止まったかのように静まり返り、緊張感が高まっていくのをセリーヌはひしひしと感じていた。
そんなセリーヌの内心を知ってか知らずか、エリックはカップを静かに置くと、ゆっくりとセリーヌの方へ身を乗り出した。
いつもの人当たりのいい笑顔の奥に、どこか挑発めいた光が宿っている。
「……てっきり、貴女は僕に気があるのかと思っていました」
穏やかな声なのに、どこか人を試すような響きがある。
セリーヌは予想外の言葉に、思わず瞬きをした。
「……え?」
「だって、パーティーの時にはよく僕に話しかけてくれたでしょう? それに、デビュタントの夜会で僕に微笑みかけてくれた貴女は、誰よりも美しかった」
囁きは、まるで秘密を告げる恋人のように甘いのに、その裏には薄氷を踏むような冷たさが潜んでいる。
セリーヌは咄嗟に身を引こうとしたが、椅子の背に阻まれて身動きが取れなかった。
「……誤解です、殿下」
かろうじて絞り出した声に、エリックはわずかに口角を上げたが、その目は笑っていない。
むしろ、観察するように彼女の瞳の奥を覗き込んでいた。
(殿下は口説いているわけでも、怒ってるわけでもない……私を試しているの?)
「誤解……ですか? じゃあ僕じゃなくて——僕の隣にいた親友に用があったのかな」
その瞬間、二人の距離が一気に縮まる。
エリックの熱を帯びた吐息が耳元に触れ、セリーヌの背筋がぞくりと凍った。
セリーヌが思わず耳元を庇うように隠すと、エリックは楽しげに笑いながら近づけていた身体を離した。
「冗談ですよ、大公夫人」
ふっと微笑むその表情は、再び“人格者”のものに戻っていた。
だが、その瞳だけは、愉快そうに細められている。
「けれど、あの夜の貴女の瞳……僕は今でも、忘れられません」
まるで、無邪気な少年が秘密を打ち明けるような声音。
けれどその奥底には、危うい何かが潜んでいる。
庭園を渡る風が、花びらを散らす。
小鳥の鳴き声が遠くに響く中、セリーヌは微動だにできないまま、胸の奥で波立つ鼓動だけを聞いていた。
それは困惑と、名状しがたい違和感の混じった音だった。
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