身代わり奴隷、公爵令嬢の仮面を脱いだら大公に執着溺愛されました

Megumi

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14.真実の姿(後編)

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「クロエについて、何か知っていることはないか。些細なことでもいい」

 突然の問いに、執事は一瞬言葉を失った。
 これまで自分が一方的に報告するばかりで、ロランが自ら彼女について尋ねるなど、今まで一度もなかったのだ。

「それは……旦那様が直接奥方様とお話しになった方が……」
「答えろ、ジョージ」

 切実さが込められた声に、執事は小さく息を呑み、やがて観念したように頷いた。

「承知いたしました。——奥方様は、嫁いでこられた当初こそ使用人たちから距離を取られておりましたが、今では皆が慕っております。どなたにも分け隔てなく接し、身分を鼻にかけることもございません」
「……そうか」

 ロランの声には、かすかな驚きが混じる。
 執事は自分に向けられたセリーヌの屈託のない笑みを思い出し、口角を上げながら続けた。

「それと……以前、花祭りの日に外出された際に、孤児院で子どもたちの服や本が古くなっていると聞かれたそうで。以後、毎月支給されている大公妃の予算から、匿名で寄付を続けておられます。新しい衣服、本、玩具を——すべて、奥方様自ら手配なさって」
「匿名で?」
「はい。孤児院の方々も、どなたの善意かはご存じありません。……それに、奥方様は結婚して以来、一度もドレスや宝飾品を購入しておられません。ご自身のために予算を使われたことが、ないのです」

 ロランの胸が、ずきりと痛んだ。
 世間が言う「贅沢好きの我儘公爵令嬢」とは、いったい誰のことなのか。
 執事は少しためらいながらも、もう一つ告げた。

「……奥方様の私室には、旦那様の肖像画が飾られております。あの絵は、以前旦那様が戦地に赴かれる前に描かれたものでございます」

 その言葉に、ロランの目がわずかに見開かれた。

「俺の、肖像画を……?」
「はい。毎日、その肖像画に話しかけておられるようです。何を話しておられるのかまでは分かりませんが、……とても穏やかで、楽しそうに微笑んでおられるとか」

 その言葉が、ロランの心の奥深くに重く沈んだ。
 自分が彼女にしてきたことを考えれば、拒絶されて当然のはずなのに——
 彼女は、それでも自分を見ていた。気にかけてくれていた。

 沈黙が落ちる。
 長い時間、ロランは何も言わなかった。
 執事が静かに一礼して去ると、執務室は再び静けさを取り戻した。



 あれから数日。
 ロランは何人かの使用人に彼女の話を聞いたが、悪い噂はひとつも出てこなかった。

 知れば知るほど、心が軋む。
 彼女を理解したいと願う一方で、これ以上知りたくないと思う自分もいた。

 窓の外に目をやると、薄曇りの空の下で、庭園に小さな人影が見える。
 それはミシェルに支えられながら、ゆっくりと歩くセリーヌの姿だった。

 まだ回復しきっていないのか、足取りはおぼつかない。
 それでも、咲き誇る花に顔を近づけ、香りを楽しむその表情は穏やかだった。

(俺は……何をしていた?)

 彼女の顔も、笑顔も、涙も、何一つ知ろうとしなかった。
 ただの契約結婚だからと、冷たく距離を置くことだけを選んできた。
 そうすることで、あの女から守ってやっている気になっていたのだ。
 ——その結果が、あの夜の惨状だ。

 ロランは立ち上がり、拳を握る。
 胸の奥から込み上げるものを、抑えきれなかった。

「……あのとき、ちゃんと見ていれば……」

 呟いた声は、誰にも届かない。
 窓の外では風が吹き、セリーヌのアッシュブロンドの髪が揺れている。
 その姿を、ロランは呆然と見つめていた。

 ふと、視線が合う。
 セリーヌは一瞬だけ驚いたように目を見開き、次の瞬間、柔らかく微笑んだ。
 責めるでもなく、怒るでもない——ただ、すべてを受け入れるような微笑。

 ロランの喉が詰まり、息が止まった。
 胸の奥で、思わず叫びたくなるほどの衝動が込み上げてくる。

 やがてミシェルに促され、セリーヌは屋敷の中へと戻っていった。
 遠ざかっていく後ろ姿を見送りながら、ロランは小さく呟く。

「……もっと、知るべきだった」

 その言葉は、誰に聞かせるでもなく、ただ空気に溶けて消えた。
 だがその瞬間、ロランの中で、何かが確かに変わり始めていた。

 ——もう、無関心ではいられない。
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