身代わり奴隷、公爵令嬢の仮面を脱いだら大公に執着溺愛されました

Megumi

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15.欲しいもの(前編)

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 最近、ロランとよく目が合う。
 庭園の噴水近くを歩くたび、ふと視線を感じるのだ。
 それが偶然なのか、それとも何か意味があるのか——考えないようにしても、胸がざわついてしかたない。



 リハビリと気分転換を兼ねて、セリーヌは庭の散策を毎朝の日課にしていた。
 ついに秋が終わりを迎えようとしており、風の匂いにも冷たさが混じっている。
 赤く色づいた葉がハラハラと舞い落ち、石畳の上に散らばっていく光景に、セリーヌはそっと息を吐いた。
 今まで、あまりに多くの問題が起こりすぎて感じる余裕もなかった季節の移ろいが、今は胸の奥まで沁み渡る。

 いつものように噴水のそばで立ち止まり、水面に反射する光に目を細めたその瞬間——視線を感じて顔を上げる。
 そこには、執務室の窓辺に立つロランの姿があった。
 相変わらず多忙なようで、書類を手にしているのに、なぜか彼の視線は真っ直ぐにこちらに向けられている。

(……また、見られている)

 胸が小さく波打つ。
 セリーヌを見つめるロランの表情は冷たくもなく、かといって優しいわけでもない。
 けれど、あの夜——公爵邸から救い出してくれたあの日から、確かに何かが変わった。
 完全なる拒絶を貫いていた彼の空気が、ほんの少しだけ、柔らかくなっている気がするのだ。

 極限状態だったため、セリーヌはロランが公爵邸にきていたことすら覚えていなかったが、衝撃的な現場を見せてしまったようなので、気を遣わせているのかもしれない。
 そう思うと申し訳なくて、同時に——ほんの少しだけ、嬉しかった。
 誰かに見守られているような、そんな穏やかな安心感がセリーヌの心をくすぐった。


 怪我もすっかり癒えたある日。
 ミシェルに止められていた領地についての勉強をようやく再開できるとあって、セリーヌの心は浮き立っていた。
 けれど、まずは迷惑をかけてしまったロランに謝罪とお礼をしよう——そう思い立ち、執務室の扉を叩く。

「……入れ」

 扉の向こうから、低い声がした。
 部屋に入ると、ロランは机に向かい、いつものように難しい顔で書類を捌いていた。
 陽の光が彼の横顔を照らし、彫刻のように整った輪郭を際立たせている。

「お忙しいところ失礼いたします。体調も完全に回復しましたので、ご報告をと思いまして」

 ロランはちらりと視線を上げる。
 しかし、その瞳はどこか落ち着かず、書類を持つ手がわずかに揺れた。

「そうか。……無理はするな」
「はい。あの、改めましてあの夜は大変なご迷惑を——」

 セリーヌが謝罪の言葉を口にしようとすると、ロランがふいに言葉を挟んだ。

「何か欲しいものはないのか」
「……え?」

 唐突な問いに、セリーヌは瞬きをした。
 質問の意味が理解できず、言葉に詰まる。

「この屋敷に来てから、一度も仕立て屋も宝石商も呼んでいないと聞いた。欲しいものがあるなら言え」

 淡々とした声。
 けれどその奥に、わずかな気遣いのようなものが滲んでいた。
 それが彼の優しさだと気付き、セリーヌの胸がじんと熱くなる。

 けれど、物欲などなかった。
 ドレスもアクセサリーも、公爵家の財力を誇示するために用意されたものが山ほどある。
 何より——所詮偽物の自分には、贅沢をする資格がないから。

「……特にはございません。必要なものはすべて揃っておりますから」

 そう答えると、二人の間に沈黙が落ちた。
 部屋の隅に置かれた時計の針が、静かに時を刻む音だけが響く。

 どうやら自分の回答はロランの望むものではなかったらしいと気付いたセリーヌが、何か言わなければと言葉を探していると、ふと、心の底から小さな願いが浮かび上がった。
 ほんのわずかな勇気を振り絞って、セリーヌは口を開いた。

「……もし許されるなら」
「なんだ」
「領地を……見て回る時間をいただけないでしょうか。屋敷の外で、人々の暮らしを実際に見てみたいのです」

 その瞬間、ロランの目がわずかに見開いた。
 顔を上げ、無表情のままセリーヌを見つめる。その赤い瞳には、明らかに驚きの色が混ざっている。
 無言のロランに、以前外出した際に受けた冷徹な叱責がよぎり、セリーヌの肩がびくりと震えた。

「い、いえ……やっぱりなんでもありません。ご無礼を——」
「……明日、視察に行く予定だ。ついてくるといい」

 低く、けれど穏やかな声だった。
 セリーヌは一瞬、自分の耳を疑った。

「え……よろしいのでしょうか?」
「視察は仕事だ。領地を知ることも、大公妃の務めだろう」

 ロランはそれだけ言うと、再び書類に視線を落とした。
 “大公妃の務め”など、所詮仮初の妻に過ぎない自分には、あってないようなものだ。
 それでもロランは、まるでそれが当然とでも言いたげにセリーヌを大公妃として扱ってくれた。

 セリーヌは胸に手を当て、小さく微笑む。
 ——この人は、やっぱり優しい。
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