30 / 66
15.欲しいもの(後編)
しおりを挟む翌朝。
まさか本当に外出を許されるとは思っていなかったため、セリーヌは目を覚ましてからずっと浮き足立っていた。
「……いい加減落ち着いてください、セリーヌ様。そんなにウロウロしていては、出かける前に疲れてしまいますよ?」
「だってあんなに素敵な場所なんだもの。待ちきれないわ!」
「ふふっ。あともうちょっとだから、じっとしてましょうね」
セリーヌが使用人たちに見送られながら、約束の時間ちょうどに外に出ると、そこには馬車が一台だけ停まっていた。
多忙なロランがわざわざ待っていてくれるとは思ってはいないが、先に行ってしまったのかと少しだけ残念な気持ちになる。
(……彼に何かを望むなんて、するべきじゃないわ)
気を取り直したセリーヌが馬車の前に立つと、御者が恭しく頭を下げて扉を開けた。
中を覗くと——そこにはロランの姿があった。
「なっ……閣下?」
当然別々の馬車に乗るのだと思ってたセリーヌは、驚きのあまりステップに片足を乗せたまま固まってしまった。
馬車の中で書類に目を通していたロランは、そんなセリーヌに片眉を上げて言った。
「どうした。早く乗れ」
当然のように差し出されたロランの手を、セリーヌは慌ててとる。
初めて触れたロランの手は、セリーヌの手をすっぽりと覆ってしまうほど大きい。
ごつごつとしたその手からは、ロランの意外と高い体温が伝わってきて、セリーヌは自分の鼓動が速くなっていくのを感じた。
馬車の中では借りてきた猫のようにおとなしかったセリーヌだったが、街に着いた途端、ぱっと顔を輝かせた。
朝の光を受けて石畳がきらめき、露店の果物の香りが風に乗って流れてくる。
「なんて……美しいの」
ロランは何も言わず、熱に浮かされたようにフラフラと歩く彼女を見守る。
その視線には、ほんのりと柔らかい色が宿っていたが、周りの風景に夢中になっているセリーヌが気付くことはなかった。
しばらく歩いていると、花屋の店主がセリーヌに気付いて声をかけてきた。
「誰かと思ったら! あの花祭りの時のお嬢さんじゃないか!」
「……覚えていてくださったのですか?」
「もちろんだよ! あれから花冠が飛ぶように売れてね。あんたのおかげだ!」
上機嫌な店主につられてセリーヌが微笑むと、背後からロランの低い声がした。
「彼女は大公夫人だ」
ようやくロランに気付いた店主の顔が、一瞬で青ざめる。
「領主様っ! た、たたた……大公夫人……!? し、失礼しました!」
「そんな、頭を上げてください! あの時は、素敵な花冠をありがとうございました」
店主に向けたセリーヌの笑顔は、太陽のように温かい。そんなセリーヌにつられて、血の気のひいていた店主の顔も、すぐに笑顔になる。
ロランはその光景を、どこか眩しそうに見つめていた。
その後も、花祭りで出会った子どもたちがセリーヌに駆け寄ってきたり、領主夫妻が揃って視察に来ているという噂を聞きつけた店主たちが手を振ってくれたりと、街は穏やかな笑顔であふれていた。
セリーヌは何度も立ち止まっては、人々の話を真剣に聞き、微笑みながら言葉を交わす。
ロランは終始、そんな彼女を黙って見つめていた。
ようやく視察を終える頃には、空は燃えるような赤に染まっていた。
帰り際、馬車に乗る前に、セリーヌが不意に立ち止まった。
「閣下」
「なんだ」
「今日は……ありがとうございました。こんなに素敵な領地をまわることができて、本当に楽しかったです」
打算のかけらもない、純粋な笑顔。
その無垢な言葉に、ロランの喉がかすかに鳴った。
「……そうか」
それだけ言うと、ロランは衝動に突き動かされるように、手を伸ばしていた。
指先が、そっとセリーヌの頬に触れる。
そこには、暴力の痕跡はもう残っていなかった。
親指で唇の端を撫でると、当たり前だが血の跡もなく、柔らかな感触がロランの指に残る。
セリーヌが驚いて目を見開いていると、ロランは慌てて手を引き、咳払いをした。
「帰るぞ」
「あ……はい……」
夕日が二人を照らし、その顔を赤く染めている。
セリーヌはそのことに感謝しながら、胸の高鳴りを抑えきれないまま馬車に乗り込んだ。
扉が閉まり、外の音が遠ざかる。
相変わらず車内は無言だったが、その静けさにセリーヌは居心地の良さを感じていた。
5
あなたにおすすめの小説
王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。
みゅー
恋愛
王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。
いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。
聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。
王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。
ちょっと切ないお話です。
3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~
放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」
最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!?
ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!
田舎娘をバカにした令嬢の末路
冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。
それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。
――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。
田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!
夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」
婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。
それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。
死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。
……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。
「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」
そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……?
「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」
不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。
死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!
【完結】没落寸前の貧乏令嬢、お飾りの妻が欲しかったらしい旦那様と白い結婚をしましたら
Rohdea
恋愛
婚期を逃し、没落寸前の貧乏男爵令嬢のアリスは、
ある日、父親から結婚相手を紹介される。
そのお相手は、この国の王女殿下の護衛騎士だったギルバート。
彼は最近、とある事情で王女の護衛騎士を辞めて実家の爵位を継いでいた。
そんな彼が何故、借金の肩代わりをしてまで私と結婚を……?
と思ったら、
どうやら、彼は“お飾りの妻”を求めていたらしい。
(なるほど……そういう事だったのね)
彼の事情を理解した(つもり)のアリスは、その結婚を受け入れる事にした。
そうして始まった二人の“白い結婚”生活……これは思っていたよりうまくいっている?
と、思ったものの、
何故かギルバートの元、主人でもあり、
彼の想い人である(はずの)王女殿下が妙な動きをし始めて……
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?
由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。
皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。
ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。
「誰が、お前を愛していないと言った」
守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。
これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる