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16.恋の芽生え(後編)
しおりを挟む数日後。
執務室の扉の前で、セリーヌは深く息を吸った。
(……今度こそ)
手にした包みをぎゅっと抱きしめ、ノックをする。
「……入れ」
久しぶりに聞いた低い声に、心臓が跳ねる。
セリーヌが中に入ると、ロランは書類から顔を上げ、わずかに目を見開いた。
「……その後、体調は」
「はい。もう大丈夫です」
セリーヌは緊張で声が震えぬよう慎重に答えると、ゆっくりとロランに歩み寄った。
いつもよりぐっと縮まった距離に足がすくみそうになるが、大きく息を吸ってなんとか平静を保つ。
「遅くなってしまいましたが……お礼を、申し上げたくて」
どこか定まらない視線にセリーヌの緊張を感じ取ったロランは、急かすことなく、ただ黙って続きを待つ。
「公爵邸に来てくださったこと。私を連れ帰ってくださったこと。……そして、何も聞かずにいてくださったこと。すべてに、心から感謝しています」
なんとかお礼の言葉を言い終えると、セリーヌは手にしていた包みを差し出した。
「これは……ほんの気持ちですが」
ロランは差し出されたそれを黙って受け取った。
まさかプレゼントを渡されるとは思っていなかったロランは、しばらく包みを見つめたまま動けずにいた。
数秒の沈黙ののち、包みから視線を離せないまま、静かに口を開いた。
「……礼など、必要ない」
「いえ、私はあなたにどれほど感謝しても足りないことをしてもらいました。……私は、あの家で……」
セリーヌは続けなければ、と口を開くが、言葉に詰まった。
ロランには事情を説明すべきだ。
助けてもらった以上、誠実であるべきだ。
しかし、嘘はつきたくないが、本当のことを話すには、あまりにも事態が複雑すぎた。
「私は、あの夜……」
震える声を絞り出しながら、ほとんど過呼吸のようになっているセリーヌに、ロランは低くつげた。
「無理に話す必要はない」
「……え?」
「貴女は、もう大公妃だ」
その言葉は、静かで、揺らぎのないものだった。
結婚初夜のあの冷たさは、もうどこにもない。
「あそこに戻る必要も、過去を思い出す必要もない。ただ、ここにいればいい」
——ここが、居場所だと。
そう言われた気がして、セリーヌの視界が滲んでいく。
「っありがとう、ございます……」
堪えきれなかった涙が、セリーヌの頬を伝う。
そんなセリーヌに、ロランは何も言わず、ただ視線を逸らした。
セリーヌにはそれが無関心からではなく、ロランの優しさからくるものだということが、分かってしまった。
涙を拭いながら、セリーヌはどこか諦めたように、小さく微笑む。
(……ああ、やっぱり)
もう、戻れないところまできてしまったのだ——
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