37 / 66
19.仮面を脱いだ日(前編)
しおりを挟む込み上げる感情を必死に抑えようと震えるセリーヌの姿に、ロランはひどく胸を痛めた。
(しまった……もっと柔らかい言葉を使うべきだった)
理不尽な暴力にさらされ続けてきた、このか細い女性を、自分の配慮のない言葉で怖がらせてしまった。
そう思うと、傷つけることしかできない己が、どうしようもなく情けなかった。
「勝手な事情で、貴女を巻き込んだ。冷たく突き放し、恐怖を与え、その上……命の危険にまでさらしてしまい……」
いくら言葉を重ねたところで、一度ついた傷はそう簡単には癒えない。
そうは理解していても、ロランは言わずにはいられなかった。
「本当に……申し訳なかった」
ロランは、深く頭を下げたまま動かなかった。
常に大公としての威厳を崩さぬ彼が、今はただ一人で罪を抱え込み、頭を上げることすらできずにいる。
後悔に震えるロランの声に、セリーヌの胸はぎゅっと締め付けられた。
(やめて……)
彼は、すべて自分一人の責任だと思っている。
彼だって、被害者だというのに。
「……ロラン様」
初めて呼んだ彼の名前に、セリーヌの心臓は場違いなほどに脈打つ。
セリーヌは一歩前に出ると、震えそうになる声を抑えて言った。
「どうか、顔を上げてください」
ロランは一瞬、身体をびくりとこわばらせ、それからゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、後悔と、そして——自らを犠牲にしてでも、セリーヌを皇女から守るという覚悟が浮かんでいた。
「私に謝罪していただく必要はありません」
あまりにも深く頭を垂れたままのロランを前に、セリーヌは胸が痛くなった。
彼をこれ以上追い詰めぬよう、できるだけ自然に見えるように笑いかける。
思い返せば、その時は気にしすぎだと自分に言い聞かせていたが、ラリサに対して微かな違和感を覚えた場面は、いくつもあった。
例えば——
初めて彼女がセリーヌの元を訪れた時のこと。
ロランの勢いに驚き、転びかけた自分に、彼女は一度も視線を向けなかった。
ただ、ロランだけを見つめていたのだ。
また、宮殿でのお茶会の日。
彼女は、エリックを同席させた理由を、「セリーヌが親しくしていたから」だと、無邪気に告げた。
その時、胸の奥に小さな引っかかりを感じたことを、今でも覚えている。
そして同席した結果、不義の噂が流れても、彼女はそれを否定することも、弁解することもしなかった。
もし彼女が、本当に人々の言う“慈悲深い女神”であったなら——
これらの出来事は、起こらなかったのではないだろうか。
それでも当時の自分は、かつて姉のように慕ったステラの面影を重ね、あえて疑うことを選ばなかった。
「むしろ、私は感謝をしています。これまで何も知らない私に敵意が向かないよう、守ってくださっていたことに。それを知って、私は……」
感情が怒涛の勢いで溢れ出てきて、言葉が詰まってしまう。
必死に押さえ込んでいた行き場のない感情を、もう止めることはできなかった。
セリーヌは自分が傷つかないために見ないふりをし、それでも自覚してしまった恋心を殺すことばかり考えていた。
その間にも、この人はずっと、自分を守ることだけを考えてくれていたのだ。
(……もう、嘘はつけない)
セリーヌはゆっくりと机に向かうと、引き出しを開けた。
そこには、本の間に隠された、一枚の古びた羊皮紙があった。
「……貴方に、お伝えしなければならないことがあります」
そう言ってセリーヌは羊皮紙を取り出すと、ロランに差し出した。
ロランは受け取ったそれに視線を落とした瞬間、息を呑んだ。
「これは……」
「私が公爵に買われた際に作成された、奴隷売渡証書です」
1
あなたにおすすめの小説
王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。
みゅー
恋愛
王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。
いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。
聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。
王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。
ちょっと切ないお話です。
愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!
香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。
ある日、父親から
「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」
と告げられる。
伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。
その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、
伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。
親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。
ライアンは、冷酷と噂されている。
さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。
決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!?
そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?
田舎娘をバカにした令嬢の末路
冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。
それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。
――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。
田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
悪役令嬢を断罪したくせに、今さら溺愛とか都合が良すぎますわ!
nacat
恋愛
侯爵令嬢リディアは、無実の罪で婚約者の王太子に断罪された。
冷笑を浮かべ、すべてを捨てて国外へ去った彼女が、数年後、驚くべき姿で帰ってくる。
誰もが羨む天才魔導師として──。
今さら後悔する王太子、ざまぁを噛みしめる貴族令嬢たち。
そして、リディアをひそかに守ってきた公爵の青年が、ようやく想いを告げる時が来た。
これは、不当な断罪を受けた少女が、自分の誇りと愛を取り戻す溺愛系ロマンス。
すべての「裏切られた少女」たちに捧ぐ、痛快で甘く切ない逆転劇。
冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?
由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。
皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。
ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。
「誰が、お前を愛していないと言った」
守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。
これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。
3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~
放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」
最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!?
ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる