40 / 66
20.新たな始まり(後編)
しおりを挟む執務室に戻ったロランは、机に両肘をつくと深く息を吐いた。
机の上に置かれた証書が、重い存在感をはなっている。
「……セリーヌ、か」
彼女の本当の名を、誰もいない部屋で呟く。
セリーヌを守るためには、別の道を探さなければならない。
自分が巻き込んでしまった彼女を、殺さずに済む方法を。
無意識に、袖口へと視線が落ちた。
そこには、彼女から贈られたカフリンクスが、淡く光を反射している。
それが、まるで彼女自身のように思えて、ロランは無意識のうちに指先でそっとなぞった。
すると、執務室の扉が、軽くノックされた。
「……入れ」
そう返すよりも早く、扉が開く。
「俺もそんなに暇じゃないんだけどな」
軽口と共に姿を現したのは、エリックだった。
相変わらず余裕のある笑みを浮かべているが、その視線が一瞬ロランの袖口を捉える。
「それで? ついに腹をくくったのか」
「……ああ。予定変更だ」
エリックは一瞬、意外そうに目を見開き、それから何かを悟ったように小さく息を吐いた。
「例の件、あの場で触れて欲しい」
「……ラリサは荒れるだろうな」
からかうような声色とは裏腹に、エリックの眼差しは真剣だった。
ロランの覚悟が伝わったことが、その視線だけで十分に伝わってくる。
「すまない。お前まで巻き込んでしまって……」
「水臭いこと言うなよ。何年の付き合いだと思ってるんだ?」
エリックの言葉が社交辞令ではないと分かっているからこそ、ロランは肩の力を抜いた。
「分かった。誰もが聞きたくて、聞けなかったことを——俺が聞けばいいんだな」
ロランは視線を上げ、わずかに頷く。
「頼む」
「はいはい。他ならぬクロエ嬢と添い遂げるためだもんな」
その言葉を、ロランは否定することができなかった。
数日後。
華やかなパーティーに、ロランは相変わらず一人で出席していた。
その隣には、いつも通りラリサが当然のように寄り添っている。
そこへ、人格者の仮面を被ったエリックが、どこか意味ありげな笑みを浮かべて声をかけてきた。
「相変わらず一人なのか。いい加減、夫人を同伴させてはどうだ?」
誰もが内心で気にしていながら、誰も口にできなかった問いを、エリックはあまりにもさらりと投げかけた。
周囲の貴族たちは、その興味深い話題に、さりげなく耳をそばだてた。
そんな周囲の反応に気付きつつも、ロランは涼しい顔でグラスを傾ける。
「自分から求婚するほど好いた相手じゃないか」
「可愛い妻を独り占めしたいと思うのは、当然のことだろう」
さらりと告げられた言葉に、エリックは思わず吹き出しそうになるのを必死で堪える。
ロランの口から“可愛い妻”という言葉が出る違和感に、肩が震えた。
そんなエリックをじろりと睨むと、ロランは苛立ちを滲ませて言った。
「外に出した途端、お前みたいな男と、根の葉もない噂を立てられるしな」
「そんなに怒るなよ。確かに、いくら親友の妻とはいえ、気軽に話しかけた俺が軽率だったよ」
エリックが笑いを堪える影で、ラリサは扇子で口元を隠しながらも、憤怒に塗れた形相を浮かべていた。
——しかし、周囲の視線はロランとエリックに集中しており、そのことに気付くものは、誰もいない。
3
あなたにおすすめの小説
王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。
みゅー
恋愛
王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。
いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。
聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。
王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。
ちょっと切ないお話です。
3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~
放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」
最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!?
ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!
田舎娘をバカにした令嬢の末路
冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。
それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。
――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。
田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!
夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」
婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。
それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。
死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。
……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。
「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」
そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……?
「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」
不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。
死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!
【完結】没落寸前の貧乏令嬢、お飾りの妻が欲しかったらしい旦那様と白い結婚をしましたら
Rohdea
恋愛
婚期を逃し、没落寸前の貧乏男爵令嬢のアリスは、
ある日、父親から結婚相手を紹介される。
そのお相手は、この国の王女殿下の護衛騎士だったギルバート。
彼は最近、とある事情で王女の護衛騎士を辞めて実家の爵位を継いでいた。
そんな彼が何故、借金の肩代わりをしてまで私と結婚を……?
と思ったら、
どうやら、彼は“お飾りの妻”を求めていたらしい。
(なるほど……そういう事だったのね)
彼の事情を理解した(つもり)のアリスは、その結婚を受け入れる事にした。
そうして始まった二人の“白い結婚”生活……これは思っていたよりうまくいっている?
と、思ったものの、
何故かギルバートの元、主人でもあり、
彼の想い人である(はずの)王女殿下が妙な動きをし始めて……
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?
由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。
皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。
ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。
「誰が、お前を愛していないと言った」
守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。
これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる