身代わり奴隷、公爵令嬢の仮面を脱いだら大公に執着溺愛されました

Megumi

文字の大きさ
44 / 66

22.静かに燃える黒い火種(後編)

しおりを挟む

 一方、デザイナーの手配とは違い、ステラの探索は、決して容易ではなかった。
 セリーヌのいた孤児院はすでに閉鎖され、記録は散逸し、ステラという名も珍しいものではない。
 それでも人脈と情報網を総動員し、ようやく一人の女性に辿り着いたのは、半月ほど経ってからだった。

 情報の真偽が慎重に確かめられたあと。
 ロランはセリーヌの部屋を訪ねた。

「……貴女に、会わせたい人がいる」

 突然の言葉に、セリーヌは不思議そうに首を傾げる。

「……私に、ですか?」
「ああ。準備ができたら、俺と一緒に応接室に来てほしい」

 一瞬、言葉を選ぶように間を置いてから、ロランは静かに告げる。

「……貴女が、ずっと会いたがっていた人だ」



 応接室に向かう廊下で、セリーヌは何度も駆け出しそうになる足を、必死に抑えた。
 心臓の音がうるさいほどに耳元で鳴り響き、身体がふわふわと浮いているような感覚に陥る。

(もしかして……)

 そんな淡い期待を胸に応接室へとやってきた瞬間、セリーヌは息を呑んだ。

 扉が開かれた、その先。
 広い応接室の中央に、一人の女性が立っていた。

 豪奢な室内には不釣り合いなほど、質素な服装。
 だが、それは清潔に整えられ、丁寧に繕われている。

 労働で荒れた手。
 ややこけた頬。

 それでも——

 そのダークブラウンの瞳だけは、記憶のまま。

「……っ」

 セリーヌの喉が、ひくりと鳴った。
 記憶の奥底にある光と、同じだった。

 セリーヌはハッとしたように、ロランの方を振り返った。
 そして、何かを口にしようとして、唇が微かに揺れる。

「……セ、リーヌ……?」

 その震える声を聞いた瞬間、彼女はロランの存在も忘れて、勢いよく女性の胸に飛び込んだ。

「ステラ……ステラっ!」

 確かめるように呼べば、女性の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

「あぁ、生きて……生きててくれたのね……!」

 そう言って膝から崩れ落ちる身体を、セリーヌは咄嗟に抱きとめた。
 押し寄せる感情をうまく制御できないのか、痩せた肩が小さく震えている。

「迎えに行ったの……必ず迎えに行くって、約束したから……!」

 言葉が途切れ、抑えきれない嗚咽が漏れる。

「でも、院長は……“高値で売れた”って……もう、どこにもいないって……」

 それ以上、言葉は続かなかった。
 とめどなく涙を流すステラの姿に、セリーヌの視界も滲んでいく。

 公爵家で過ごした、耐え難い苦痛にまみれた日々。
 誰にも頼れず、それでも正気を失わずに耐えきれた理由。

 いつかまた、あの女神様——ステラに会えると信じていたからだ。

「会いたかった……ずっと……!」
「私もっ、私もだよ……ステラ!」

 二人は互いを強く抱きしめると、まるで子どものように声をあげて泣いた。



 しばらくの間静かに見守っていたロランは、音を立てずに部屋を出た。

 扉の隙間から見えたセリーヌは、今までロランが見たことのない、無防備で、幸福に満ちた笑顔を浮かべていた。
 その笑顔を見て、ロランは自分の胸の奥に溜まっていた澱が、少しだけ浄化されるのを感じた。

(これで、よかったんだ)

 そう自分に言い聞かせ、ロランは深く息を吐いた。

 だが、安堵するのと同時に、セリーヌの感情をあれほど揺さぶっているのは、自分ではないという事実が、胸を刺す。
 それは彼女の世界に、自分の知らない“居場所”があることへの、嫉妬だった。

 帝国中からかき集めたドレスやジュエリーよりも、セリーヌにとってはあの女の存在の方が価値があるのだ。

 ——そこに、自分の入る余地はない。

「……俺は」

 呟きは、重厚な廊下のカーペットに吸い込まれて消えた。
 彼女を閉じ込めたいという衝動は、形を変え、胸の奥で燻り続けている。

 それが愛なのか、醜い執着なのか。
 ロランは自分の内側に宿る激しい感情の正体を、まだ見極められずにいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!

香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。 ある日、父親から 「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」 と告げられる。 伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。 その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、 伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。 親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。 ライアンは、冷酷と噂されている。 さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。 決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!? そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

悪役令嬢を断罪したくせに、今さら溺愛とか都合が良すぎますわ!

nacat
恋愛
侯爵令嬢リディアは、無実の罪で婚約者の王太子に断罪された。 冷笑を浮かべ、すべてを捨てて国外へ去った彼女が、数年後、驚くべき姿で帰ってくる。 誰もが羨む天才魔導師として──。 今さら後悔する王太子、ざまぁを噛みしめる貴族令嬢たち。 そして、リディアをひそかに守ってきた公爵の青年が、ようやく想いを告げる時が来た。 これは、不当な断罪を受けた少女が、自分の誇りと愛を取り戻す溺愛系ロマンス。 すべての「裏切られた少女」たちに捧ぐ、痛快で甘く切ない逆転劇。

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~

放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」 最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!? ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

処理中です...