身代わり奴隷、公爵令嬢の仮面を脱いだら大公に執着溺愛されました

Megumi

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25.女神の責務(前編)

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 ——早く、彼に知らせなきゃ。

 それは、皇女としての義務であり、女神と崇められる者としての責務だ。

 あの穢らわしい奴隷女が、どれほど危険な存在であるか。
 哀れなロランに、今すぐ伝えなければならない。
 だというのに。

(……でも、証拠がなければ)

 彼は、きっと信じない。
 あの女は、恐ろしいほどに狡猾だ。
 正義の断罪にか弱く涙を流し、巧妙な嘘を吐き、同情を誘う——そういう女だ。

(彼は優しすぎるもの……。きっと、あの奴隷女の涙に騙されるわ)

 しかもラリサの父である皇帝は、ロランをいたく気に入っている。
 いくら自分が訴えたところで、確かな証拠がなければ、きっとロランの意志に反するようなことはしてくれないだろう。

「こ、皇女殿下……」

 思考の海に沈んでいたラリサを引き戻したのは、彼女の豹変ぶりに慄いていたトムだった。

「何か?」
「その、あの女を抹殺すれば……奴隷売買の件が露見することはない、ですよね?」

 恐る恐る言葉を紡ぐトムを、ラリサは内心で冷めた眼差しを向ける。
 ラリサにとって大事なのは、ロランの心を取り戻すこと。
 この男の進退など、つゆほどの興味もないのだ。

 しかし、抹殺する前に、あの卑しい女が奴隷であることをロランに知らしめる必要がある。
 そのためには、この男の協力がまだ必要だ。

 ラリサはゆっくりと口角を上げると、いつもの清らかな笑みを浮かべる。

「安心なさい。私が、キレイに処理してあげるわ」

 花が咲くような、美しい笑顔。

「だから——証拠を渡しなさい。あの女が奴隷だっていう、確かな証拠を」
「そ、それが……」

 トムは唇を噛み、視線を泳がせる。
 しかしラリサの圧に負け、ゆっくりと重い口を開いた。

「……盗まれたのです。あの女に、奴隷売買に関する書類を」

 トムの告白を聞くなり、ラリサの表情が凍りついた。

「……は?」

 次の瞬間、鬼の形相でトムを睨みつける。

「あなた……証明もできない話を、私にしたの?」
「も、申し訳ありません! で、ですが! 奴隷商人が、同じ内容の書類を必ず持っております! 取引の証として……!」
「……その男の名前は?」
「バルドーという男で……み、南区の裏通りに……!」

 震える声で告げられた名と場所。
 ラリサは一瞬だけ視線を伏せて頭に刻み込むと、すぐに立ち上がった。

「私がなんとかするわ。……貴方は、何もしないで」

 宮殿に戻ったラリサの命令は、冷酷なものだった。

 ——必ず証拠を持って帰ること。男の生死は問わない。

 ◇◇◇

 数日後。

 ラリサは自室で、優雅に刺繍をしていた。
 白い布地に浮かぶのは、大公家の家紋——大きな翼を力強く広げた、グリフィンだ。
 針を進めるたびに、絹糸が光を反射して、美しく煌めく。
 その輝きに、近いうちに訪れるはずの未来が重なって見える。

「あともう少し。……ふふふっ」

 刺しかけの刺繍を胸に抱いて、ラリサが幸福のため息をついた、その時。
 青い顔をした使用人が戻ってきた。

「……ご報告いたします、殿下。バルドーの店は確かに南区にありましたが……先日、何者かに殺害されておりました」

 部屋の温度が一気に下がり、ラリサの強い眼差しを受けた使用人は、大袈裟なほど肩を震わせた。

「……殺された?」
「は、はい。店に火が放たれたようで、中には男の焼死体が一体。商売に関わる書類も、すべて焼失しておりました。周囲の証言から、怨恨による犯行の可能性が高いかと……」

 ——ロラン。
 その名が、ラリサの脳裏をよぎる。

「まさか、あの女のために……そこまで?」

 受け入れがたい現実に手が震え、刺繍が軽い音を立てて床に落ちる。

「どいつも……こいつも……!」

 次の瞬間、ラリサの怒りは、理性を焼き尽くした。
 手元にあった裁ちバサミを勢いよく掴むと、使用人に向かって振り下ろす。
 突然の出来事に固まる使用人の右目に、ハサミが深々と突き刺さった。

「——あ、ああああっ!!」
「バルドーがダメなら、仕入れ元の孤児院周辺を調べればいいじゃない! この愚図!」

 使用人は悲鳴を上げながら崩れ落ちると、目元を押さえてうずくまった。
 しかし、そんなことは気にも留めず、ラリサは親指の爪を噛みながら呟いた。

「あの奴隷がどこから来たのか……必ず痕跡があるはずよ」

 床に落ちたグリフィンの翼は、赤黒く汚れていた。
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