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25.女神の責務(後編)
しおりを挟む一方、大公邸では。
あの日——奴隷であると告白して以来。
ロランの態度が日を追うごとに甘くなっていることに、セリーヌは戸惑っていた。
寝室こそ相変わらず別ではあるものの。
忙しい執務の合間を縫い、食事の時間を合わせてくれるようになり。
ことあるごとにセリーヌに触れる指先は、熱く、優しい。
まるで繊細な宝物を扱うようなその視線に、セリーヌは落ちつかなった。
「……どうして、こんな……」
するとそんなセリーヌの元へ、ミシェルがどこか興奮した様子でやってきた。
そしてセリーヌを見るなり、嬉しそうに口を開いた。
「複数の使用人が……先日、コンサバトリーでお二人がキスしているのを見たそうです!」
「えっ!?」
「なんで教えてくれなかったんですか! お祝いを——」
「ご、誤解よ!」
まさかの誤報に、セリーヌは思わずミシェルの声を遮った。
(あの時だわ……イヤリングを贈ると言ってくれた時……)
通りでここ数日、執事長が微笑ましげな視線を向けてきたわけだ。
セリーヌは顔を真っ赤に染め上げると、心の中で悲鳴をあげた。
(どうしよう……この話、ロラン様は知ってるのかしら?)
◇◇◇
その日の夕食でロランは、デザートを口に運ぶセリーヌの姿を、テーブルの向かい側から熱心に見つめていた。
——最近は、いつもそうだ。
セリーヌが以前「好き」だと言ったものを食べている間、ロランは自分の手を止め、ただ静かに彼女を見つめてくる。
その視線には、喜びと、安堵と、それからどこか満たされたような色を感じる。
その時、セリーヌの頭に、ひとつの仮説が浮かんだ。
(……もしかしたら)
ロランのその嬉しそうな表情は、恵まれない出自の自分に、好きなものを食べさせてやりたい——そんな慈悲の心から生まれているのではないだろうか。
そう考えると、これまでの彼の態度も、すべて腑に落ちる。
自分が孤児院に寄付をすることで救われているように、ロランもまた、自分に施しを与えることで、満たされない何かを埋めているのかもしれない。
その優しさが偽りでないことは、痛いほど伝わってくる。
だからこそ——ほろ苦さも感じてしまう。
彼から欲しいものは、同情でも、慈悲でもない。
(……彼から、これ以上何かを与えてもらうなんてできない)
施されるだけの存在で終わりたくないから。
可哀想な奴隷としてではなく、一人の対等な女性として、心から求められたい。
だから、この無条件の“慈悲”に甘えたくはないのだ。
意を決し、セリーヌは口を開いた。
「ロラン様」
声は震えなかった。
胸の奥を締め付ける感情は抑え込み、言葉を選びながら、セリーヌは告げた。
「いくら私が奴隷だったからといって、貴族の義務でここまでお気遣いいただく必要はありません」
その言葉に、ロランの動きがピタリと止まった。
人払いのされた食堂に、沈黙が落ちる。
「……義務?」
低く、抑えた声。
セリーヌへの愛おしさで満ちていたロランの心が、一瞬で暗い猜疑心に塗りつぶされていく。
(まさか、俺が同情で彼女を囲っているなどど、薄汚い言葉を吹き込まれたのか)
赤の瞳が、怒りを帯びてセリーヌを射抜いた。
「……一体、誰が」
ぎり、とロランの拳が握り締められる。
「君に、そんなことを吹き込んだ?」
あえて冷遇していた時とは明らかに違う、これまで見たことのない、ロランの本物の怒り。
その威圧感に、セリーヌは思わず息を呑む。
そんな小さな音が、静まり返った空間で不自然なほど大きく聞こえた。
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