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31.隠された証拠(後編)
しおりを挟む同じ頃。
ラリサは宮殿の自室で、鏡の前に立っていた。
ロランの言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
——この話は、ここだけにしておけ。
(そうよ……あれは、私を守るための言葉だったのだわ)
彼は私を危険から遠ざけようとしている。
だから、あの女を信じるふりをしただけ。
ラリサの口元に、笑みが浮かぶ。
(やっぱり、まだ彼も私のことを——)
だとすれば、急がなければならない。
あの女が偽物だという証拠さえあれば、すべてが解決するのだから。
ラリサは踵を返すと、護衛も連れずに公爵邸へと向かった。
「皇女殿下……まさか、またお越しいただけるとは……」
応接室で向き直ったトムの顔には、隠しきれない動揺が滲んでいた。
前回とは打って変わり、ラリサの纏う空気には、隠そうともしない危うさがある。
「単刀直入に聞くわ。あの女が偽物だと証明できる物が、この家にあるでしょう?」
ラリサの瞳が、まっすぐにトムを射抜く。トムは内心で奥歯を噛んだ。
(どう答えるべきか……)
先日、つい感情に流されて、あれほど軽々しく口を割ってしまったことを、今は後悔してる。
セリーヌに対する溺愛の噂はもちろん耳にしていたが、半信半疑であった。
しかし、セリーヌを売った奴隷商人が消されたと聞いた時、トムは理解した。
——あの男は、本気だ。
そして今、目の前にいる皇女もまた、どこか狂気じみている。
「……証拠、でございますか」
トムはゆっくりと口を開いた。
「……残念ながら、奴隷売渡証書を盗まれてしまった以上、あの女の出自を示すものは何も——」
「本当に?」
ラリサは眉をしかめると、扇子の先をトムの胸元に向けた。
「あの女はこの屋敷で何年も暮らしていたのでしょう? 買い入れた時の記録がなくても、商人との書簡とか、本物の娘の埋葬記録とか、何かひとつくらいあるはずよ」
「そ、それは……」
「ないとは言わせないわ」
追い詰められたトムは、額に汗を浮かべながら視線を泳がせた。
しかし、どれほど記憶を辿っても、思い当たるものがない。
本物のクロエは身分を隠して、寂れた教会墓地に密かに埋葬させた。
それに、奴隷売渡証書以外の書類などは作成せず、商人との連絡は口頭だけで済ませていた。
証拠を残さないことこそが、この違法な取引における鉄則だったからだ。
「……本当に、何も」
しばしの沈黙。
ラリサはゆっくりと立ち上がると、扇子を威嚇するように開き、苛立ちに歪む口元を隠した。
「……役に立たない人ね」
その声には、もはや怒りの色すらなかった。
ただ、底冷えするような失望だけがある。
トムは背中に冷たい汗が伝うのを感じながら、ラリサが廊下へ消えていくのをただ見送ることしかできなかった。
◇◇◇
廊下に出たラリサは、苛立ちを押し殺しながら歩を進めていた。
(本当に使えない男っ……!)
証拠は確実に存在するはずなのだ。
あの女が偽物である以上、どこかに必ず痕跡が残っている。
「……皇女殿下」
突然、背後から声がかかった。
振り向くと、廊下の暗がりに人影があった。
ひと目でフォークナー公爵家の人間だと分かる赤髪に、甘い顔立ち。
しかしその顔に浮かぶ笑みは、どこか胡散臭い。
「レオン・フォークナーと申します」
男は優雅に腰を折ると、細めた目でラリサを見上げた。
(公爵の息子……使えない父親の血を引いた男か)
取るに足らない。そう判断し、苛立ちのまま通り過ぎようとしたラリサに、レオンが慇懃に告げる。
「僭越ながら申し上げます」
レオンは、にやりと笑った。
「私は、あの女が偽物であると証明できるものの、隠し場所を存じております」
——ラリサの足が、止まった。
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