異世界でも、とりあえず生きておく

波間柏

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14.是か否か

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「あっ」

 遠くに見えた人影に思わず声が漏れた。しかも、とっさに柱の裏に移動しようとしたが、一足速かった。

「戻られたのですね。怪我などは大丈夫でしたか?」

 ほんの一瞬、グレードさんと目があったなと思った時には既に彼は私の眼の前に立っていたのだ。



 まるで最初から近くにいたような違和感のない状況だったが、私の前髪がフワリと浮きまた額に戻ったので移動してきたのは間違いない。

 戦場だったら、避けきれなかっただろうな。

 致命傷をくらう前にとりあえずは壁を。いや、剣を抜いたほうが早いかな。

「ナツ様?」
「あ、はい。かすり傷くらいでした」

 なんにせよ、今の私は弛んでいるな。

 あれ?確か私の遥か遠い昔の記憶では、陛下の居住区内力の使用は非常時以外に使用を認められないと、この眼の前にいる彼に教わったはず。

「そうですか。よかった」

 ジッと観察されている視線が私に降り注いでいる。勿論、気の所為だ。

「では、失礼します」

 上に報告は済ませたわけだし、まずは宿でも探すか。少し贅沢しちゃおうかな。

「ナツ様、この後、時間はありますか?」

 背を向けた私を何故かインテリさんが呼び止めてきた。



✻~✻~✻



「えっと、不味くないですかね?」

 何故か城を出てお洒落な隠れ家的なカフェの個室に座る私は、酷く居心地が悪い。

 軽食を奢ると言われてノコノコついて来たのは私だけど。

「流されて付いてきちゃいましたけど、格好からして場違いですよ」
「いえ?特に服装に決まりはありませんよ。それに、この店は私の伯父が経営しているので」

 親戚がいたんだ。初めて知った。というか、彼のプライベートは、以前も今も殆ど知らないかも。

 まぁ、そうは言っても旅姿ではマナー違反だし、空腹だけど帰ろうかな。

「あの」
「失礼致します」

 料理があれよとテーブルに置かれ、私は、完全に退出する機会を失った。


「口に合って良かった」
「合わない人なんいないと思うくらい美味しかったです」

 正直、前菜から始まるフルコースかと思いきや、以前の世界でのランチにあるようなワンプレートにそっくりだった。

 味は文句なしの美味でした。

「待って下さい。それを飲まれる前に伺いたい事があります」

 今、まさにお茶を飲もうとカップの柄に手を伸ばしていた私の手は鋭い彼の口調により不自然に止まった。

「何か作法があるんですか?」

 焼き菓子と共に出された飲み物は、見た目はミルクティーに見えるけど。グレードさんの視線に顔を上げれば、いつになく真顔で。

普通に怖いんだけど。

「以前の私がお伝えした言葉を覚えでいまますか?」

 以前って何時の話よと口に出そうとしたけれど、強すぎる圧に仕方なく真面目に記憶を掘り起こす。

──うん、全く分からない。

「貴方が旅立つ前に私は、ナツ様との婚姻を望んでいますと伝えました」

そんな場面あったっけ?

「すみません。覚えてません」

潔さは夏の長所である。

「……そうですか」

 いやいや、解答欄をずらして書いてしまった残念な子みたいな顔をしながらのため息は止めてもらえませんか?

 いったい、私が何をしたっていうのよ。

「な、何ですか?」

 飲み物が駄目ならお菓子をと伸ばした右手を掴まれた。

「私は、今も変わりません。小日向 夏様、私と婚姻して下さい」
「は?」
「是なら茶を飲み干し、否ならば皿に流して下さい」

え、本気なの?

「嘘を伝えて何になります?時間のムダでしょう?」

 この人が、必要ないと判断した場合は容赦なく切り捨てるというくらいは知っている。

「何か政治的なモノでの縛りですかね。他国に異世界人を出してはいけないとか。別に結婚しなくても契約書で良くないですか?」

 その際には、お金、ガッポリ貰うけど。

「違います。それなら出国させませんし、影が常に付きます」

そうだよね。

「余計分からないですね」
「貴方は、自分の魅力に気づいていないのですね」
「いや、そんなの持ってないし」

 あ、思わず言葉が雑になってしまった。エリートなインテリさんは気に障るだろう。

「……私にも、ビーンズと同じように接して下さって構いません」
「いや、構うでしょ!」

 あー!もうっ!せっかく久しぶりの甘くて美味しいお菓子を食べているというのに会話が邪魔だ!

「……え?」

 ずっと焼き菓子に集中して下を向いていた私は、流石に苛ついて彼を見た。

「いやいや……なんて顔をしてるんですか?」

 国1番のブレーンと呼ばれる嫌味イケメンが、眉をこれでもかと下げ捨て、迷子の子のような顔をしていた。

「見ないで下さい」
「なんかゴメンナサイ?」
「誠意が全くないじゃないですか」

 いや、そもそも私が謝る必要があるのか?

「ふっ」
「私も困っているんです。笑いたければどうぞ」

そうじゃなくて。

「馬鹿にした訳じゃないですよ。なんか、グレードさんも人なんだなって」
「それの何処が馬鹿にしていないというのです?」

 あーぁ、これは完全におかんむりだ。

「普段、お城の特にお偉い様方は人薄っぺらい顔をしているじゃないですか。悟られるな、侮られるなって感じで。まぁ、外交とかあるだろうし手の内を見せないというのは分かるけど、なんか人間味が無さすぎなんですもん。あ、ビーンズさんは除いて下さいね」

 そんな彼らの筆頭である、眼の前人が、そんな表情していたら驚くよね。

「私、グレードさんの最初の印象最悪だったんですよね。話し方とか見慣れない瞳の色やきらきらの髪とかも造り物みたいで」



でも、ちゃんと向き合ってみると。

「表情あると近寄り難いのが減るし、紫に銀の髪って綺麗ですね」

 以前、腰ぐらいまでありそうだった長い髪は、襟足までになって更に整った輪郭が強調されているようだ。

「ありがとうございます。私の容姿はナツ様にとって好ましいという事ですよね?」
「私がというより、大抵の人は羨ましいのではと思います」

 お、少し口の端が上がったような。

「では、是という事でしたら、召し上がって下さい」
「それとはまた別でしょ。いやシュンとしないでもらえます?」

 まるで私が虐めているみたいじゃん。

「ならば、是か否か決めて頂けますか?」
「そんな事言われても」


どうする私?



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