【語るな会の記録】鎖女の話をするな

鳥谷綾斗(とやあやと)

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第1部/語るな会・会場

怪談なんざ金儲けの道具(笑)

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 ここ数年、世間ではホラーブームが起こっている。
 ウェブメディアに掲載されたホラーコンテンツが大バズりしたことをキッカケに、SNSを中心にエンタメ業界全体に波及したのだ。
 怪談、都市伝説、呪い、モキュメンタリー……そういったものが定期的にネットやSNSでバズっていた。

 ふと耳を傾けると、怪談師だのオカルトライターだのホラー作家だの呪物収集家だのを名乗る連中が、口々に噂している。

「あの出版社の新刊、また実話風のホラーミステリらしいけど、十万部突破したそうだ」
「ええっ、この本が売れない時代に?」
「去年ヒットしたモキュメンタリーホラーが原作の映画も、興行収入が数十億円いったそうですよ」
「ははあ、ハリウッドが苦戦してるのに大したもんだ」
「こりゃあマジだな、今のホラーブームは」

 そう。マジのマジでホラーが流行っているのだ。

 実際オレたちの怪談動画だって、初っ端から結構な数字を叩き出した。
 ネットに転がっている話を生成AIに突っ込んでアレンジして、ふたりで語ってるだけなのに。
 まーオレとJのビジュがそこそこイケてるってのもあるけど。あとは編集のチカラかな。

 おかげで周りの同級生より懐はあたたかいが、こんなんじゃ足りない。

 オレはもっともっと、上に行きたいのだ。


 ヴヴッ――スマホが鳴動した。
 よみっちに断りを入れて、スマホを見る。
 同じゼミのグループラインだった。


【今日の就職説明会、参加したやついる?】
【行った。情報交換しよー】
【明後日、学内でSPI対策講座あるってさー】
【公務員試験の追加募集の件だけど】


 そんな言葉の羅列に、無意識に舌打ちがした。

(シケた努力してんなぁ、こいつら)

 普通に就職して、時間や能力を搾取される人生とか、コスパ最悪じゃん。
 ま、オレはおまえらとは違うし――と鼻で笑って、邪魔な通知をオフにした。


「Kくん、今日は相方はいないの?」
 ふいによみっちが尋ねた。
「あ……Jのやつ、謎に音信不通なんすよ。一週間くらい前から」

 Jとのトーク画面を開きつつ、答える。

「でも様子が変で。『クソやべぇ怪談があるらしいから話を聞いてくる。これは絶対バズる』って言ったきり、大学にも来てないんです。まあ元からサボりがちなヤツだけど」
「何それ怖い。完全にホラー小説の導入じゃんウケる。ちなみに、なんていう怪談?」
「たしか、〈鎖女くさりおんな〉って――」
 そう言った時だった。

「くさりおんな!」

 急に腕をつかまれた。見知らぬ中年女に。

「あっあなた、鎖女を知ってるのっ?」
 頬がひどく痩けた女は、唾を飛ばしてオレに詰め寄る。

「ちょ、離してくださいっ」
 身じろぎすると女はますます力を強めてきた。

「お願い、詳しく教えて、うちのカヨちゃんが――」
「おい、やめないか。迷惑だろう」

 夫らしき男が出てきて、オレから女を引き剥がす。
「すまないね」と夫はオレに謝り、妻を庭園の隅にあるひときわ大きな銀杏の木の元へ連れていった。

 騒ぎを起こすんじゃない、この会を追い出されたらカヨの手がかりがなくなってしまう……夫はそんな感じで妻を叱っていた。
 カヨとは二人の娘だろうか、と思っていると。

「カヨちゃんは……本当に連れていかれたの……」

 妻の、嗚咽まじりの声。悲しげな問いかけ。
 夫は沈痛な面持ちで「分からない」と首を振った。

 オレの胸に、当然の疑問がわき上がる。

(鎖女……?)

 ――って何、と、よみっちを顧みようとしたら、受付係の無愛想な女が声を張った。

「時間になりましたので、これより〈語るな会〉を始めませていただきます。参加される方は、どうぞ建物の中にお入りください」

 ですが、と受付係は続けた。

「事前の注意事項でもお伝えしましたとおり、当会ではその性質上、想定外の事象が起こりえます。
 それは人智を超えた現象である可能性があります。
 参加することによって受けた不利益への責任は、主催側はいっさい負いません。
 ご了承いただけた方のみ、ご参加ください」

 えらく回りくどい物言いだが、要はこういうことだ。

 ――お化けが来るかもしれないから怖かったら帰ってね。

(いやいやいや……)

 バカじゃねーの。
 幽霊なんかいるわけないっての。

 オカルト番組を作っているのに何言ってんだ、って感じだろうが、この考えは決して少数派じゃない。
 だってホラ、庭のあちこちから忍び笑いがしている。明らかにバカにした感じの。

 こいつらだって幽霊や怪異の存在を信じてない。オレと同じように。
 怪談なんか飯のタネに過ぎない。単なる金儲けの道具だ。

「では、どうぞ」

 受付係は無表情で、出入り口を示した。
 ゾロゾロと中に入っていく。
 ひゅう、と冷たい秋風が吹き、黄葉が地面に落ちていった。
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