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第1部/語るな会・会場
禁じられた怪談
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建物の中は、ほどよい室温だった。
三方がガラス張りで、正面にはカウンター。
木製の椅子やテーブルはすべて壁際に移動して、学校の教室くらいの広さがある。
ネット情報によると、ここはイベント用のレンタルスペースらしい。
カウンターの向こうには厨房があるようだ。左右にはトイレとスタッフルームに続くドア。
飲み物や軽食のたぐいは用意されていなかった。気が利かねぇな。
正面カウンター前には、高座が設えていた。
といっても落語家が座る本格的なものではなく、長机を組み合わせて布を被せ、座布団ではなく四角いクッションを置いた簡易的なもの。
いかにもありあわせだな……とつまらなく思っていたら。
「皆さま、ごきげんよう。本日は語ってはいけない怪談を語る会、通称語るな会に参加していただき、感謝申し上げます」
いつの間に現れたのか、一人の爆美女が高座に座っていた。
豊かな髪をハーフアップにし、華やかな着物をまとっている。
うす笑みを浮かべた清楚な面立ちは人形みたいで、一同の目と心をたやすく奪った。もちろん、オレも。
(重加工した画像みてぇ……)
SNSには大量にいても、現実にはまずお目にかかれない。
作りものめいた美貌を持つ女は、ゆっくりと会場中を見回した。
「わたくしは主催を務めます市井と申します。肩書きは色々とありますが……今宵は怪談師と名乗りましょう。どうぞお見知りおきを」
小さくざわめきが起こった。
「彼女があの……?」「こんなに若かったのか」とコメントがちらほら。
「皆さまの中には、唐突に勧誘され、驚いた方もいらっしゃったことでしょう。改めてお詫びいたします」
そう。オレのSNSに「語るな会に参加しませんか?」のDMが届いたのはたった数日前だ。
なんの前触れもなくフォローされていきなりDM。
しかも内容が怪しすぎて最初は何かの詐欺かと疑った。
けれどネットで情報を募ったところ、ある事実が判明し、参加を決めた。
語るな会の主催は、テレビ局や各種マスコミ、果ては国家機関にまでつながりがある、かなりの重鎮だという。
その主催がこれと認めた者だけが招待されるのだ。
配信を始めてからわずか半年で誘われるのは名誉なことだ、と活動を通して知り合った自称オカルト研究家に言われた。
正直名誉とかよくわからんが、これは人脈を広げるチャンスだ。
ぜひともあの市井という女とはお近づきになりたい。できればプライベートでも。
重鎮というには若すぎる女の全身を上から下まで視線で舐め回す。……と、あることを思い出した。
(そういえば、語るな会からのDMが来たのって、Jの連絡が途絶えてからだっけ)
一応Jには知らせたが、既読にすらならないんだよな。
でも今までにも、半月くらい顔を合わせないことはあったし。
講義によってはリモートもあるから毎日通学しないし、Jは単位は充分に取ってる。
最近見ねぇなぁと思ったら、ひょっこり現れて「ちょっと渡韓してた!」なんて言うやつだ。
Jはよく言えば行動力があって、悪く言えば考えなしに動く。
(ま、動画は撮り溜めたやつがあるからいーんだけど……)
――トントン
軽い物音がして、視線を上げた。市井が和机を扇子で軽く叩いたのだ。
場を仕切り直す響きに、ちょっと姿勢を正す。
「――語るな会は禁忌の怪談会」
静かに、本題に入った。
「長きに渡って『語ってはいけない』『広めてはいけない』とされてきた怪談を語る場です。
それはたとえば〈牛の首〉……あまりにも恐ろしく聞いた者を震撼させ、死へと導く有名な怪談。
近年ですと、〈鮫島事件〉が代表的ですわね」
その単語が出た途端、参加者がしかめ面になったり頭を抱えたりした。実にわざとらしく。
「あれは恐ろしい事件だった」
「そうだな。蒸し返さないでいただきたいね」
「令和になった今でも、語れば消されてしまうタブー中のタブーですね」
「本当に、思い出すだけで恐ろしい……」
そんなやりとりが聞こえ、オレは――吹き出すのを必死で堪えた。
牛の首は古くから伝わる都市伝説だ。
「牛の首という無類の恐ろしさを持つ怪談があり、これを聞いた者は恐怖のあまり三日と経たずに死んでしまう。内容を知る者は皆この世を去り、その題名と恐ろしさだけが残った」というもの。
鮫島事件は、2001年にネットの匿名掲示板で生まれたとされる都市伝説だ。
『伝説の「鮫島スレ」について語ろう』というスレッドで、「鮫島スレについて覚えている人間はいないか? あれを見たときのショックは今でも覚えている」という書き込みがなされ、集まったネット民が断片的な情報を次々と追加した。
しかし「具体的なことを書くと公安に消される」とされているので、詳細が判明することはない……というもの。
その正体は、どちらとも『釣り』である。
架空の怪談、架空の事件で、何も知らない新規や部外者をからかう、いわゆるジョーク系都市伝説である。
つまりこの場にいる連中は、ネットの悪ノリをリアルで披露しているのだ。
誰ひとり何ひとつわかってないのに訳知り顔をして。いい大人が。
(アホくさすぎて笑える。あーくだらね)
とか思いつつ、場の空気を読んで神妙そうな表情を作った。
そんなオレたちを見下ろして、市井は美しい笑みを深めた。
「その中でも群を抜いて語ってはいけないとされるのが――〈鎖女〉の怪談です」
すぐそばで、大きく息を呑む気配がした。
あの、カヨという娘を探しているらしい中年夫婦だ。
妻の方は今にも市井に駆け寄って、オレにしたようにすがりつきそうだ。夫はそんな妻を抑えながらも、ガン開きの目で高座を見つめる。
鎖女。
さっきも思ったが、聞いたことがない。
隣にいるよみっちに目線で問うが、よみっちも首を横に振った。
「今から語りますのは、鎖女の話をしてしまった少女の『物語』です」
(……物語?)
市井が合図すると、会場の照明が弱まった。
陽はすっかり落ち、ガラス壁の向こうは薄闇が下りていた。
……カサッ
地面に落ちた黄葉が乾いた音を立てた。……カサッ
建物の中は、ほどよい室温だった。
三方がガラス張りで、正面にはカウンター。
木製の椅子やテーブルはすべて壁際に移動して、学校の教室くらいの広さがある。
ネット情報によると、ここはイベント用のレンタルスペースらしい。
カウンターの向こうには厨房があるようだ。左右にはトイレとスタッフルームに続くドア。
飲み物や軽食のたぐいは用意されていなかった。気が利かねぇな。
正面カウンター前には、高座が設えていた。
といっても落語家が座る本格的なものではなく、長机を組み合わせて布を被せ、座布団ではなく四角いクッションを置いた簡易的なもの。
いかにもありあわせだな……とつまらなく思っていたら。
「皆さま、ごきげんよう。本日は語ってはいけない怪談を語る会、通称語るな会に参加していただき、感謝申し上げます」
いつの間に現れたのか、一人の爆美女が高座に座っていた。
豊かな髪をハーフアップにし、華やかな着物をまとっている。
うす笑みを浮かべた清楚な面立ちは人形みたいで、一同の目と心をたやすく奪った。もちろん、オレも。
(重加工した画像みてぇ……)
SNSには大量にいても、現実にはまずお目にかかれない。
作りものめいた美貌を持つ女は、ゆっくりと会場中を見回した。
「わたくしは主催を務めます市井と申します。肩書きは色々とありますが……今宵は怪談師と名乗りましょう。どうぞお見知りおきを」
小さくざわめきが起こった。
「彼女があの……?」「こんなに若かったのか」とコメントがちらほら。
「皆さまの中には、唐突に勧誘され、驚いた方もいらっしゃったことでしょう。改めてお詫びいたします」
そう。オレのSNSに「語るな会に参加しませんか?」のDMが届いたのはたった数日前だ。
なんの前触れもなくフォローされていきなりDM。
しかも内容が怪しすぎて最初は何かの詐欺かと疑った。
けれどネットで情報を募ったところ、ある事実が判明し、参加を決めた。
語るな会の主催は、テレビ局や各種マスコミ、果ては国家機関にまでつながりがある、かなりの重鎮だという。
その主催がこれと認めた者だけが招待されるのだ。
配信を始めてからわずか半年で誘われるのは名誉なことだ、と活動を通して知り合った自称オカルト研究家に言われた。
正直名誉とかよくわからんが、これは人脈を広げるチャンスだ。
ぜひともあの市井という女とはお近づきになりたい。できればプライベートでも。
重鎮というには若すぎる女の全身を上から下まで視線で舐め回す。……と、あることを思い出した。
(そういえば、語るな会からのDMが来たのって、Jの連絡が途絶えてからだっけ)
一応Jには知らせたが、既読にすらならないんだよな。
でも今までにも、半月くらい顔を合わせないことはあったし。
講義によってはリモートもあるから毎日通学しないし、Jは単位は充分に取ってる。
最近見ねぇなぁと思ったら、ひょっこり現れて「ちょっと渡韓してた!」なんて言うやつだ。
Jはよく言えば行動力があって、悪く言えば考えなしに動く。
(ま、動画は撮り溜めたやつがあるからいーんだけど……)
――トントン
軽い物音がして、視線を上げた。市井が和机を扇子で軽く叩いたのだ。
場を仕切り直す響きに、ちょっと姿勢を正す。
「――語るな会は禁忌の怪談会」
静かに、本題に入った。
「長きに渡って『語ってはいけない』『広めてはいけない』とされてきた怪談を語る場です。
それはたとえば〈牛の首〉……あまりにも恐ろしく聞いた者を震撼させ、死へと導く有名な怪談。
近年ですと、〈鮫島事件〉が代表的ですわね」
その単語が出た途端、参加者がしかめ面になったり頭を抱えたりした。実にわざとらしく。
「あれは恐ろしい事件だった」
「そうだな。蒸し返さないでいただきたいね」
「令和になった今でも、語れば消されてしまうタブー中のタブーですね」
「本当に、思い出すだけで恐ろしい……」
そんなやりとりが聞こえ、オレは――吹き出すのを必死で堪えた。
牛の首は古くから伝わる都市伝説だ。
「牛の首という無類の恐ろしさを持つ怪談があり、これを聞いた者は恐怖のあまり三日と経たずに死んでしまう。内容を知る者は皆この世を去り、その題名と恐ろしさだけが残った」というもの。
鮫島事件は、2001年にネットの匿名掲示板で生まれたとされる都市伝説だ。
『伝説の「鮫島スレ」について語ろう』というスレッドで、「鮫島スレについて覚えている人間はいないか? あれを見たときのショックは今でも覚えている」という書き込みがなされ、集まったネット民が断片的な情報を次々と追加した。
しかし「具体的なことを書くと公安に消される」とされているので、詳細が判明することはない……というもの。
その正体は、どちらとも『釣り』である。
架空の怪談、架空の事件で、何も知らない新規や部外者をからかう、いわゆるジョーク系都市伝説である。
つまりこの場にいる連中は、ネットの悪ノリをリアルで披露しているのだ。
誰ひとり何ひとつわかってないのに訳知り顔をして。いい大人が。
(アホくさすぎて笑える。あーくだらね)
とか思いつつ、場の空気を読んで神妙そうな表情を作った。
そんなオレたちを見下ろして、市井は美しい笑みを深めた。
「その中でも群を抜いて語ってはいけないとされるのが――〈鎖女〉の怪談です」
すぐそばで、大きく息を呑む気配がした。
あの、カヨという娘を探しているらしい中年夫婦だ。
妻の方は今にも市井に駆け寄って、オレにしたようにすがりつきそうだ。夫はそんな妻を抑えながらも、ガン開きの目で高座を見つめる。
鎖女。
さっきも思ったが、聞いたことがない。
隣にいるよみっちに目線で問うが、よみっちも首を横に振った。
「今から語りますのは、鎖女の話をしてしまった少女の『物語』です」
(……物語?)
市井が合図すると、会場の照明が弱まった。
陽はすっかり落ち、ガラス壁の向こうは薄闇が下りていた。
……カサッ
地面に落ちた黄葉が乾いた音を立てた。……カサッ
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