6 / 35
第2部/鎖女の話をした少女の話
怪談話と壁ドン
しおりを挟む
――ドンッ
高校の廊下で、親友の祐奈としゃべっていた時だった。
あたし、矢島莉々子は、通りすがりの男子生徒に壁に押しつけられた。わりと強引に。
(……うぇええ……?)
戸惑いすぎて声も出ない。ただ茫然とした。
目の前には背の高い男子生徒。
がっちりとした体格に鋭い目つき。どこか野生的だけど顔立ちは整っている。
(何これ、どーいう状況?)
なんであたし、イケメンに壁ドンされてんの!?
「――やめろ」
「えっ?」
彼は険しい表情で、おなかに響くような低音ボイスで命じた。
「な、何を……?」
「〈鎖女〉の話をするのをやめろ」
ドンッ
彼の拳が、あたしの右耳の真横を叩く。
「り、莉々子ぉ……」
祐奈があわあわしながらあたしの名前を呼ぶ。
――いや、たしかに今、あたしは〈鎖女〉の話をしていたよ。
廊下を歩きながらSNSを見ていたら、祐奈の推し俳優がホラー映画に出演するってお知らせが来たから。
その流れで、あたしも怖い話をしたんだ。
ネットで見かけた都市伝説。
〈鎖女〉――の怪談を。
「……鎖女は、噂話をした人間の元にやってくる」
静かな口調で、けれど厳しげな視線で彼は続けた。
「命が惜しければ、二度と誰にも話すな」
それだけ言うと、彼はあたしを壁ドンから解放して立ち去った。
一匹狼の風格を漂わせて、廊下を歩いていく彼。
あたしたちのやりとりを見学していた野次馬たちが、サッと道を開けた。
「莉々子、大丈夫?」
祐奈に聞かれた途端、あたしの膝から力が抜けた。
へなへな……と座り込んでしまった。
「大丈夫じゃないよぉ……」
退屈な授業が終わって、特になんの用事もないいつもの放課後だーって思っていたのに。
まさか壁ドンされるなんて。
こんな漫画みたいなこと、アリ?
祐奈の手を借りて立ち上がる。
「さっきの人って、三年生の柏木先輩じゃん」
柏木先輩? 知らない名前だな。
高校に入学して二ヶ月以上経つけど、祐奈とは違ってあたしは帰宅部だからなぁ。
上級生との接点なんてないんだよね。
「ちょっと怖い噂のある先輩だよ」
「怖い? え、不良とかヤンキーとか、まさか総長とか?」
冗談半分で聞き返したけど、祐奈はちょっと真剣な顔つきで「ううん」と否定した。
「〈霊感〉、ってやつがあるんだって」
……思わず、戸惑いと半笑いが混ざった声が出た。
「……何それ、マジ?」
「マジらしいよ。ユーレイとかタタリとかノロイとか、そういう〈怪異〉に遭って、柏木先輩に助けてもらった人がいるんだって」
生徒だけでなく先生にも、と祐奈が続けた。
「それにあのとおり超イケメンだから、隠れファンも多いらしいし」
(まあたしかに、そこらのアイドルが自信喪失して病むレベルの顔面偏差値だった)
それも出会い頭に、辻斬りのよーに壁ドンをされても許されそーな。
少女漫画でしかお目にかかれないタイプ。あんなのリアルにいるんだぁ。
(でも、いくらイケメンでもあんな変人じゃあね……)
ネットに転がってる、しょーもない怪談を信じるなんてさ。
――〈鎖女〉
鎖を全身に巻きつけて、ズタボロの服を着た女。
鎖女の話をすると、目の前に鎖女が現れて。
――恐ろしい目に遭う。
(いや、恐ろしい目って何よ)
肝心なところがフワフワしすぎ。
百万回は聞いたような、ありがちな、個性も何もない、一瞬で消費される、つまらない噂話。
ちなみに祐奈の推しが出るホラー映画も、あらすじは大体こんな感じ。
それだけありふれた、取るに足らない怪談なんだ。
やれやれ、とあたしは肩をすくませた。
*
心配した祐奈が、校門まで送ってくれた。
午後四時半。初夏だけど、この時間帯はちょっと肌寒い。
衣替えしたばかりの半袖の制服から出た腕が、軽く粟立った。
(今の時期はいいけど、梅雨になったらキツイかな)
あたしは徒歩通学だけど、片道が三十分もかかる。
自転車通学に変えたいなーと思っていると、祐奈がふいに顔を覗き込んできた。
「莉々子、一人で大丈夫? やっぱりわたし一緒に帰ろっか?」
眉根を寄せる祐奈に、つい笑ってしまった。
「何言ってんの。今日も部活でしょ? 一年生が休んだらマズイじゃん。ただでさえ演劇部って上下関係キビシーんだから」
軽く返すけど、心配性な親友は引き下がらなかった。
それどころか、
「……ね、よかったら一回演劇部に見学に来ない?」
そんな誘いをかけてきた。
自分でも分かった。あたしの表情が固まったこと。
「莉々子は経験者だし、顧問の先生も先輩たちも、途中入部だって認めてくれると思うんだ。ね、わたしやっぱりまた莉々子と演劇したい……」
「やめてよぉ。演劇は、もう中学で卒業したんだってばー」
なるべく重く聞こえないように声音を作った。
「マジ素質なかったからね、あたし。三年間やってて群衆(モブ)役しかさせてもらえなかったし。向いてないことに執着しても仕方ないしさ」
「莉々子……」
祐奈の困り顔が見ていられなくて、視線を遠くに逃した。
空の彼方がじんわりと赤くなっている。血が滲んでいるみたい。
「じゃあ祐奈、部活がんばってね」
会話を強制終了させて、あたしは手を振った。
「う、うん。莉々子も気をつけてね」
「あはは、ありがと。せいぜい鎖女と突然の壁ドンに気をつけるわ」
カラカラと笑って、祐奈に背を向けた。
祐奈が踵を返して校舎に戻るのを気配で確認して、通学路を歩いていると、
――あ、今、表情が死んだ。
ひとりになった途端、自分の顔面から感情が失せたのが分かった。
高校の廊下で、親友の祐奈としゃべっていた時だった。
あたし、矢島莉々子は、通りすがりの男子生徒に壁に押しつけられた。わりと強引に。
(……うぇええ……?)
戸惑いすぎて声も出ない。ただ茫然とした。
目の前には背の高い男子生徒。
がっちりとした体格に鋭い目つき。どこか野生的だけど顔立ちは整っている。
(何これ、どーいう状況?)
なんであたし、イケメンに壁ドンされてんの!?
「――やめろ」
「えっ?」
彼は険しい表情で、おなかに響くような低音ボイスで命じた。
「な、何を……?」
「〈鎖女〉の話をするのをやめろ」
ドンッ
彼の拳が、あたしの右耳の真横を叩く。
「り、莉々子ぉ……」
祐奈があわあわしながらあたしの名前を呼ぶ。
――いや、たしかに今、あたしは〈鎖女〉の話をしていたよ。
廊下を歩きながらSNSを見ていたら、祐奈の推し俳優がホラー映画に出演するってお知らせが来たから。
その流れで、あたしも怖い話をしたんだ。
ネットで見かけた都市伝説。
〈鎖女〉――の怪談を。
「……鎖女は、噂話をした人間の元にやってくる」
静かな口調で、けれど厳しげな視線で彼は続けた。
「命が惜しければ、二度と誰にも話すな」
それだけ言うと、彼はあたしを壁ドンから解放して立ち去った。
一匹狼の風格を漂わせて、廊下を歩いていく彼。
あたしたちのやりとりを見学していた野次馬たちが、サッと道を開けた。
「莉々子、大丈夫?」
祐奈に聞かれた途端、あたしの膝から力が抜けた。
へなへな……と座り込んでしまった。
「大丈夫じゃないよぉ……」
退屈な授業が終わって、特になんの用事もないいつもの放課後だーって思っていたのに。
まさか壁ドンされるなんて。
こんな漫画みたいなこと、アリ?
祐奈の手を借りて立ち上がる。
「さっきの人って、三年生の柏木先輩じゃん」
柏木先輩? 知らない名前だな。
高校に入学して二ヶ月以上経つけど、祐奈とは違ってあたしは帰宅部だからなぁ。
上級生との接点なんてないんだよね。
「ちょっと怖い噂のある先輩だよ」
「怖い? え、不良とかヤンキーとか、まさか総長とか?」
冗談半分で聞き返したけど、祐奈はちょっと真剣な顔つきで「ううん」と否定した。
「〈霊感〉、ってやつがあるんだって」
……思わず、戸惑いと半笑いが混ざった声が出た。
「……何それ、マジ?」
「マジらしいよ。ユーレイとかタタリとかノロイとか、そういう〈怪異〉に遭って、柏木先輩に助けてもらった人がいるんだって」
生徒だけでなく先生にも、と祐奈が続けた。
「それにあのとおり超イケメンだから、隠れファンも多いらしいし」
(まあたしかに、そこらのアイドルが自信喪失して病むレベルの顔面偏差値だった)
それも出会い頭に、辻斬りのよーに壁ドンをされても許されそーな。
少女漫画でしかお目にかかれないタイプ。あんなのリアルにいるんだぁ。
(でも、いくらイケメンでもあんな変人じゃあね……)
ネットに転がってる、しょーもない怪談を信じるなんてさ。
――〈鎖女〉
鎖を全身に巻きつけて、ズタボロの服を着た女。
鎖女の話をすると、目の前に鎖女が現れて。
――恐ろしい目に遭う。
(いや、恐ろしい目って何よ)
肝心なところがフワフワしすぎ。
百万回は聞いたような、ありがちな、個性も何もない、一瞬で消費される、つまらない噂話。
ちなみに祐奈の推しが出るホラー映画も、あらすじは大体こんな感じ。
それだけありふれた、取るに足らない怪談なんだ。
やれやれ、とあたしは肩をすくませた。
*
心配した祐奈が、校門まで送ってくれた。
午後四時半。初夏だけど、この時間帯はちょっと肌寒い。
衣替えしたばかりの半袖の制服から出た腕が、軽く粟立った。
(今の時期はいいけど、梅雨になったらキツイかな)
あたしは徒歩通学だけど、片道が三十分もかかる。
自転車通学に変えたいなーと思っていると、祐奈がふいに顔を覗き込んできた。
「莉々子、一人で大丈夫? やっぱりわたし一緒に帰ろっか?」
眉根を寄せる祐奈に、つい笑ってしまった。
「何言ってんの。今日も部活でしょ? 一年生が休んだらマズイじゃん。ただでさえ演劇部って上下関係キビシーんだから」
軽く返すけど、心配性な親友は引き下がらなかった。
それどころか、
「……ね、よかったら一回演劇部に見学に来ない?」
そんな誘いをかけてきた。
自分でも分かった。あたしの表情が固まったこと。
「莉々子は経験者だし、顧問の先生も先輩たちも、途中入部だって認めてくれると思うんだ。ね、わたしやっぱりまた莉々子と演劇したい……」
「やめてよぉ。演劇は、もう中学で卒業したんだってばー」
なるべく重く聞こえないように声音を作った。
「マジ素質なかったからね、あたし。三年間やってて群衆(モブ)役しかさせてもらえなかったし。向いてないことに執着しても仕方ないしさ」
「莉々子……」
祐奈の困り顔が見ていられなくて、視線を遠くに逃した。
空の彼方がじんわりと赤くなっている。血が滲んでいるみたい。
「じゃあ祐奈、部活がんばってね」
会話を強制終了させて、あたしは手を振った。
「う、うん。莉々子も気をつけてね」
「あはは、ありがと。せいぜい鎖女と突然の壁ドンに気をつけるわ」
カラカラと笑って、祐奈に背を向けた。
祐奈が踵を返して校舎に戻るのを気配で確認して、通学路を歩いていると、
――あ、今、表情が死んだ。
ひとりになった途端、自分の顔面から感情が失せたのが分かった。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?
鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。
先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる