【語るな会の記録】鎖女の話をするな

鳥谷綾斗(とやあやと)

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第2部/鎖女の話をした少女の話

背後から鎖の音

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 クラスではカースト中位。目立つ存在ではないけれど、そこそこの成績で男子とも女子とも気軽にしゃべる『矢島莉々子』という仮面が、ふうっと消えた。
 そんな感覚。

 特に見たいものはないけど、手持ち無沙汰なのでスマホを開く。
 適当にSNSを開くと、人間の笑顔だらけだ。

 スマイル。ピース。ハッピー。
 加工で盛った写真や、絵文字顔文字だらけの短文の世界。

 知ってる人や知らない人の、笑顔、笑顔、笑顔。


(……何がそんなに楽しいんだろ……)

 そんな気持ちが、ポロリ、と。

(SNSに写真や動画を載せてる人たちは、きっと毎日が楽しいんだろうな……)

 あたしと違って。


 暮れなずむ住宅街。
 もうすぐあたしの家だ。
 帰ったら着替えて、ダラダラして、ごはん食べてお風呂に入る。
 課題やりながら友達とトークして、眠くなったら寝る。

 そしてまた、今日と同じ明日がやってくる。

(……いや、さすがに辻斬り壁ドンはないだろうけど……)

 でもどうせ、ドラマチックなこともエモいことも起こらない。
 平和平和、平凡平凡。

 足元から伸びる影を踏みつけて、ごくごく軽ーく、自分の人生に失望した。
 でもこの心境もいつものことなんだ。
 昨日もほとんど同じように考えていた。

 ――その時だった。


 何か、聞こえた




「……?」

 足を止めた。
 いま、妙に気にかかる音が背後から聞こえた。

 ……ジャラッ、とか。
 ……チャラッ、とか。

(なに、この音……)

 聞き覚えはあった。
 うちの近所のおじさんが歩くたびに鳴る音に、似てる気がする。
 腰から下げたウォレットチェーンが、歩くたびに鍵とかとぶつかって鳴る音。

 ……金属の鎖が、こすり合う……音。


「っ!」

 後ろを振り返る。
 誰もいない。

 いや……

 いる。


 あたしがいる場所から、五メートルほど離れたところに。

 空き地だった。『建設中』の立て看板が地面に刺さっている。
 手前側に長方体の仮設トイレがあって、それに隠れるように誰かが佇んでいた。

 半身だけしか見えず、となりの家の常緑樹で翳っていて背格好くらいしか分からないけど、たぶん女の人だ。


(なんだろう……あの人)


 見ちゃいけない気がする。
 本能がそう警告している気がする。

 目を背けて、早く立ち去ろうとしたら。


 ジャラッ


 また金属音が聞こえて、振り返った。
 目と鼻の先に、女がいた。


(……!?)
 息を詰まらせて後ずさる。「何ですか」って問おうとしたけど喉が凝って声が出ない。

「……」

 女の前髪は長く、うつむいているので唇しか見えない。

 何か、言われた気がした。

 でもそんなことはどうでもいい。

 黒ずんだ赤い服を着た女は、頭にも手にも胴にも足にも鎖を巻きつけていた。


 ジャラッ


 女が身じろぎするたびに、身体中の鎖が鳴る。


(な、何、これ……)

 まさか。

(……鎖女……!?)
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