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第2部/鎖女の話をした少女の話
ただそばにいたいだけ
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――数日後。
授業が午前中で終わる日、柏木は駐輪場で電話をかけていた。
「師匠、突然の連絡失礼します。鎖女に関する調査報告書を拝読しました」
片手に持った報告書の束を見つめながら、柏木は苦虫を潰したような顔になった。
「……まさか、鎖女の話のモデルとなった人物が実在していたなんて。なんの罪もない女性が、あんな惨たらしい方法で命を奪われていたとは……」
報告書に添付されていた現場と遺体の写真を思い出し、吐き気を覚える。
「事件が起こった昭和**年当時、報道が事件そのものを隠したのも頷けます。人間のやることじゃない……」
柏木の所感を受けて、電話相手が言葉を返した。
「……ええ、そうですね。人間がやったこと……ですね」
その事実に、もう何度目か分からない『痛み』を覚える。
「事件の報道そのものは控えられても、一部のカストリ雑誌が記事にしたようで。……いつの時代も、マスゴミというのは厄介ですね」
その記事が元で、人々の間に『鎖女の話』が流れた。
『悲惨な死』とは、それだけで人の興味を引くものなのである。
「なんとか完全浄化してさしあげたいです、俺は。
生者のためにも、……死者のためにも」
心からの願いを口にすると、電話の向こうの師は同意した。
それは柏木の力となった。
「それで……俺がこれまで研究してきた『怪異』というものの特徴と、今回の事象を照らし合わせて、考えてみたのですが。
鎖女が浄化されても戻ってくるのは、ひょっとして」
仮説を提示しようとしたとき、一人の女子生徒が駆け込んできた。
「――柏木先輩!」
「! 君は、莉々子の友達の……」
先日まで保護対象だった後輩の友人だ。
彼女は思いつめたように柏木にすがった。
「助けてください! 莉々子が大変なんです!」
*
「それでね、この話をした人の前に、鎖女は現れるの」
「フーン、怖ぇー。おっ、推しのガチャ引けた!」
クラスメイトの男子は、あたしが話をしている最中もずっとスマホに夢中だった。
完全に聞き流しだけど、まあいい。
『話す』ことが重要なんだもんね。
午前中授業が終わって、放課後。
夏の気配を感じる教室で、あたしはどうでもいい人と鎖女の話をしていた。
「もういい? 腐った女の話、終わった?」
「鎖女だってば。うん、終わったよ。ありがとう」
男子にお礼を言って鞄から取り出したのは、財布だ。
「これ、約束の五百円」
「あざーす」
五百円玉を受け取った男子は、意気揚々と教室を出ていく。
ふう、と息をついた。
「これで七人目かぁ」
あと三人は話したいな。
人数が多ければ多いほど、鎖女も早く来るはず。
残りのおこづかいがいくらあるかなって、数えたときだった。
「莉々子!」
鋭い声が飛んできて、あたしの肩が跳ねる。
待ち望んでいた声だった。
「かしわぎ……せんぱい……」
――我ながら、ゼッタイ頭がおかしい。
先輩、すごく怖い顔して明らかに怒ってるのに。
(嬉しくてたまらないよ……!)
泣きそうなほど感激するあたしをよそに、柏木先輩は追及してきた。
「どういうつもりだ。鎖女の話を広めているなんて!」
どうしてそれを、と思ったけど答えは簡単だった。
柏木先輩の後ろから、眉尻を下げた祐奈が出てくる。
(祐奈が知らせたのか……)
あたしのことなんてほっとけばいいのに、お節介なんだから。
……あ、違うか。
祐奈は優しいんだ。
あたしと違って。
「金まで払ってクラスメイトに聞かせるだなんて。どんな目に遭うか理解しているはずだろう、何を考えているんだ!」
「……ッ!」
(……だって)
だってだって、だって!
こうでもしないと先輩は!
「先輩が悪いんです!!」
反論したくて八つ当たりしたくて、全部たまらなくなってあたしは叫んだ。
そして叱られた子どもみたいに逃げ出す。ダサすぎる。
「莉々子、待って!」
祐奈の制止を振り切って、あたしは全力疾走した。
授業が午前中で終わる日、柏木は駐輪場で電話をかけていた。
「師匠、突然の連絡失礼します。鎖女に関する調査報告書を拝読しました」
片手に持った報告書の束を見つめながら、柏木は苦虫を潰したような顔になった。
「……まさか、鎖女の話のモデルとなった人物が実在していたなんて。なんの罪もない女性が、あんな惨たらしい方法で命を奪われていたとは……」
報告書に添付されていた現場と遺体の写真を思い出し、吐き気を覚える。
「事件が起こった昭和**年当時、報道が事件そのものを隠したのも頷けます。人間のやることじゃない……」
柏木の所感を受けて、電話相手が言葉を返した。
「……ええ、そうですね。人間がやったこと……ですね」
その事実に、もう何度目か分からない『痛み』を覚える。
「事件の報道そのものは控えられても、一部のカストリ雑誌が記事にしたようで。……いつの時代も、マスゴミというのは厄介ですね」
その記事が元で、人々の間に『鎖女の話』が流れた。
『悲惨な死』とは、それだけで人の興味を引くものなのである。
「なんとか完全浄化してさしあげたいです、俺は。
生者のためにも、……死者のためにも」
心からの願いを口にすると、電話の向こうの師は同意した。
それは柏木の力となった。
「それで……俺がこれまで研究してきた『怪異』というものの特徴と、今回の事象を照らし合わせて、考えてみたのですが。
鎖女が浄化されても戻ってくるのは、ひょっとして」
仮説を提示しようとしたとき、一人の女子生徒が駆け込んできた。
「――柏木先輩!」
「! 君は、莉々子の友達の……」
先日まで保護対象だった後輩の友人だ。
彼女は思いつめたように柏木にすがった。
「助けてください! 莉々子が大変なんです!」
*
「それでね、この話をした人の前に、鎖女は現れるの」
「フーン、怖ぇー。おっ、推しのガチャ引けた!」
クラスメイトの男子は、あたしが話をしている最中もずっとスマホに夢中だった。
完全に聞き流しだけど、まあいい。
『話す』ことが重要なんだもんね。
午前中授業が終わって、放課後。
夏の気配を感じる教室で、あたしはどうでもいい人と鎖女の話をしていた。
「もういい? 腐った女の話、終わった?」
「鎖女だってば。うん、終わったよ。ありがとう」
男子にお礼を言って鞄から取り出したのは、財布だ。
「これ、約束の五百円」
「あざーす」
五百円玉を受け取った男子は、意気揚々と教室を出ていく。
ふう、と息をついた。
「これで七人目かぁ」
あと三人は話したいな。
人数が多ければ多いほど、鎖女も早く来るはず。
残りのおこづかいがいくらあるかなって、数えたときだった。
「莉々子!」
鋭い声が飛んできて、あたしの肩が跳ねる。
待ち望んでいた声だった。
「かしわぎ……せんぱい……」
――我ながら、ゼッタイ頭がおかしい。
先輩、すごく怖い顔して明らかに怒ってるのに。
(嬉しくてたまらないよ……!)
泣きそうなほど感激するあたしをよそに、柏木先輩は追及してきた。
「どういうつもりだ。鎖女の話を広めているなんて!」
どうしてそれを、と思ったけど答えは簡単だった。
柏木先輩の後ろから、眉尻を下げた祐奈が出てくる。
(祐奈が知らせたのか……)
あたしのことなんてほっとけばいいのに、お節介なんだから。
……あ、違うか。
祐奈は優しいんだ。
あたしと違って。
「金まで払ってクラスメイトに聞かせるだなんて。どんな目に遭うか理解しているはずだろう、何を考えているんだ!」
「……ッ!」
(……だって)
だってだって、だって!
こうでもしないと先輩は!
「先輩が悪いんです!!」
反論したくて八つ当たりしたくて、全部たまらなくなってあたしは叫んだ。
そして叱られた子どもみたいに逃げ出す。ダサすぎる。
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祐奈の制止を振り切って、あたしは全力疾走した。
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