終わらぬ小旅行 ――なんだかんだで妖怪やってます――

木村

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第一章 始まりの前

02

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 家に帰る頃には四時を過ぎていたが、スーツはちゃんと脱臭だっしゅうハンガーにかけ、シャワーも浴びてから寝たし、起きたのも十時過ぎだったから、まだこれから悪くない誕生日にできる気がした。

「……なにしようかな」

 なんなら朝から酒を飲んでもいいかもしれないと少し考えてから、とりあえず洗濯機を回し、掃除機をかけて、雑巾をかけた。
 一人暮らしも五年目になる。
 年々、荷物が減っていき、休日は家事しかしなくなった。本を読まなくなったのも、映画を観なくなったのもいつだったろう。
 荷物を減らしたら部屋も狭くてよくなった。だから家賃も削れたし、掃除も楽になったし、毎月貯金できる額は増えて、車も買えた。なのに、以前より味気ない人生になったとも思う。毎日がただ過ぎていく。老後に向けて仕事をするだけの毎日。
 そんなことを思いながら洗濯物を干す。と、ポケットにいれていたスマホが振動した。見れば、実家の隣に住んでいる幼馴染みからのメッセージだった。悩んでから、読むことにした。

『誕生日おめでとう。祝ってあげるからごはん行こうよ!』

 それから行きたいレストランリスト。五つ年下の彼女は、どこまでも高飛車で、どこまでも高慢ちきだ。
 これでも昔は純粋に俺を慕ってくれていた。おにいちゃん、おにいちゃんと俺に着いてきた。でも、いつからか俺を下に見るようになった。彼女が友人たちに『幼馴染みっていっても隣に住んでるおじさんというかー、ATMって感じー』と話しているのを見たとき、俺の中の彼女は死んだ。
 だから、既読だけつけて無視をした。なのに、またメッセージが届く。

『おじさんもおばさんも帰ってくるの待ってるよー?』

 親。
 この歳になっても親が怖いのは、情けないことなんだろう。でも怖い。彼らは俺に様々なことを期待するし、様々なことで失望するし、様々なことで俺をからかう。

『いつまで意地はってんの。正月も帰ってこないもか、親不孝じゃん』

 実家にいた頃は耐えられた。いや、麻痺していた。誰よりも下に見られ、からかわれ、馬鹿にされ、それでも笑っていた。それが俺の役回りだった。
 それがこうして今、対面ではなくメッセージで行われると、なんだか別世界のいじめを見ている気持ちになる。

『相変わらずキモいもの育てるしか趣味ないんでしょ。早く帰ってきなよ』

 咄嗟に、携帯の電源をおとした。

「……うるせーよ、ブス」

 実家を出てから味気のない毎日になったかもしれない。それでも確実に、前より傷つくことは減った。……少しも傷つかないわけではないけど。

「俺がもっと、強ければ……」

 カア、とカラスの鳴き声が聞こえた。辺りを見渡すがその姿は見えない。きっと幻聴だろう。

「……朝ごはん、食べに行くか」

 車のキーと財布だけ持って、俺は家を出た。
 型落ちのワゴン車。中古で、メンテナンスされた状態で安く手に入れた俺の愛車。座席がフルフラットになるから中で眠ることもできるし、安全性も高くどこまでも俺を連れていってくれる。これがあるから、現実逃避という小旅行は成り立っている。
 ナビを起動し、とりあえず西を目指すことにした。行き先は決めない。決めるとそれをこなすことで精一杯になる。そうなるともう、旅行ではなく作業だ。だから、なにも決めないままアクセルを踏んだ。
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