ツキも実力も無い僕は、その日何かを引いたらしい。- 人類を救うのは、学園最強の清掃員 -

久遠 れんり

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第三章 初等部

第29話 そして……

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「なあ、久しぶりに、男女のベイエルスちゃんでも揶揄おうぜ」
 あの日以来、彼らのボスになっていたデューラーは、「くそお、まだ届いていなかったのか」そう言って、真面目に何か修行をしているらしい。

「意外だよな。スラム育ちのくせに、妙に真面目でさぁ」
「そういや、スラム育ちと言えば、先輩達に良い事を聞いたぞ」
「なんだ?」
 そう言って、ごにょごにょと話し始める。

「へえ平民。そんなによかったのか?」
 まだ、未経験な彼ら。
 耳から入る情報だけは、貴族のたしなみとして持っている。

「ああ。子をなしてしまうと面倒だからな、そこは気を付けないといけないが」
 どうも、噂になっているようだ。
 生意気な元平民が襲われ、退学をした事。

「奴は男だが、あの面だ」
「まあ、そのような趣味のお方もいるが。うーん」
「物は試しだ。練習だよ、練習」
 ノリノリの、アーナルド=カーリギュウラは最低限だと言って、ドナスィヤン=アルフォンスと共にジョアン=ハンターを誘う。

「よう久しぶりだな、クリスティアーノちゃん」
 彼らは作戦を実行しようとしたが、なかなか、こいつが一人になる事がなく苦労した。
 少し前までは、誰も彼には近付かず、ぽつんと教室に居たのに。
 なぜか、特一のクラスにいる、公爵家の息子まで、周りでうろうろしている。

 公爵家の息子は、マルセル=クレール十五歳。
 実家の情報網から、選抜チームの事を聞きつけた。
「この優秀な僕が、誘われていない」
 流石に、声をかけまくるわけにはいけないため、寝物語に情報を拾う。
 すると、夜中に魔法演習場に明かりが見える。
 そんな話を嗅ぎつける。

 魔法を張り巡らせ、音も出さないようにしていたが、振動は伝わり音として出るようだ。それと、魔法失敗の強力な光。
 光の封じ込めは意外と難しい。

 彼は執念で張り込み、ついに発見をする。
 大抵は、居るのが判るため、わざわざ巡回をして追い返していた。
 だがかれは、気配を隠す魔導具まで使ったようだ。

 そして、体を引きずりゾンビのように寮へと帰る、クリスティアーノを見つけてしまった。

「中等部の学生か……」
 そして彼は、行動を起こす。
 教室で疲れて寝ていた、クリスティアーノ。

 側に立つ者の気配を察知する。
 何時までも前の彼とは違い、今はもう、少し常識から外れた強さくらいまで、習得をしている。
 周りの強さがおかしいから、自身は弱いと思っているようだが。
「君の秘密を知っている。話がしたい」
 そう言われて、パチッと目が開く。

 濃密な殺気を、一瞬漏らしてしまったが、周りは気が付かない。

 むくっと起き上がり、相手をじっと見つめる。
「あっいや。そんな格好だから。女性だとは思わなかった。私は、クレール公爵家嫡男。マルセル=クレールと言うものだ。十五歳である」
 じっと見られて、口調が少しおかしくなる。

 マルセルは、当然だが成績優秀。
 ただ少し、彼は家名と自身の才能に調子に乗っている。
 そして、口が軽く、腰も軽い。
 女と見れば、義務であるとばかりに、口説きに行く様な奴。

 だが、クリスティアーノの澄んだ瞳に見つめられ、ドキドキしてしまう。
 なんだこの感情は? 今までこんな事。一度も無かった。

 クリスティアーノは、見つめていたのではなく考えていた。
 どうしよう。一存では言うことは出来ないし、公爵家?
 面倒。

『そうだ、マッテイスさんに投げよう』
 そう決めて、立ち上がり彼を誘う。

 彼らの控え室へと。
 清掃人達は、昼間は意外と自由にしている。

「失礼をします」
 ドアを開けて、そう宣言をして入って行く、クリスティアーノ。
 すぐにドアの横に立ち、マルセルをシン達の前に突き出す。

「彼に脅されました。ただし、公爵家の人間。それも長男のようです」
 そう報告を受け、雰囲気が変わるマッテイス。
 シンは、少し落ち込んでいる。

 マッテイスに、「あんたらの仲間は非常識だ」。なんて言われたからだ。
 この、あんたらの仲間というのは、千年前の方。

「公爵家の人間かしらんが、こちらは王命で動いている。貴族なら判るな」
「知っているから探っていたのだ。選抜部隊のこと。なぜ私が誘われない」
「えーと誰だ?」
 そう言われて、きょとんとしながらも、マッテイスは紙束を取り出す。

「マルセル=クレールと言うものだ。十五歳」
 紙を捲り、手が止まる。

「リストの候補には、一応挙がっていた。だが…… 性格が悪い。節操無しに女に手を出し、口も軽い。だからだめだ」
 家の名前を出されたからには、事実を事実として示した方が良い。
 彼は衝撃を受ける。
 初めての全否定。

「とうさんにも、叱られたことが無いのに……」
 彼は、かなり堪えたのか少し涙浮かべ、睨み付けるように言ってくる。

「ああ、だから駄目なんだな」
 マッテイスは、無慈悲にぶった切る。

 そう言って口止めをされた彼だが、後日クリスティアーノに向かって、廊下でしゃべっていたところを目撃をされ、少し離れることになった。
「忘れようとしたのだが、どうしても忘れられないのだ。僕に、もう一度チャンスをくれないか」
 周りから客観的に見ると、どう見ても、別れた彼が、情けなくも復縁を求めている姿に見える。

 それが噂となり、自身の耳に聞こえてきたようだ。

 そして隙ができれば、奴らがやって来た。
「よう久しぶりだな、クリスティアーノちゃん」
 目立つことは出来ないので、彼らの誘いにのる。
 ただ少し前のような、恐怖や体のすくみを感じない。

 それは多分。本当の恐怖を知ったから。
 自身の命の消滅、それを幾度となく体験をした。
 実際には、死ぬ前にシンが治療をしたのだが……

「流石に、シールドも張らずに受けるのは無謀だよ」
 シールドを張る間もない攻撃の後、死にかかっている僕にそんな事を言うんだ……
 そう、本当の恐怖。
 それは、屈託のない笑顔に潜んでいる。

「軽くだから大丈夫」
 それは嘘。
「ちょっとだけだから」
 それも嘘。
「少々じゃあ、人間は死なないよ」
 これは本当かも知れない。

 手足が簡単にくっ付くものだなんて、この年まで知らなかったよ。

 そんな事をぼーっと考えていたら、彼らはとんでもない事を言い始める。
「さあ此処で良いだろう。貴族のたしなみだ。俺らも成人が近い。男ととして、女を喜ばせる練習が必要だろう。栄誉に思え。お前をかわ……」
 次の瞬間。彼の首は少しねじれ、まるで糸の切れた人形のようにストンと倒れ込む。

「先生が言っていたんだ。虐められるのは弱いからだと…… 弱いのは駄目みたいだよ」
 そう彼らに伝えながら、彼はなぜか、驚いたように自身の拳を見つめていた。
「なんで? たったこれだけで……」
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