俺達は暗闇の底で、そっと世界を守る。

久遠 れんり

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第四章 脅威は広がっていた

第46話 あの人は今

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 生き霊《いきすだま》はその頃、普通の男になっていた。
 元々は、家庭持ちの会社員。

 だが仕事がブラックで、会社ではうだうだ言われ、家では奥さんに家のことを何もしてくれない、子ども達を私一人で育てているような物じゃない。
 そんな感じで、どっちでもこっちでも、日々うだうだ言われていた。

 仕方が無く、もう少し楽な部署に異動しようとしたら……

「ああっ、嫁さんがやかましいから、楽な部署に移りたいだ?」
「はい、すみません」
 すると上司は、紙を出してきた。
 少し嬉しそうに。

『退職願 私儀 このたび、一身上の都合により、勝手ながら、二〇××年×月×日をもって退職いたしたく、ここにお願い申し上げます。』

「あのこれは?」
「なんだ? それを出せば楽になるぞぉ、毎日日曜日だ。希望通りだろ……」
 流石にこれはと思い、返そうとしたが、上司は首を振る。

「書け」
 そう言って睨まれる。
 ああ、どうやら言いだしたときに、すべては終わっていたようだ。

 俺の成績は悪い。
 要領が悪く、あと一歩が足りない。
 大体もう少しで契約と思ったら、他社が契約を持って行く……
 それで腹が立ち、夜な夜な資料を作る。
 だが結果は同じ。

 もう良いか……

「はい」
 退職願を出し、荷物を抱えて家へと帰る……

「なんて言おう……」
 そう、不安なのは、今日帰って妻になんと言うのか。

 お前が早く帰れと言うから、早く帰れるように言ったら首になった?
 本当のことだが、絶対喧嘩だ。
 
 家に居られるようになったから、家事は任せてくれ……
「なんてな」
 たらたら歩いても、家には帰り着く。

 階段を上がり、玄関に鍵をさす。
 
 この時間なら、まだ妻は仕事。
 保育園のお迎えは、まだ先だ。
「大体パートとフルタイムなんだもの。俺が家事をするって間違い……」
 開けかけた玄関。

 開閉をゆっくり、静かにする。
 誰も居ないはずの家の居間から、声が聞こえる。
 そう良くある話。
 
「ああっ、良いわ。もっと奥。乳首もお願い」
「相変わらずスケベな奴だな」
「良いじゃない。へたな旦那のせいで欲求不満なのよ。ああ、そこ。ううんっ、あっ」
 パンパンと打ちつける音は激しくなり、もう少しで終わるかな?

「いくぞ、口で……」
 男は、ゴムをしていなくて、抜いてお口フィニッシュを考えていたようだが、突然カメラ音が鳴り響く。

 驚き、抜くのを失敗をしたようだ……

「ああっ、あうぅっ」
 意外なことに、妻は中で出されると、同時に、深く絶頂をした様だ。
 立ちバックだったが、膝から崩れ落ちる。
 オッサンは、そのままの格好で、呆然とこっちを向いている。

「ごゆっくり」
 俺はそう言って、外へでる。

「なんだよそれ……」
 段ボールを抱えたまま、公園へと向かう。
 金も無いし……

 自販機で、いつもは買わない、百五十円の缶コーヒーを買う。
 ふと見ると、公園の一角に喫煙所があり、ちょっとガラの悪そうな人達が、たむろをしていた。
 まあ良いかと思い、禁煙後、お守り代わりに入れておいたたばこセットを取り出す。

 寿命が何年増えるか分からない禁煙。
 もういい……

 生きている気はない……
 もうやめよう。

 俺は空いている席。強面のお兄さん達の間に座る。
 たばこを咥えて火をつける。

 吸込み、軽く息を止める。
 長いこと吸っていなかったから、くらっとくる。

 ぶはーと、大きく息をはく……
「ああっ。美味い……」
 そう言ってしみじみ吸っていると、いきなり聞かれる。
 そう怖そうな、お兄さん達。

「あんた勤め刑務所帰り?」
「あっ、ええ。ですがまあ、嫌になっちゃいました。もうやめました」
 俺は会社だと思ったが、相手は違ったようだ。
 段ボールを抱えて、昼間の公園。
 ひさしぶりのようで、美味そうにたばこを吸う男。

 彼らは思った。
 まあ、ムショはしんどいって言うしな。
 俺達はこれから行くんだが……

「そりゃまあ、ごうくろさんです」
 そう言って頭を下げられた。
「ありがとうございます」

「ところで、ムショ…… 来たあいつだ」
「すみません。気を付けて」
 そう言ってそいつらは走って行き、向こうから、パンパンと何か聞こえた。

 そう少し手広くやり過ぎて、狙われた。

 口座の金は別に移したし、この体を捨てても問題は無い。
 数発の弾を撃ち込まれて、体は死んでしまう。

 ふっと抜け出して、次を探す。
 するとまあ、適度に闇堕ちをした体がいた。

 ラッキー……

 ほう、嫁さんが浮気ねえ。
 会社は今日辞めたと。
 色々が好都合だな。
 先ずは、間男を追い込んで、嫁さんは、便利に働いて貰うか。
 だめなら埋めるし。

 そう考えながら、安たばこを吸い始める。
 随分しけっているが、体は喜んでいる。

 スマホを確認し、写真とビデオの確認をする。

「間男君、金持ちの独身がいいが、嫁でも居ると面倒だな」
 嫁がいた場合、こっちの嫁さんに慰謝料請求が来る。

 ああいや、こっちは捨てて、間男の嫁さんとしっぽりするのも良いかもな。

 などと考え、色々と実行し、トレーダーとして生計を立てる。

 一応離婚はせず、嫁さんは奴隷契約。
 いやなら離婚。

 だが中身の変わった旦那は、ひと味違ったようだ。

 そんな男を、中学三年生の冬。
 塾帰りの雫は見つけた。

 輪郭のズレた妙な人。
 その男は、生き血をすすっていた。
「離れなさい」
 いつもの様に、雫は浄化を使おうとした。

 だが、風でもなく、殴られたわけでもなく、いきなり吹っ飛ばされ立木にぶつかり気を失った。

 そうそれは、超能力のサイコキネシスのような、不可視の攻撃だった。
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